Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

何故ルフェーブル大司教様は「教皇の許可なく」司教聖別を行ったのか

2008年06月26日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア!


必要の状態

 愛する兄弟姉妹の皆様、

 何故ルフェーブル大司教様は「教皇の許可なく」司教聖別を行ったのでしょうか?

 第二バチカン公会議以後の「悪魔的な方針の間違い diabolical disorientation 」こそがそれであり、それを何度も何度も、いろいろな方法で述べてきましたが、もう一度、ざっと見てみることにしましょう。

 何故ルフェーブル大司教様は「教皇の許可なく」司教聖別を行ったのか? それは、「教会の外にも救いはある」(諸宗教アシジの集まり)という、カトリック教会の信仰とドグマを真っ向から否定するものがキリストの代理者によって公に主体的に故意に犯されたということこそ、もっとも雄弁な教会の緊急事態であったからです。

 残念ながら、カトリック教会には第二バチカン公会議後、前代未聞の危機が訪れました。信仰の喪失。超自然の精神の喪失。全世界で数万の司祭が司祭職を放棄。近代主義的な教会の組織的な体系的改革。キリストの社会と内に関する基礎的教義の変化。エキュメニズム。信教の自由。団体主義。秘蹟・聖務日課・典礼のプロテスタント化したエキュメニカルな改革。公教要理の変化。エキュメニカルな聖書。カトリック教会法典の改革・・・。全ては、ローマから要求されたものでした。

 聖座は、スペインに、スイスのヴァレー州に、イタリアに、コロンビアに要求し、憲法からカトリックの宗教の名前を外すように圧力をかけました。信教の自由の名前によって。

 1968年5月ローマのフランス人神学校に共産党の赤旗が掲げられ、極めて頽廃した養成を受けるのを見たローマの神学生たちからSOSを受け、ルフェーブル大司教様はエコンの神学校となるものを ---- フリブールの司教の祝福と応援を受けて ---- 創立したのでした。

 世界中の司教たちは、何をしても良かったのです。世界中の司祭たちは何をしても良かったのです。ただ、カトリックの聖伝を守ってはいけなかった。それだけが唯一の「罪」でした。ルフェーブル大司教様は、フランスの司教団とローマの聖職者達から、厳しい残酷な告発と攻撃を受けました。

 1974年11月11日から13日までローマの視察団モンシニョール・オンクランとモンシニョール・デシャンがエコンの神学校にやって来ました。エコンの神学校の正統性を調べに来たはずのこのローマの使節は神学生たちに、キリストは肉体的に復活したのではない、妻帯者の司祭叙階は当然だ、と断言し躓きを与えたのでした。そこでルフェーブル大司教様は1974年11月21日の宣言を発表しました。

 この宣言を口実に、1975年5月6日、ルフェーブル大司教様は神学校を閉鎖することを求められました。カトリック聖伝の生き残りの唯一の神学校を閉鎖する? 永遠の変わらない信仰を求めている信徒の方々を見捨てる? 永遠の聖伝のミサを見捨てる? ローマで自分が受けたと同じ養成を受ける神学生たちの権利を見捨てる? ルフェーブル大司教様にとって妥協するのは簡単でした。しかしルフェーブル大司教様はそれをしませんでした。

 ローマは、聖ピオ十世会を分裂させようと、聖伝を粉々にしようと、いろいろな作戦を仕掛けてきました。しかし、ルフェーブル大司教様は1988年6月の司教聖別までローマとの対話を常にし続けてきました。

 ルフェーブル大司教様は年をとり、ローマの近代主義はますます酷くなる以外に変わりはありませんでした。デ・カストロ・マイヤー司教様以外に、立ち上がって聖伝を守る司教は世界中に一人もいませんでした。

 そこで起きたのが1986年1月25日にアシジの背教の予告であり、これはキリストの代理者によって犯される公の冒涜行為でした。

 第2に起きたのが「第二バチカン公会議の信教の自由の教えに関する疑い」への1987年3月9日付けのローマからの返答でした。

 ルフェーブル大司教様は天主に祈っていました。もしも、1985年のシノドスで教えられ、1986年のアシジで実践された背教に反対して、公に声を上げて立ち上がって抗議する司教が一人もいなかったなら、私たちの主イエズス・キリストの唯一の花嫁を守るために立ち上がる司教が一人もいなかったなら、自分は最も賢明な道を取る、と決意していました。

 ルフェーブル大司教様は8名の枢機卿たちに次のような親書を送りました。

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エコンにて、1986年8月27日

枢機卿様

 教会において起こっているさまざまなできごとを前にして、そしてヨハネ・パウロ2世教皇様をその張本人とするこれらのできごとを前にして、テゼーで、また10月にはアシジですることが計画されていることを前にして、私は枢機卿様に筆を執らずに入られませんでした。それは歴史上かつてなかったほど屈辱を受けている教会の名誉を守ってくださるようにと、多くの司祭と信徒たちの名前で枢機卿様にお願いするためです。

 トーゴ、モロッコ、インド、ローマのユダヤ会堂でのヨハネ・パウロ2世の訓話と行動は私たちの心に聖なる憤りを呼び起こします。旧約と新約の諸聖人たちはこれについてどう思うことでしょうか!もし今でも存在していたとしたら、異端審問所は何をしたでしょうか?

 ペトロの座にすわるものによって公に足蹴にされているのは、使徒信経の第一条であり、天主の十戒の第一戒なのです。カトリック信者の霊魂において躓きは計り知れません。教会はその根底から揺るがされています。

 もしも、カトリック教会が救いの唯一の方舟であるという信仰が消えてしまったら、その時には教会自体が消えてしまいます。教会の全ての力、その全ての超自然的な活動は、私たちのこの信仰箇条を基としているのです。

 ヨハネ・パウロ2世は、公に、特にアシジで計画されているように、聖フランシスコの町のあらゆる道で多くの宗教代表者の取りまきと共に、いろいろな小聖堂や大聖堂をいろいろな宗教団体に振り分けて、そこで国連の考えているような平和のために彼らが独自の礼拝を捧げるよう招いて、カトリック信仰を破壊しようとするのでしょうか? これが諸宗教の集いという忌まわしい集会の責任者となっているエッチャガライ枢機卿様が発表したことです。

 教会においてこのような公の罪を排斥する公式の声が一つも挙がらないと言うのは考えられることでしょうか?マカベオたちは一体今どこにいるのでしょうか?

 枢機卿様、唯一の真の天主の名誉のため、私たちの主イエズス・キリストの名誉のため、公に抗議の声を挙げて下さい。カトリックとして留まっている司教たち、司祭たち、信徒たちを助けて下さい。

 枢機卿様、私が枢機卿様のもとにこのようなお手紙を書いたのは、私がこのことに関する枢機卿様のお考えを疑うことができないからです。

 この呼びかけは、以下に明記してある枢機卿様たちにもしてあります。それは枢機卿様がこれらの枢機卿様方と共に行動されることを考えてのことです。

 願わくは聖霊が枢機卿様の助けに来ますように。

 私たちの主キリストとマリアとにおいて。敬具

マルセル・ルフェーブル

チュールの引退大司教司教

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 結局、世界中で、誰一人司教は立ち上がりませんでした。アシジの背教は1986年10月27日に行われ、イタリアのボランティアが運ぼうとした平和のファチマの聖母マリア像はそこに入るのを拒否されました。

 天主は言いました。「私はおまえの天主、主である。… 私以外のいかなる神々をも持ってはならない。… これらを拝んではならず、これらに礼拝を捧げてはならない。」(脱出20:2, 5. マテオ4:-10、ヨハネ17:3、ティモテオ2:5)

 私たちの主イエズス・キリストは言われました。「まことの礼拝者が、霊と真理とを持って御父を拝むときが来る、いやもう来ている。御父はそう言う礼拝者を望んでおられる。」(ヨハネ4:23)

 偽りの神々に捧げられた祈り、或いは、天主の啓示とその全て或いは一部が対立するような宗教の憶測に基づいてなされた祈りは、礼拝行為ではなく迷信です。

 そして、迷信は天主を敬わないばかりでなく、天主を、少なくとも客観的に、犯すものです。迷信は天主の十戒の第1戒に背く罪です。(神学大全II-II qq. 92-96)

 天主と人々をつなぐ仲介者はだだ一人しかいません。すなわちまことの天主かつまことの人である私たちの主イエズス・キリスト(1ティモテオ2:5)です。

 私たちの主イエズス・キリストに対する信仰によってのみ、人は信頼して天主に近づくことができる(エフェゾ3:12)のです。

 天と地の全ての権能が私たちの主イエズス・キリストに与えられました(マテオ28:18)。

 天と地と地の下にあるものは全て私たちの主イエズス・キリストの聖名に膝をかがめなければなりません(フィリッピ2:10-11)。

 私たちの主イエズス・キリストを通らずに誰一人として御父の元に行くことができません(ヨハネ14:6)。

 私たちの主イエズス・キリストの名前以外に人が救われることのできる聖名は天下にありません(使徒4:12)。

 私たちの主イエズス・キリストこそ平和の君主です(イザヤ9:6、エフェゾ2:14、ミケア5:5)。何故なら、全ての分裂、対立、戦争などは、人が贖い主の御血の力によるのではなければ自分の力ではそこから解放されることのできない罪の苦い果実であるからです。

 アシジの「祈祷集会」は、私たちの主イエズス・キリストによる贖いが誰に対しても必要であると言うことを公に否定することです。

 アシジでは彼ら未信者のためには祈りません。暗黙のうちにそして公に、彼らにはもはや真の信仰が必要ではない、と言うことを前提としているからです。

 「他の諸宗教の代表者たち」は、少なくとも形のうえでは (materialiter) 信仰に対する罪、不信仰、異端、などに踏みとどまるようにと奨励されているのです。

 アシジでの「祈祷集会」は、少なくともその見かけだけでも、未信者に対して当然なすべき義務と愛徳とを欠く行為であると言えます。

 何故なら教会は全ての国々に次のことを告げ知らせる任務があるからです。

 唯一の真の天主が存在すること、この唯一の天主は全ての人々のために私たちの主イエズス・キリストにおいてご自分を啓示されたこと。

 真の宗教はただ一つしかないこと、天主がそこであがめられることを望んでおられる宗教はただ一つであること。

 天主と人との仲介者はただ一人しかおられないこと。

 人間が彼によって救われることを期待することのできるのはただ私たちの主イエズス・キリストだけであること。

 真の教会はただ一つしかないこと。そしてこの教会が永久に私たちの主イエズス・キリストの御血を守っていること。

 「救いの唯一の方舟である使徒継承のローマ教会の外においては誰も救われることができないこと、このローマ教会に入らないものは大洪水に滅ぼされてしまうことを信じなければならない」(ピオ9世 Dz 1647)こと。

 もし彼らの無知がどうしてもしかたのないものだったとしても彼らの心の状態が、明らかに或いは暗黙のうちに天主のみ旨を全て成し遂げたいという少なくとも望みによって、教会の中に入っている必要がある(ピオ9世 Dz 1647)ということ。

 教会の固有の使命は、これら全てを告げ知らせることです。

「あなたたちは諸国に弟子を作りに行き、聖父と聖子と聖霊との聖名によりて洗礼を授け、私があなたたちに命じたことを全て守るように教えよ。」(マテオ28 :19-20)「あなたたちは全世界に行って全ての人々に福音をのべ伝えよ。信じて洗礼を受ける人は救われ、信じない人は滅ぼされる。」(マルコ16 :16)


 教会の使命とローマ教皇の使命にそぐわないような「個人的な発案」を(アシジでの「祈祷集会」のような明らかにご自分の使命とはそぐわないようなものを)促進させると言うことはペトロの権能に属するものでは全くありません。

 私たちの主イエズス・キリストはこう言いました。「サタン退け! “あなたの天主なる主を礼拝し、ただ天主にだけ仕えなければならない” と書かれてある」(第2法6:13、マテオ4:10)と。

 その主イエズス・キリストの代理者たるものが、どうして真の天主への信仰のために聖別された聖なる場所に、邪教の「代表者たち」を招いて彼らの偽りの神々に祈らせることができるでしょうか?
 聖ペトロはこう言って信仰を宣言しました。「御身は、生ける天主の御子、キリストです」(マテオ16:16、ヨハネ6:69-70)と。そしてこの信仰宣言故に首位権を得たのです。その後継者たるものがどうして私たちの主イエズス・キリストがあたかもいないかのように立ち振る舞うことができるのでしょうか。

 聖ペトロは兄弟たちの信仰を固める任務を受けました(ルカ22:32)。その後継者がその兄弟、子供たちの信仰にとって躓きの石となるべきではありません。

 アシジの集会は、教会が常に権利を否定してきた偽りの宗教儀式の承認し、教会が常に「宗教無差別主義」或いは「宗教拡大主義」の名の下に排斥してきた「宗教主観主義」の承認することです。

 「宗教無差別主義」とは「最も恐るべき異端の一つであり」「全ての宗教を同じレベルに置き」規則正しい生活と永遠の救いとの存在理由を宗教的に信じることが真理であることを認めないものです。





アシジの背教


 しかし、誰一人として、司教は立ち上がりませんでした。だから、ルフェーブル大司教様は司教聖別を1987年6月29日に予告しました。ローマは、エコンに使節を送り、ローマは原則として一名の司教聖別に同意しました。ローマの委員会が出来、少数であるが聖ピオ十世会がその委員会のメンバーになる、と。

 1988年5月4日聖ピオ十世会のラローシュ神父は司教聖別の日付に8月15日を提案しました。しかしそれへの答えは誠実を欠くものでした:「夏休みだから事務所が閉まっている」と。ルフェーブル大司教様は11月1日を出すと、ラッツィンガー枢機卿は答えをはぐらかしました。1988年5月5日の夕にルフェーブル大司教様はプロトコールにサインをした後、眠られない夜を過ごしました。翌日、司教聖別の日付の意味がはっきりと分かったのです。ローマは時間稼ぎをしてルフェーブル大司教が死ぬのを待っている、と。ローマは誠実ではない。ルフェーブル大司教様には分かりました。ローマは、聖伝を救おうと望んでいるのではない。ローマは聖伝を破壊しようとしている。その時、ルフェーブル大司教様はローマの不誠実さにより、プロトコールを破棄します。事実、数日後、ローマからルフェーブル大司教様に謝罪を要求する手紙が来ました。

 ルフェーブル大司教様は、カトリック聖伝を生き残らせるために、1988年6月30日4名の司教を聖別したのです。

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教会法違反者についてのあやまり (pinpinkorori)
2008-06-27 09:16:36
フランス司教協議会は、すでに10年前に「破門教令」に対して小野田氏の主張する教会法1323-1324を適用することはできないとしています。Murrayの学位論文を暗に批判し司教協議会の「破門教令」は有効で揺るぎのないものであるとしています。教会法違反者に関する責任の帰属の無効や情状酌量の余地をlefebvreに見いだすことは認められない。(小野田氏のこれまでのすべての破門教令批判の根拠はすでにフランス司教団により根拠なしの混乱とされています。)例えばひとつだけ取り上げれば
1)教会法の「緊急事態」(小野田氏訳では「必要の状態」)に関して次のことを思い起こさなければいけないとしています。
1そのような状態が客観的に存在しなければならないこと。
2司教団長のローマ教皇の意思に逆らって司教たちを叙階する「必要性」は、決して生じていないこと。
以上は次のことを意味するでしょう。つまり教会の一致の根本自体に密接に結びついている主題(司教叙階)について、その一致を攻撃しながら(司教叙階しておきながら)、なおかつしかも教会に「奉仕する」ことが可能といえるのだろうか。とんでもない話であるとしています。
客観的にカトリック教会法典をよむと (Fr Thomas Onoda)
2008-06-27 16:33:04
アヴェ・マリア!

Pinpinkororiさん、
 カトリック教会法典をよく読んで下さい。客観的な目で。

 カトリック教会法典の刑罰に関する条項、カトリック教会法典(1323条の4)によれば、たとえ必要の状態であれ「緊急状態」であれ、それが客観的に存在しなかったとしても、そのようなことを過失的な思いこみにすぎなかったとしても、少なくとも、いわゆる「自動破門」は成立しない、とあります。(カトリック教会法1324条§3及び§1の8)

 もう一度読んで下さい。「それが客観的に存在しなかったとしても、そのようなことを過失的な思いこみにすぎなかったとしても」です。ab eo, qui per errorem, ex sua tamen culpa, putavit aliquam adesse ex circumstantiis, 間違って、過失を持って、ないのにもかかわらずあると思いこんでいた、ことに付いて語っているのです。

 このカトリック教会法典の条項が存在することは客観的事実です。これは客観的事実ですのでこれを否定して第三者に伝えることは虚偽となります。

 そして、カトリック教会法1324条§3及び§1の8が存在するにもかかわらず、「伴事的破門 (=ipso facto l'excommunication latæ sententiæ)」という制裁が適応された、いわゆる「自動破門」が成立した、と「確認する」する形を取りました。つまり、法に従わず、法の見せかけをとっただけでした。

 だから、ルフェーブル大司教様は冤罪をかけられたのです。だから、ルフェーブル大司教様のいわゆる「破門」といわれるものは、冤罪にすぎないのです。

 何故、冤罪を着せて「破門」しなければならなかったのでしょうか? ルフェーブル大司教様は何故、一致していないと攻撃されているのでしょうか? 何故なら、アシジの背教の集会に同意しなかったからです。アシジの精神の新しい教えに「奉仕する」ことが出来なかったからです。カトリック教会の破壊に協力することが出来なかったからです。私たちの主イエズス・キリストの唯一の花嫁の名誉を汚すことに協力することは、とんでもない話であるからです。

 Pinpinkororiさん、天主は永遠に不変。真理は変わることがありません。

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭) sac. cath. ind.
とてもずれています。 (pinpinkorori)
2008-06-27 22:49:23
小野田氏の議論はとてもずれていると思います。
カトリック教会が、場合によっては遭遇する「必要状態」(緊急状態)があったとしてもそれが危機状態とか緊急状態という判断をはじめまたその尺度の基準自体がカトリックの教会の最高権威に属することで、Lefebvreに属してはいません。この点をHoyos枢機卿は鋭く指摘しています。(2002.04.05)
(その判断まで自分に属すると思いこんだlefebvreは誰がみても自己限定性の欠如、傲慢な思い上がりで冒涜したと思います)
Lefebvreは、その初歩的で単純なカトリック教会の一員としての「カトリック教会権威に従う」という要件を欠いた行為をとったので、当然の結果「カトリック教会」の外に置かれたわけです。現実の破門ですからHoyos枢機卿によれば何の問題も迫害もありません。「カトリック教会」とは関係がなくなっただけ。自分たちで独立してやればよいだけです。それをカトリック教会と関係づけようとする(依存する)処にとんでもない甘え(共依存)があると思います。
責任者のFellay(2001.06.22)は、自分たちの行為が原因であるのに自己欺瞞をくりかえし「原因は常に教会にある」「教会が間違っている」「教会を離れてはいない?」と主張する。カトリック教会への言語道断の暴力行為「教皇の許可なく」4人の司祭を叙階した行為(自分がその一人のせいか)の反省が全くないのです。こんな人たちに教会の不滅性の信仰を確認するのは無理とHoyos枢機卿はいう。
答えは、ここに書きました。 (Fr Thomas Onoda)
2008-06-28 12:42:23
アヴェ・マリア!

Pinpinkororiさん、
 書き込みをありがとうございます。

 こたえは、次のところに書きました。
http://blog.goo.ne.jp/thomasonoda/e/a815fab0edfab0da8b33d4f9e37ed806

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭) sac. cath. ind.

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