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三次市・宮の本24号古墳 埴輪片を使用した石棺

2009-01-08 07:21:45 | Weblog
 宮の本24号古墳(同市江田町、4世紀末―5世紀初め)で、埴輪片を使った箱式石棺があることが、6日までに分かった。埴輪片を石棺に混在させるのは全国でも確認例がほとんどないという。古墳葬送のあり方をめぐり注目される。
 墳丘中腹を巡る平たいテラスに100本近い円筒埴輪が並び、埴輪が2列になる場所に箱式石棺がある。埴輪片の蓋石のすき間にあったほか、頭部の蓋石と下の石の間にも敷いていた。内部は長さ60cm、幅20―30cmと狭い。
 10日午後1時から県立生涯学習センター(広島市東区光町2丁目)で開かれる「平成20年度ひろしまの遺跡を語る」で調査の詳細が紹介される。
[参考:中国新聞]
埴輪片を石棺に混在 三次(中国新聞) - goo ニュース
参考:前出

宮の本古墳群
 三次市街の北東9kmの江の川支流馬洗川北岸、標高287mの山塊から西に派生する丘陵上に30基余りの古墳がある。近くには、寺町廃寺跡、上山手廃寺跡が存在するなど、古代備後国北部の中枢の地であったと思われる。
 宮の本24号古墳は直径30m、高さ3.5mの円墳。墳丘には3基の埋葬施設(堅穴式石室1、箱式石棺2)があり、埋葬施設の間から円筒埴輪とは異なる埴輪片が比較的多く出土している。墳丘斜面に葺石が施され,その中間には100本程度の円筒埴輪が樹立されている。この古墳を取り巻くように6基の小古墳(直径8~16mの円墳)がつくられ,その多くは箱式石棺を埋葬施設としているが,第20号古墳は南に開口する横穴式石室を構築している。7基の古墳は4世紀末から7世紀前半にかけて築造されたと考えられる。
[参考:広島県教育事業団事務局埋蔵文化財調査室・宮の本第20~26号古墳・遺跡見学会資料(2007.10.20)ほかより]


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