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吉田松陰は長州藩のCIA長官?史上最適のテロリストの一人、即実行力と不惜身命、戦略的思考力

2016年10月29日 15時39分49秒 | thinklive

 *結論からさきに述べる、ただし、これはボクのRV、参照はウキペディア、この記事は豊穣である、

吉田松陰は(文政13年(1830年)8月4日出生)、長州藩の情報担当の責任者であった、長州藩は倒幕を目指す長期的戦略をもっていて、その計画や具体的な戦術のスケジュールえを組み、人事を含めた編成を担当していた、松下村塾はその作戦本部であった、人材を糾合できたのは藩の直接的支援があった、

安政4年(1857年、27才)に叔父が主宰していた松下村塾の名を引き継ぎ、杉家の敷地に松下村塾を開塾する。この松下村塾において松陰は久坂玄瑞高杉晋作伊藤博文山縣有朋吉田稔麿入江九一前原一誠品川弥二郎山田顕義野村靖渡辺蒿蔵、河北義次郎などの面々を教育していった[注 4]。 なお、松陰の松下村塾は一方的に師匠が弟子に教えるものではなく、松陰が弟子と一緒に意見を交わしたり、文学だけでなく登山や水泳なども行なうという「生きた学問」だったといわれる、だが、幕府要人の暗殺を企てるなど危険な言行があって翌58年には再び野山獄に収容される、

*翌、安政6年(1859年)、梅田雲浜が幕府に捕縛されると、雲浜が萩に滞在した際に面会していることと、伏見要駕策を立案した大高又次郎平島武二郎が雲浜の門下生であった関係で、安政の大獄に連座し、江戸に檻送されて伝馬町牢屋敷に投獄された、28才、

安政6年(1859年28才)、梅田雲浜が幕府に捕縛されると、雲浜が萩に滞在した際に松陰と面会していることと、伏見要駕策を立案した大高又次郎平島武二郎が雲浜の門下生であった関係で、安政の大獄に連座し、江戸に檻送されて伝馬町牢屋敷に投獄された。評定所で幕府が松陰に問いただしたのは、雲浜が萩に滞在した際の会話内容などの確認であったが、松陰は、老中暗殺計画である間部要撃策を自ら進んで告白する。結果、同年10月27日伝馬町牢屋敷にて斬首刑に処された。満29歳没。

松陰は自らの刑死が反幕運動の烽火となること最終の戦略とした?と、ぼくには思える、これは典型的なテロリストの行動と言える、

9歳のときに明倫館の兵学師範に就任。11歳のとき、藩主・毛利慶親への御前講義の出来栄えが見事であったことにより、その才能が認められた、13歳のときに長州軍を率い西洋艦隊撃滅演習を実施、

しかしアヘン戦争が西洋列強に大敗したことを知って山鹿流兵学が時代遅れになったことを痛感すると、西洋兵学を学ぶために嘉永3年(1850年)に九州に遊学する。ついで、江戸に出て佐久間象山安積艮斎に師事する。嘉永4年(1851年)には、交流を深めていた肥後藩宮部鼎蔵山鹿素水にも学んでいる[3]。嘉永5年(1852年)、宮部鼎蔵らと東北旅行を計画するが、出発日の約束を守るため、長州藩からの過書手形(通行手形)の発行を待たず脱藩。この東北遊学では、水戸で会沢正志斎と面会、会津で日新館の見学を始め、東北の鉱山の様子等を見学。秋田では相馬大作事件の現場を訪ね、津軽では津軽海峡を通行するという外国船を見学しようとした。江戸に帰着後、罪に問われて士籍剥奪・世禄没収の処分を受けた。

*にも関わらず、山口の萩から横須賀まで、大旅行を即座に実行する、今のお金に換算すれば100万円以上になろう、このときだけではなく、しばしば松陰は数ヶ月にわたる旅行や遊学を繰り返しているが、必要な費用をどこから入手したのか、この記事でもマッタクわからない、長州藩からワタされていた、と、ボクは考えている、長州藩は、海外との裏貿易が盛んで、幕末各藩のなかでも有数の富裕藩、軍艦や大砲などの兵器購入にはすべて金で支払っていた、という。

*嘉永6年(1853年)、ペリー浦賀に来航すると、師の佐久間象山と黒船を遠望観察し、西洋の先進文明に心を打たれた。この時、同志である宮部鼎蔵に書簡を送っている。そこには、「聞くところによれば、彼らは、来年、国書の回答を受け取りにくるということです。その時にこそ、我が日本刀の切れ味をみせたいものであります」と記されていた

*13才の時に長州軍を率い西洋艦隊撃滅演習を実施。した言うからには、鉄砲や大砲の威力を知っていたハズ、2にも関わらず、わが日本刀の切れ味、なんて言っている、陸軍大学や海兵をでた秀才たちが、竹槍で戦争をするなんてバカを言っていたのと同じだ、

その後、師の薦めもあって外国留学を決意。同郷で足軽の金子重之輔長崎に寄港していたプチャーチンロシア軍艦に乗り込もうとするが、ヨーロッパで勃発したクリミア戦争イギリスが参戦した事から同艦が予定を繰り上げて出航していた為に果たせなかった。

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