Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

聖ピオ十世会日本 聖伝のミサ(ラテン語のミサ 旧典礼のミサ トリエント・ミサ) 11月12日 SSPX JAPAN Traditional Latin Mass in Tokyo and Osaka

2017年11月14日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

先日の主日には、東京でも大阪でも聖伝のミサがありました。
大坂では、レネー神父様がミサをささげて下さいました。
東京では、愛する兄弟姉妹の皆様のしもべがミサをお捧げいたしました。9時にミサの会場に到着すると、すでに聖歌隊の方々が主日のグレゴリオ聖歌の練習をなさっていて、しかも声を合わせてとてもうまく歌っておられたので感動しました!♩♪♬♫🎶🎵♩

また、この主日には、数年前からお電話やメールなどはいただいておりながら遠距離のために来ることができなかった学生さんが福岡から来られて、大変うれしく思いました。

午後の公教要理では聖母の御告げについてお話をしました。
来週の主日の準備のためにも、非常に有名な「アレルヤ唱デ・プロフンディス」の練習をしました。特に有名なモティーフを何回も繰り返して歌って味わってみました。

ミサのレポートをいただきましたので、愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介いたします。いつもありがとうございます。

今週の金曜日(11月17日)と土曜日(11月18日)には大阪でミサがあります。
次の主日(11月19日)と月曜日(11月20日)には東京でミサがあります。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

11月のレネー神父様の主日の御ミサの報告をお送り致します。

11月12日 聖霊降臨後第23主日 には16人が、
11月13日 月曜 聖ディダコのミサ には7人が御ミサに与るお恵みを頂きました。デオグラチアス!

主日の御ミサのお説教ではプロテスタントの間違いについてお話をお聞きしました。
聖ヨハネ・クリゾストモスは、御父と御子が等しいこと否定する異端者たちを反駁し、その誤謬を避難するのは、彼らに対する愛からであると言っています。
まことに隣人を愛するという事は、彼ら の救霊を心配してその為に働く事であると見本を示してくださった聖人に倣う事は私達にとって大変有益で、大事が務めだと思います。それと同時に、間違ったことを信じている人や主張する人を表面的に平和的に受け入れて彼らの主張を認めることは、本当の愛ではないのだという事をしっかり知らななければならないと教えてくださっているのだと。
また、福音書だけを受け入れて教会の権威を否定するプロテスタントの主張のなにが、どう間違っているのかを論理的に解り易く伺う事が出来てとても勉強になりました。
今日はレネー神父様のお薦めに従ってプロテスタントの方々の改心の為に御ミサをお捧げいたしました。

御ミサ後の公教要理では、祈りの三つの段階につい てお話頂きました。
最高の祈りである御ミサに与る事が出来る事を感謝し、喜びをかみしめながら私もいつか聖人方のように全霊をもって天主様を観想する事が出来るようになりたいと思いました。

至聖なるイエズスの聖心我らを憐み給え
聖母の汚れなき御心よ我らのために祈り給え

【報告】
Dear Fr Onoda:

今日の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

ミサの参列者数
男: 22人(内、子供2人)
女: 23人(内、子供3人)
計: 45人(内、子供5人)

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

特別に休暇の間に主日の御ミサをお捧げ下さいまして、ありがとうございました。
特に、今回の聖霊降臨後第23主日の御ミサでは、典礼中のグレゴリア聖歌について、あらかじめ歌の練習や黙想などをする機会をいただきました。同じグレゴリア聖歌をたくさん練習したので、"音"というものはかくも優しくひそやかに霊魂に微妙な影響を与えてくれるのだなあと、感じることができました。

先週の練習でも、今回の御ミサの前の朝の練習もまた午後も、グレゴリア聖歌の調べを繰り返し耳にしながら、柔らかな旋律と響きに気持ちも穏やかになったようです。(でもやっぱりちょっと歌うのは苦手です。)

先週は、最後の審判が近くて怖れて警戒しなければならない「深い淵から叫ぶ」という気持ちが強かったですが、今週は、神父様が主は私たちに永遠の平和を与えるために来られたのですと、お話しくださって、安らかな気持になりました。それが、グレゴリア聖歌の調べと重なり、全身にしみとおるようで、トリエント・ミサの典礼の美しさを感じさせられました。ありがとうございます。

また、私は、神父様が御ミサの中でマリア様のことをお話しくださるのが大好きです。
マリア様のことをいつもお話いただいているうちに、マリア様がどのような方であったか次第に具体的に感じられるようになってきたように思います。マリア様は、特別な使命に召された方であるとともに、いつも私たちが倣う方でもあると教えていただいて、聖福音書が伝えようとしていることが、よりはっきりとして参りました。そして私たちが、共産主義による革命やフリーメーソンによるこの世の天国をつくるために闘争しあうのではなく、イエズス様とマリア様がおられる天の御国へ帰り着くために、世俗の精神の危険から御守りいただけますように、と祈ることができてしあわせに思いました。(常日頃、世俗の精神に浸りきっているものですから。)

"平和の考えとはマリア様のことです、マリア様を通してイエズス様に求めるなら、かなえられないものはない"というお話にも安心な気持になりました。

平和とはこの世の平和ではなくて、主の到来によって与えられる永遠の平和・至福の平和という意味ですと教えていただいて、心に平和が満ちるかのようでした。

これまで毎夏に聞いていた平和旬間という言葉のなかに、どれだけこのような超自然的な意味までの平和が含まれていたことでしょう? 平和という同じ言葉でも、異なる意味と内容があるのだなあと気づかされたようです。まことに、平和の君イエズス様、平和の元后マリア様です。これまで平和という言葉にもこの世的な胡散臭い匂いがちょっと混じると感じてしまうところがあった自分の曲がった心を反省させられました。神父様、ありがとうございます。

お説教で、”私たちの心がご聖体拝領によりキリスト化されるされるために、イエズス様は来られます”ということ、そして、”天国を眺めて十字架の足もとに行き日々自分の十字架を持って歩くことでイエズス・キリストの栄光の身体に変えられる”ということが心に残りました。

特に今回は、”この方の服の切れ端に触っただけで癒された”という言葉から、”ましてこの方がご胎内に入られて下さったマリア様はがどれほど清らかであるか”を黙想する事ができると教えていただいたこと、うれしく思います。

普段は世俗の精神でいっぱいになってしまっていることを、御ミサに与ることで反省させられて、浄められているのだなあと、あらためて確認させていただきました。”私たちはこの世で外国人・旅人であって、天国が究極の目的です”とのお話に、我に返ってまた、毎日の生活を聖母の汚れなき御心にお捧げしたいと思います。

小野田神父様、いつも本当にありがとうございます。残りの休暇も良い休暇となりますようにお祈り申し上げます。


【報告】
公教要理の報告です。

今回は御告げのマリア様という主題でのお話とのこと、とても楽しみでした。
お話は、初土の信心の説明と、初土の信心のための15分間の黙想について、詳しく教えていただきました。

聖ジャシンタが、ルシアへ、”汚れなき御心の信心について世界中に話をしてちょうだいね”と頼んだとのことでした。神父様がお話しくださるのは、聖ジャシンタの願いであり、そしてファチマのマリア様のお望みのことと思いました。

まず最初に初土の信心の説明をしていただきました。
初土の信心とは、罪を償うとの意向を持って、次の四つのことを五回(5か月)続けるということ。
1)ご聖体拝領
2)告解
3)ロザリオ5連
4)黙想15分

東京では御ミサが第1主日におこなわれるので、主任司祭の許可を得ると、1と2は日曜日に行うことがゆるされる。
マリア様はファチマで、この初土の信心をよくする霊魂の救いを保証してくださった。それのみならず、天主の玉座の近くに飾られる特別の霊魂にさせていただける。

そして次に、4の黙想の15分ということについて、お話をいただきました。
黙想は、普段から行う習慣をつけておかなければ雑念でいっぱいの15分になる心配があるので、できれば毎日黙想するようにとのこと、初土の黙想のリハーサルとして毎日この黙想を練習し何度も考えることが大事ですと教えていただきました。

また黙想は、15玄義のうちの一つを良く黙想するということ。15分のうちに15玄義を黙想するのではないということを確認出来てよかったです。

それから黙想の内容について、今回は喜びの玄義の中の御告げのマリア様のことをお話していただきました。

1)祈りから始めること。
黙想がよくできますようにとマリア様への祈りから始める。
「イエズス様の聖心をよく知るとこができますように、どういうことが起こったのかよくわからせてください。」
「マリア様はどこでお生まれになりどのような御方だったか、あたかも一緒に生活しているように、よく知ることができるように、よくわからせてください」

2)具体的な場面を思い浮かべる。
「雑念がないように、天使があらわれたのはどういうところだったか具体的な場面を思い浮かべて黙想する」

・マリア様は、ダビデの王家の子孫だった。この世的な財産とか地上的な権力はなかった。
・マリア様は、貧しい寒村のナザレトに住んでおられた。
・マリア様の御年齢は、15-16歳と思われる。
・マリア様は、ヨゼフ様と婚約したばかりだった。
・マリア様は、天主のために自分の人生を使いたいと思われていた。
・お祈りしているマリア様。マリア様は何のお祈りをしていたのだろうか。「女の子孫が救い主となるであろう。童貞女が子を産む。ベトレヘムに生まれる。救い主の人生はどのようなものであるだろうか。自分はその救い主を産む方のはしため、下女とかアシスタントとしてお手伝いをしたいです」とお祈りしていたかもしれない。
・マリア様は、「もうすぐ救い主のお生まれの時は近づいています、どうぞ私を使ってください。」とお祈りしていたかもしれない。
・ファチマに大天使ミカエルがあらわれたように、最も力ある大天使ガブリエルがあらわれた。
・マリア様はこれまでも天使をよく見たことがあったかもしれない。秋田でシスター笹川もよく天使を見ていたそうだ。
・この時は特別の挨拶をしていた、御告げの挨拶。「申し上げます、喜びなさい」この挨拶はいったい何だろうか?「ダビデの国は永遠に終わることがない」とは?
・マリア様は、自分は救い主の母のはしためとして使っていただきたいと思っていたのに、ご自分が小さい隠れた存在だと知っていたのに、なぜこんなことが起こるのだろうと思われた。(聖霊の力で起こること。)


・マリア様は、天主の子の母となる事は苦しみの母となることを良く知っておられた。
・ハイと言うことは、栄光の母であると同時に十字架の母・苦しみの母でもあることを承諾する事。
・ハイと言うか言わないか、それによって人類の救いがかかっている。
・マリア様のハイと言うこと、多くの人がそれによって救われる。
・アダムとエヴァのとき、エヴァの好奇心から人類の救いは、くつがえってしまった。(フランスの王14世の時にはフランス王国を奉献することを拒否して革命が起こってしまった。)
・マリア様は、「ハイと言えば人類は救われる、しかし自分は苦しむ」と、ご存じであった。
・その時マリア様は、即座に「おおせのごとくわれになれかし」「われは主のつかいめなり」「Fiat」と答えられた。
・マリア様は謙遜にこの苦しみを喜んで受けられる。
・マリア様になぜお告げがなければならなかったのだろうか。
・なぜマリア様にお告げが必要だったのだろうか。
・お告げによって人類の歴史が変わった。
・ノーという返事により人類の歴史が変わったのは、悪魔のノーだった。天主は人間をつくる前に天使を作り、一回だけ試験をした。「天使たちのさらに上にある人間の女の子が女王として立つ、お前たちもそれに仕えてほしい、そして天主が人間となる」といわれた。それに対して、「なぜ人間の女の子!に仕えなければならないか、なぜ天主は天使とならず人間となるのか、なぜわれわれ天使は人間を守護するものとして人間に仕えなければならないのか」、といって反乱を起こした。そのために一部の天使は、反乱をおこして地獄に落ちなければならなかった。しかし天使の階級層の下にあった大天使ミカエルは・・・「誰が天主に等しいものがあるか!天主に仕えなければならない」といった。
・地獄に落ちた天使である悪魔は、「人間のせいで我々は地獄にいる、人間のせいでおれたちは地獄にいるんだ、女がおれたちの上に立つと言われた」ので、女であるエヴァに攻撃を仕掛けた。エヴァは堕天使によって最初に誘惑を受けた。

・マリア様は・・・天使によってお告げを受けて救い主の母となる必要があった
トマス・アクィナスによると、マリア様が御告げを受ける四つの理由があった。
1、マリア様がイエズス様を、肉において宿す前に精神によって宿していなければならなかったため。天主を宿す前に、頭に御子についての考えを宿していなければならなかった。そのためにお告げがあったのであり、いきなりではなかった。
concept 概念、頭の中にある事
conception 子供を宿す
conceive 宿す
2、マリア様が深い確実な知識を知っている必要があったため。天使を通して教えられていて、この神秘を確かに証しするため。確かにこういうことがあると知るために。
3、従順の贈り物をするため。
4、天主と人類との一致(婚姻)のため。天国に行くことは天主と永遠に一緒になって離れないということであり、婚姻に例えられている。、「あなたはそれに同意しますか?」・・・人類の同意が必要だった。

「時間になったので、今日は以上までとします。」

質問の時間に
Q.セラフィムは単数形か複数形か?
セラフィムは複数形です。(単数形は、セラフ)。
天使たちは一部だけが反乱しましたが、人間は最初から躓いてしまい、救われるのは少数となってしまった。天使たちは、それぞれの階級の中の一部だけが躓いてしまった

Q.光を運ぶもの(Lucifer)は一人だけか?
Yes。天使の頂点に立つもの、Lucifer、一位が反乱を起こした。天使の頂点が反乱を起こしたので、天使たちは大変だった。天使は人間よりも素晴らしい光の存在のものだと自身を思いこんでいた。人間は天使より劣っているものだと思っていた。

Q.大天使ミカエルは下の方の天使だったようだが、上に引き上げられたとき、セラフィムになったのか?
No.大天使のままである。天使は階級制で、メッセージを上から下に伝えている。組織上そこにいる役割を持っている。下に行くと被造物の世話をするという役割がある。

グレゴリア聖歌の練習

グレゴリア聖歌の歌い方を教えていただきながら、練習しました。
次のポイントに注意して歌う。
・やすむように歌う
・楽譜に書かれているとおりに歌う
・(全員で歌いながらも)一人で歌っているかのように歌う
・すべて溶け合って歌っているのが必要
・柔らかくソフトに歌う
・他の人の歌う声を聞きながら歌う
・やさしく、こぶしを効かせずに、歌う
・あまり大きな声で歌わない
・天使が歌っているかのように歌う
・区切られているところでは止まる
・グレゴリア聖歌を歌っていると、健康に良い

感想

初土の信心について、詳しく教えていただけてとてもうれしく思いました。
特に15分の黙想というのが、なかなかハードルが高かったのですが、何を黙想するべきなのかということをハッキリ教えていただきまして安心いたしました。小野田神父様のお話を通して、ファチマの聖母の願いに耳を傾けることができることを、幸せに思います。

第1玄義の第一の奥義の部分だけでもこれほど黙想することができると教えていただいて(もっとあるのでしょうか)、びっくり致しました。トマス・アクィナスの教説は本当に素晴らしいとあらためて思いました。特に最後の、天主と人類との一致が、カトリックにおける婚姻の神秘的な意味であることにふれていただいて、”神秘的婚姻には同意が必要だったから”というお話が、興味深かったです。

マリア様のご生涯にこれほどの深い意味が潜んでいて、それは人類の初めについても深くかかわることであるとは全く知りませんでした。

神父様に、15の玄義のそれぞれをお話いただくなら、きっと聖書全体、イエズス様のご生涯の全体、人間の作られた目的、私たちがどこからきて何処へ行くのかということを、理解できるのではないでしょうか。このようなために、ファチマでマリア様は、私たちに聖書の”み教え”から離れることなく、黙想するようにと、伝えてくださったのかもしれないと思いました。

小野田神父様のファチマのマリア様偽の御出現の比較考察の論文を、二十年の間に少なくとも数回は読ませていただいた記憶があります。(ファチマで検索するとでてきましたから)。

昔はそれほどよく理解できませんでしたが、現在お恵みにより御ミサに与り公教要理にて学ぶ機会をいただくようになり、その論文の中身を以前より深く理解できるようになってきていることを感じております。(再掲してくださいましてありがとうございます。)

ルターを初め現代のカトリック教会などで、マリア様のことを考えるな、マリア様は脇役に過ぎないというのは、霊魂が救われることがないようにとの、敵の策略でしかないような気がいたします。

また、このファチマのマリア様の勧めを忘れたり過去のものとして葬ろうとして、敵は偽の御出現を用いて、人間を惑わそうとしているのではと感じます。また、これから大事なメッセージが発表されますよー待っていてくださいねーと言うことによって、ファチマのマリア様の大切なメッセージに集中できないように気をそらせているものもあるのかなと思ったりします。

わたし自身はカトリッ教会でマリア様のことが教えられず話されなくなっていたので、過去に東洋的な瞑想や科学的な瞑想など、そういったものに関心を持ちました。流行する各種のメディテーションに気を取られて時間を費やすよりも、マリア様のご生涯を黙想することでこそ、霊魂の救いをいただくということを教えていただきましたことを感謝申し上げます。

またグレゴリア聖歌について体験し練習の中で、知識だけでなく、音を通して聖なる感覚も、目覚めさせていただいているのかもしれないと思いました。(御ミサの中で焚いていただきます香も、とても聖なる感じがいたします。)

今回は、遠い九州から御ミサに来て下さった方も御一緒で、楽しく学ぶことができました。
小野田神父様いつも公教要理やグレゴリア聖歌の練習を、まことにありがとうございます。

【参考資料】
私的啓示と霊の識別 ファチマとメデュゴリエ カトリック教会は、どの様な精神を持って御出現を識別するのか
私的啓示と霊の識別 ファチマとメデュゴリエ その2 カリスマ刷新運動と聖霊降臨運動
私的啓示と霊の識別 ファチマとメデュゴリエ その3 ファチマの御出現のポイントをメデュゴリエの出現に適応して比較してみる
私的啓示と霊の識別 ファチマとメデュゴリエ その4 メデュゴリエの出現のメッセージを考察する
私的啓示と霊の識別 ファチマとメデュゴリエ その5 メデュゴリエの出現について結論を出す:パワオ・ザニッチ司教
私的啓示と霊の識別 韓国のナジュ(羅州)のユン・ユリアの「出現」は本物ではない 公式に否定されている

【グレゴリオ聖歌:聖霊降臨後第23主日の固有文】
主は言い給う 私は平和の考えを考える Dicit Dominus : ego cogito cogitationes pacis 聖霊降臨後第23主日入祭唱
聖霊降臨後第23主日の固有文 入祭唱を黙想する(その2)「主は言い給う 私は平和の考えを考える」
聖霊降臨後第23主日の固有文 昇階唱 Liberasti nos, Domine を黙想する 「主よ、御身は私たちを解放し給うた」
聖霊降臨後第24主日 アレルヤ、主よ、深い淵々から私は御身に向けて叫んだ Allelúia De profúndis clamávi ad te, Dómine
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