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ピナバウシュ、独の現代女性舞踊家、力としてのイノチの複合的cosmosを踊る,映画もスゴイ!

2016年12月28日 18時48分30秒 | thinklive

*此の映画を見なければ 現代の美学については語れない、ボクは昔、30年くらい前にピナの日本公演を見た記憶がある、彼女は日常のヒトの動作の中にヒトの歴史を表現しようとする、広大なダンスの世界である、これを見たらコッケイなものが無く無った、もうムゲンの悲しみかもしれない、

*ピナが女性だったということも、スゴイ、ボクハヴェンダースの米映画”パリ-テキサスを見ているが、血脈の中のマズシイ性を感じた、

Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(Pina)は、2011年のドイツの3Dダンス映画である。2009年に亡くなったドイツの振付家のピナ・バウシュを扱ったドキュメンタリーであり、ヴィム・ヴェンダースが監督した。第61回ベルリン国際映画祭のコンペティション外にてプレミア上映された

第84回アカデミー賞では外国語映画部門でドイツ代表作品として選出された。また、長編ドキュメンタリー映画賞にはノミネートされた。

 1940年ドイツのゾーリンゲン生まれ。実家はカフェレストラン。14歳からエッセンフォルクヴァング芸術大学クルト・ヨースに師事。18歳で首席卒業後、国費交換留学生としてニューヨーク、ジュリアード音楽院舞踊科に入学。アントニー・チューダーの勧めによりメトロポリタン・オペラ・バレエ団やニュー・アメリカン・バレエ団などで活動。1962年に帰国し、フォルクヴァンク舞踊団でソリストとして活躍。振付を開始し、1969年には芸術監督に就任。この年フォルクヴァング芸術大学の教授にもなっている。同年の作品 『時の風の中で』 がケルンの国際振付家コンクールで1位を獲得した。1973年、ヴッパタール舞踊団の芸術監督に就任する。

ドイツ表現主義舞踊の権威であるヨースの影響を色濃く受け継ぎながら、演劇的手法を取り入れたピナ独自の舞踊芸術は演劇とダンスの融合とも言われ、彼女自身は「タンツ・テアター」と呼ぶ。

 

1983年フェデリコ・フェリーニ監督の映画 『そして船は行く』 に出演。 1999年坂本龍一オペラ 『LIFE』 に出演。 2002年にはペドロ・アルモドバル監督作品 『トーク・トゥ・ハー』 の冒頭で代表作である「カフェ・ミュラー」を彼女自身が踊っている。2009年6月30日、ガンの告知を受けた5日後に68歳で死去した[1。日本では前年(2008年)4月2日の滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホールで、『フルムーン』を踊ったのが最後の公演であった

 

賞 部門 対象 結果

アカデミー賞[5] 長編ドキュメンタリー映画賞 ヴィム・ヴェンダース、ジャン=ピエロ・リンゲル ノミネート
英国アカデミー賞、 非英語作品賞 『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』 ノミネート
英国インディペンデント映画賞[8] 外国映画賞 『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』 ノミネート
ヨーロッパ映画賞[9] ドキュメンタリー賞 『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』 受賞
サテライト賞[10] ドキュメンタリー映画賞 『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』 ノミネート
シカゴ映画批評家協会賞[11] ドキュメンタリー映画賞 『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』 ノミネート
ロンドン映画批評家協会賞[12] ドキュメンタリー賞 『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』 ノミネート
ワシントンD.C.映画批評家協会賞[13] ドキュメンタリー映画賞 『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』 ノミネート


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