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公会議宣言『信教の自由に関する宣言』に即したカトリック国家に対するローマ教皇庁の政策

2007年07月19日 | カトリックとは
アヴェ・マリア!

■ 公会議宣言『信教の自由に関する宣言』に即した、カトリック国家に対するローマ教皇庁の政策

 1965年以来、カトリック国家に対する、ローマ聖座の政策の根本的な変化を示す事実を、いくつか引用するのは、興味深いことと思われます。それまでの聖座の施策は、とりわけ政教条約(コンコルダート)による教会と国家との(さまざまな形態による)一致団結を助長するものでしたが、同庁の新しい政策の目的は、教会と国家との分断し、ならびにカトリック教を国民の宗教ないしは国家によって保護される宗教、あるいは国家の宗教として認める憲法の条項を排除することにありました。


1-バチカンの圧力によるコロンビア国家の世俗化

 国民の圧倒的大多数(98%)がカトリックのコロンビアにおいて、ローマ教皇庁の要請により、カトリック教のみが唯一国家によって公認される国家であると定める憲法の条項が削除されました。削除の理由としてあげられたのは、人間の尊厳および信教の自由でした。これが起きたのは、1973年のことです。
 バチカンの国務長官は2年間にわたってコロンビア共和国大統領に圧力をかけ、同条項の廃止にいたらせたのでした。これはルフェーブル大司教がコロンビア司教協議会の書記の口からじかに聞いたことです。
(マルセル・ルフェーブル大司教 バルセロナでの講話 1975年12月29日)

 憲法上、「カトリック教が国家によって公に認められる唯一の宗教である」と定める同国において、当の憲法条項を廃止するよう求めたのは、国家首長ではなく、ローマ教皇庁に他なりませんでした。ルフェーブル司教は、同国大統領、教皇大使ならびに司教団代表のスピーチを直接に耳にしたのですが、それによると、「この三つのスピーチの中で、一番カトリック的だったのは、共和国大統領のスピーチだった」のです。

一方、他の2人(共に司教)は次のように言ってはばかりませんでした。「我々は、公会議の信教の自由に関する宣言によって定められた原則にしたがって行動しますが、これは、国家において全ての宗教が自由を享受し、カトリック教会はもはや、優遇されないと言うことを意味します。」これは国家の世俗化の宣言に他なりませんでした。教皇大使は、フリーメーソンのものと言ってもおかしくないスピーチをしました。

共和国大統領ただ一人が、次のように述べて国家の世俗化について公に遺憾の意を表しました。「個人としてカトリックである私が大統領であるかぎり、私は自分のカトリック信仰を表明し、祖国がカトリックであり続けるよう、そして祖国が非宗教と無神論に陥らないように私は全ての努力をします。」しかし、角の親石が取り払われた限り、建物は崩壊するしかありません。そしてそれは実現しました。一週間後にはプロテスタントの全ての諸団体が、カトリックと同じ立場で信教の自由を要求したのでした。

(マルセル・ルフェーブル大司教 アンジェでの講話 1980年11月23日)



2-ルフェーブル大司教とスイスの教皇大使アンブロジオ・マルチオニ司教とのベルンでの会話 
1976年3月31日


ル大司教 「第2バチカン公会議の中には危険なものがたくさんあることが分かると思います。・・・信教の自由についての宣言には、歴代の教皇様たちが教えてきたことと正反対があります。カトリック国家はもやはあり得ないとされています!」
教皇大使 「勿論ですよ。」

ル大司教 「カトリック国家の廃止とか、そんなことをしたら教会の利益になると思いますか?」
教皇大使 「ああ、でも分かりますか、カトリック国家を廃止したらソビエトでもっと大きな信教の自由が得られるでしょう。」

ル大司教 「でも私たちの主イエズス・キリストの社会統治はどうなるのですか?」
教皇大使 「そんなのは今では不可能です。遠い未来にはどうなるか分かりませんがね。今の時代はイエズス・キリストの統治は個人的なものです。

ル大司教 「では回勅『クワス・プリマス』はどうなってしまうのですか?」
教皇大使 「ああ、今では教皇様はそんなことは書きませんよ。」

ル大司教 「ご存じの通り、コロンビアには聖座が国家のキリスト教的憲法を廃止するように要求しました。」
教皇大使 「はい、そうです。ここでもそうです。」

ル大司教 「ヴァレー州ですか?」
教皇大使 「はい、ヴァレー州です。今ではいいですか、そのために、私はいろいろなミーティングに参加しなければなりません。」

ル大司教 「それではあなたはアダム司教様(ヴァレー州にあるシオンの司教)が書いた手紙に賛成するのですか?その中で、アダム司教様は司教区民たちに政教分離に賛成の投票をしなければならないと説得しているのです。」
教皇大使 「私たちの主イエズス・キリストの社会統治は今では難しいのですよ。」

(ルフェーブル大司教 エコンでの副助祭への講話 1976年4月1日、アンジェでの講話 1980年11月23日)

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表の教皇、裏の国務長官 (M.C.)
2007-07-22 16:41:11
1968年の回勅フマネ・ヴィテによって、「進歩的な」人々から教皇パウロ6世は「後退」したとみなされるようになったが、ローマ・クリア再編により国務長官に絶大な権限を与えられ、1969年ヴィヨ枢機卿が国務長官の座に納まるに及び、「進歩」は再加速するに至った観がある。ヴィヨ枢機卿は父と祖父ともにフリーメーソンであり、フリーメーソンに属する友人たちを持ち、そして枢機卿自身フリーメーソンであったという疑いが濃厚とされる人物である。以降、カサローリそしてソダーノと歴代国務長官は、「進歩」路線を推進した。現在のベルトーネ枢機卿は長年ラッツィンガー枢機卿の助手的存在であり、考えようによってはようやく教皇と国務長官の関係を元通りにする好機が到来したともいえる。現在の教皇様がローマ・クリアをパウロ6世の再編以前の組織に戻そうとしているという観測が出るのも、道理である。

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