収入格差を信じたら、存在格差は疑えない。

2017年04月19日 | 日記
 果たして
 「存在格差」なる言葉が
 有るのか無いのか
 分かりませんが笑

 収入格差に代表される
 人生の優劣に見え易いものを基準に
 知らず知らず
 己を計ってしまうこと

 こういうの
 とても
 厄介です

 *****

 北朝鮮絡みの
 いわゆる「有事」が
 もし現実になったなら

 と
 考えると

 水や食料など
 或る程度
 準備をしたほうがいい気が
 致します

 あと数日で
 この心配が
 意味あるものとなるか
 不必要だったとなるか
 
 どちらにしても
 その未来で
 私がやることは
 聖霊を呼ぶこと

 おそらく
 信じているでしょうからね
 世界の動き、それを伝える報道を

 *****

 ペギー葉山さんが逝去されて
 私は
 歌番組で結構目にしていた彼女の「死」が
 少しばかり
 ショックでした

 まあこれも
 赦しの対象であることは
 間違いないので
 即座に
 聖霊を呼び

 その「死」を信じないようにしました

 *****

 同じように
 理性が働かなかったのか
 幼児愛者だったのか
 どうしようもない
 中年男を
 ニュースで見て、

 こいつがあの子を殺したのかと
 思うと
 許しがたい罪が浮かんだものですが

 これも赦しの対象でした

 殺害された女の子も
 その姿を信じるなら
 幽閉された幻想さんでありますが

 実相さんです

 *****

 しかし
 裁判員裁判で、私が選出されて
 当該事件の犯人である
 中年男を
 断罪するなら
 死刑を求刑します

 夢は夢と割り切りながら、
 「すべてはどちらでもいい」のなら
 どうぞ死刑を、という気持ちです
 
 *****

 ミサイルが飛んできて
 どこかの都市が傷つけられても
 天国は不変
 実相さんは実相さんです

 そこで流された血の量や、
 恨みの量など、もろもろの悲劇の象徴も虚偽

 何も起こらなかったことを
 何かが起こったように見えても
 忘れない

 心掛けたいものです

 *****

 次の感情が
 喜びでも
 悲しみでも
 真実を受け取った反応ではないでしょう

 実相さんと
 理解したなら
 ただただ安らぐはずです
 当然の結果として

 無関心でいることはないけれど
 世界も
 人生も
 極論は「どうでもいいこと」

 少なくとも
 「どうにかしなきゃならないもの」じゃないと分かるだけで
 重みは変わります

 神が
 隅から隅まで管理している天国で
 一度も死ぬことなく
 安らぎ続けていられているのだから

 目標も
 目的も
 必要なし

 誤解から覚めるだけです

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「私を神の子だと思い出してくれ」と罪人は現れる

2017年04月13日 | 日記
 虫の好かない奴がいて
 こういう時は決まって
 「死ねばいいのに」という
 ネタばかりが
 私の回転寿司、コンベアの上に
 乗って流れて来ます

 とても美味しいネタなので
 ついつい
 手に取り、
 「死ねばいいのに」を
 食べてしまいます

 食べた後、
 食べたことを後悔したり、
 なぜ流れて来るのかを考えたりしますが
 こういったことは
 無意味でしょうね

 *****

 虫の好かない奴のことを
 いろいろな角度、発想で考えてみても
 意味がないと思うんです

 神の子、実相さん、という姿で捉えるんでなければ
 どれも虚偽なる姿
 存在しない幻想なのですからね

 考えてしまうのは
 過去を信じているからで
 記憶を信じているからで
 この肉体や世界を信じているからで
 死を信じているからです

 アイツと私は
 実相さんとしてひとつ、なのだから

 アイツに「死ね」と送っても
 受け取るのは私なわけです

 自らに毒を盛るのと一緒

 *****

 しかし
 どうしても腹が立つのに
 我慢するのも
 きっと良くないでしょうから

 私は或る映画を観て、
 その登場人物について腹を立てている、というような
 割り切りですね
 そういう感じで
 苛立つのがいいでしょうね

 正しい腹の立て方、という意味ではなく
 腹を立てているけれど、ちゃんと映画と気づいているよ
 現実と混同していないよという
 内なる理解

 そうやって
 グラデーションのように
 「そう見えてもそうじゃない」を
 苦しいけれどくり返す

 私はそうしています

 *****

 罪人の登場は
 聖霊がタイムワープさせてくれた証でしょうから
 少なくとも前進したんだと
 希望を持つのも
 いいでしょう

 赦しへの着手そのものは
 読者の方々みなさん
 もう、慣れたものでしょうからね

 あとは
 苦しいけれど
 続けていくだけです

 *****

 世界を自分の望む場所に変えていくのではなく
 世界を無だと見抜き、無なのだからと手放す

 手放すことで執着がなくなって
 何が起きても「たいしたことない」と笑えるようになる

 この世界で
 結果は出ません

 出たと思った結果もぜんぶ
 実相さんという結果からすれば
 虚偽です

 だから信じない

 そういうことです

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自分の記憶を信じない

2017年04月10日 | 日記
 過去が存在しないなら
 記憶も存在しないはず

 今さっき
 起こったことは
 忘れようにも
 しっかり覚えがあり
 そこが
 怒りの起点となる時も
 多いので
 
 記憶は信じないに越したことはない
 と
 思うのであります

 *****

 解釈をするためには
 集められた情報が必要で
 
 情報とは過去の断片であり
 事実や記録などと呼ばれます

 事実や記録を
 信じた上で
 解釈するのですから

 言い換えれば
 幻想を信じた上で幻想を真実化するわけです

 真実となったら
 いくら幻想でも力を持ちますから
 それに振り回される
 展開に入るわけです

 怒りとは
 まさにそのようなもの

 これは
 私の中の過程です

 *****

 ついさっき
 友人に腹が立ちました

 怒りがこみ上げ、
 相手にぶつけて
 謝罪を求めたい気持ちになりました

 しかし同時に
 これは赦しの機会だと
 分かってもいます

 さあどうするか

 聖霊を呼び、
 別の見方を願いますが
 怒りは収まりません

 だって
 向こうが悪いのだもの、と
 心が言うのです

 だから私は
 友人が私にしたことが
 起こってないと
 思い出そうとしました

 起こってないとは
 思えても
 けれど
 記憶はあるわけです

 今度は
 その記憶を信じないと
 自分に言い聞かせました

 友人が私にしたことを
 覚えているけれど
 信じない

 それは起こったように見えるけれど
 起こってないと
 思うから

 そうやって
 数分、葛藤のような時間を過ごすと
 次は急に
 温かい気持ちになりました

 あ、聖霊がイゴを剥ぎ取ったんだなと
 分かる気がしました

 *****

 友人に直接怒りをぶつけることは
 ありませんでした

 むしろ機嫌のいい笑顔で向かい合いました

 この展開に入れたのは
 赦しのおかげだったことでしょう

 怒りをぶちまけていたら
 今頃、落ち込んで
 記事を書く気にもならなかったでしょう

 この文をお読みいただけるのも
 あの時、赦しを選択したためと
 思います

 赦しが成功したかどうかは
 分かりませんけれど笑

 *****

 自分の記憶を信じない
 とは
 忘れようと心掛けることではなく

 浮かんでくるままに
 映像や感情を経験するけれど
 信じないことで
 飲み込まれない

 距離を取る

 取り憑かれないようにする

 そういうことでしょうね

 記憶が
 辛い経験を呼び起こしても
 信じない

 それは起こらなかったし
 存在するのは実相さんとしての私だから

 永遠に
 永遠に

 無辜であることだけを
 信じて
 その他は
 信じないように
 注意します

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無辜であること以外、忘れなさい。

2017年04月09日 | 日記
 一日を終えるように
 布団にもぐり込んで

 今日一日のことを
 思い出しながら
 
 あれは良かった
 あれは悪かったと
 記憶を読み返します

 この時、
 調子がいいと
 自然と赦しモードに入っている気が致しますが

 逆に
 後悔に転じてしまって
 嫌悪感に包まれる場合もあります

 *****

 まずは
 直近の記憶であっても
 それらを信じない

 信じないぞと
 自分に言い聞かせてみます

 今日自分が
 したこと

 今日自分が
 言ったこと

 そのすべてが
 起こらなかったことだと
 再認識します

 なかったことにするんではなく
 なかったことだと思い出すように

 そのあと
 幽閉し、批判的になってしまった相手を浮かべて

 彼を彼だと
 彼女を彼女だと
 信じた瞬間から

 私は、私を私だと
 信じて苦しんでいるんだと
 思い出します

 私たちは
 実相さんとして
 一つだから

 赦すことで赦されるのは
 それが理由なのでした

 *****

 (あの人)-(あの人)= 実相さん

 しても、しなくても、無辜 

 *****

 その人がどんな存在なのかを
 肉眼で探して
 発見は不可能でしょう

 肉眼は
 分離を見ます

 だから解釈の段階で
 聖霊に頼るべきなのです

 *****

 無辜であること以外、
 忘れてしまいなさいと
 聞こえた気がしました

 それは
 自分に関しても
 他人に関しても

 *****

 不出来な後輩がいて
 彼が誰かに注意を受けたり怒られたりしています

 彼を慰めなくては、と
 思ってみたり

 私なりに注意をしないといけないなと
 思う場面もありますが

 まず彼が
 不出来だろうと
 優秀だろうと
 彼が実相さんだということに照らせば
 全く問題ではないと思い出し、

 次に
 彼に起こったと思える事象はすべて
 起こっていないのだから
 私が揺れる必要がないと思い出す

 その上で、
 行動を始めます

 *****

 米国のシリアへの攻撃が
 世界の歴史にもたらす影響力は
 あるでしょう

 けども
 それは起こっていない出来事
 覚める夢です

 だとしても
 平和を願う気持ちは
 湧いて出ますが

 全面的に
 争いのある世界自体を信じていないわけです
 世界も宇宙も
 無いですからね

 日本が
 右寄りになって
 戦争が近いのではないかと
 思う人がいて

 私は手段としての戦争が、
 或いは戦争になってしまうかもしれないという不安が、
 悲しいけれど平和を維持していると
 思うので右寄り?真ん中寄り?になることに
 怖れはあまりありませんが

 どちらも幻想なので
 信じない

 考えはするけれど
 どこか覚めている感じ

 私が見ている夢の中で
 「どれも夢だ」と目覚める過程です
 
 *****

 主義主張がどれだけ違っても
 凄惨な犯罪歴を過去に持つ人だって
 問題ではありません

 だから無防備でいろ、と言うのではなく

 見方の中で
 彼らが無辜だと
 思い出し
 そちらに軸足を置けばいいのです

 記憶も分離への誘惑です

 記憶だって無だと
 思い出せば

 私は私から自由になります

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そう見えても、そうじゃない。

2017年03月31日 | 日記
 雪崩に巻き込まれて
 生徒が死んでいるのに
 「絶対安全」なんて単語を
 喋ってしまったら

 あんた、
 何のために
 会見開いているの?と
 首を傾げたくなります

 もちろん
 責任がどこにあるのかを
 曖昧にさせるためには
 真っ先に謝罪するなんてことは
 ダメなのかもしれません

 昨今の
 「すぐ謝罪して沈静化を図る」という
 ポーズに
 慣れてしまっているせいで

 あの教諭の発言と
 無線を10分ほど放置したらしき
 報告とを聞くと

 まあ、なんと言うか
 遺族も怒りが湧くだろうと

 「こいつの、この程度の判断で、我が息子は死んだのか」と
 思う気が致します

 *****

 雪崩も、津波も
 起こるまでは
 起こらないと思われている
 現象なんでしょう

 火災や、地震も
 同じかもしれませんね

 根拠はないけれど
 たぶん大丈夫だろうという
 安全装置が
 甘く制御されてしまう例ですね

 *****

 奇跡講座関連の
 絵本?漫画?が
 出版されて久しいですが
 この度
 購入して読みました

 前回の記事更新以降に
 読み始めて
 あれれ、似てることを私も書くことなあと
 ちょっとした
 シンクロ

 確かに
 漫画になっていても
 なかなか難易度の高い本でした

 収穫は大きいですけれどね
 情報量が多いので

 *****

 そう見えても、そうじゃない
 と思いつきました

 職場に許せぬ人がいて
 その人を、その形で信じている時
 批判は絶えません

 あとになって
 その人が神の子だと
 実相さんだと
 思い直すと今度は

 その人に見えても、その人じゃない
 その人に見えても、その人じゃない
 信じるな
 信じるな
 信じるな

 と、唱えています

 同じように
 雪崩に巻き込まれて死んでしまった生徒さん達に見えても、そうじゃない
 信じるな
 信じるな
 彼らは死んでいない
 今もずっと神の子であり実相さん
 生きている
 生きている

 殺害されてしまった小3女児に見えても、そうじゃない
 信じるな信じるな
 彼女は死んでいない
 今もずっと神の子であり実相さん
 生きている
 生きている

 と、いうように

 *****

 遠い異国の戦禍の中で
 幼い命が
 危険にさらされているとして
 何かできないかと
 手を差し伸べることで
 命を救うのなら
 幻想が変化したということ

 私達学習者は
 ここでもう一歩
 変化を信じない態度が
 試されていて

 救ったり救えなかったりするものは
 真実ではないので
 その形、事情、結果を信じず
 聖霊が言うように
 実相さんを思い出す

 神と神の子以外信じない態度ですね

 *****

 園児に
 スプーン一杯ほどのおかずやごはんしか
 与えない保育園の、
 その姿、形、事情、結果を
 信じてしまうか
 それとも実相さんを思い出すか

 籠池夫妻と
 その周辺の一連の出来事の
 形、事情、結果を信じてしまうか
 それとも実相さんを思い出すか

 脳裏を
 胸を
 占領する思いが
 どっちの情報に立脚しているか
 幻想さんか
 実相さんか

 すべては
 このくり返し
 すべては
 たったひとつ、このことだけ

 *****

 口で言うほど易くはないし
 ましてや
 他人にどうこう言える立場にありませんが

 難しさは痛感しておりますゆえ
 どうぞ
 肩を叩きあって
 励ますかのごとく
 ここへおいでください

 世界を信じず
 聖霊を信じる

 これだけのことです

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見聞きした物事を信じませんように、聖霊に委ねられますように

2017年03月20日 | 日記
 集めてから
 組み立てて
 作り上げます

 世界は
 かけらの集合体ですから
 どんなひとつも
 パーツの集まり

 何かを始める時
 何かを集め出すのでしょう

 *****

 男は男でなければならず
 女は女でなければならず

 形は
 形が持つ意味の中に
 閉じ込められやすくて

 意味を間違われぬよう
 時折
 そのために
 形をも
 変えなくてはいけなくなってる

 けれどどうだろう

 本当に
 形は意味なんだろうか

 男は男なんだろうか
 女は女なんだろうか

 *****

 だんだんと
 季節が
 着る服を
 替えているような
 暖かかったり
 寒かったりと
 シーソーゲームする
 日々です

 見聞きした物事や人を
 私がすぐには
 信じない日

 聖霊がそばにいるような
 気がいたします

 私たちって
 ひとつだから

 集まったり
 散らばったり
 できないもの

 分離は
 それを信じた瞬間から
 そこに存在して
 問題に見えます

 一見離れていても
 全然離れていない関係があるように

 一見一緒にいるのに
 全然親しくない関係があるように

 幻想は所詮
 幻想です

 意味を持たせてしまう相手としては
 不合格

 *****

 なんとなく
 誰かに
 赦してもらっている
 気がします

 *****

 ゆうべ、母と
 口論になりました

 親子喧嘩の範疇を出ない
 幼稚な応酬でした

 以前なら
 それでも
 「なんであんなことを」と
 自分が知っている自分を
 見つめて後悔しましたが

 ベッドに入っても
 「これも夢さ、できることは信じないことさ」と
 聖霊を呼びました

 翌朝、今日ですけれど
 喧嘩をする前のように
 接しています

 長いことやってきた親子です

 母に
 痛みや傷はあるかもしれませんが
 私は聖霊を呼んで
 別の見方を
 願うだけ

 ちょうど
 その喧嘩に出くわした
 私の親友は
 「いつもの○○家ね」と
 笑っていました

 *****

 職場の後輩は
 姿だけでも
 幼く見えて
 
 経験値で測っても
 不完全な存在に
 見えてしまいがちです

 その不足分を
 補おうと
 言葉を尽くす時
 とても疲れます

 おそらく
 己に感じている
 穴を
 埋めているのと
 同じ疲労感なんでしょう

 そんなもの
 ありゃしないのに

 *****

 違いを
 たくさん見せてくれる世界に
 もう揺れるのは
 止めませんか

 それは誤解です
 罪のない

 *****

 犬を飼ってみたいと
 思うときがありますが
 年老いるペットを
 看取るまで面倒を見られるかと
 自分に問うたびに
 諦めています

 でも
 愛情を放出できる相手を
 求めている気は
 いたします

 たぶん
 溺愛状態を経験したいんでしょうね

 遊び相手に
 やってみましょうかね

 *****

 信じないでいれば
 彼が誰だか
 あなたが誰だか
 自分が誰だか
 分かるような
 気がするよ

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もし不老不死だったらと考えてみる。ま、それが真実なんだけど。

2017年03月04日 | 日記
 命と書いて
 有限の輝きと読む

 そういう
 概念で
 誰も生きているはずで

 例えば
 私なんかは
 老いる母の背を見て
 
 こういう日が来るとは
 思ってなかったなと
 昔を振り返ります

 *****

 つい先日、
 一年ほど前に会った人が
 亡くなったと聞き
 線香をあげに
 行きました

 まさかあの時
 一年後にあの世に旅立つとは
 思っていませんでしたが
 ご病気ではありました

 しかし
 聖霊を呼んで
 本で得た知識でもって
 考えてみると

 その人は
 いまだ
 死んでおらず

 あの時のご病気の姿も虚偽であり

 私は
 そのような
 いろんな幻想の、とある一面を

 知らず知らず幽閉していたことに
 気づき、そして

 そっか
 実相さんだったんだよなと
 安堵するのです

 *****

 殺人未遂であったのは
 結果的に
 命を取りとめた彼女の運がなしたことであり

 犯人の男は
 死刑に値すると
 そう思える事件がありました

 以前から
 書いているように
 殺処分の意味合いで
 死刑にしてくださいよと
 思います

 もちろん
 犯人が確実にその人だと
 分かっている場合で
 情状酌量の余地が
 ない場合です

 何回も、何十回も
 刺したってことは
 殺意のかたまり
 憎悪のかたまりでしょう

 彼に更生の道や
 今後の人生など必要ないし
 被害者の言うとおり
 服役を終える頃から
 また不安な日々を送らねばならないことは
 大きな不幸です

 *****

 罪と見えるもの
 そのすべてが
 存在しないのだと
 聖霊なら
 分かっています

 ここへ来て
 どんなに惨い殺害を試みた男であっても
 実相は神の子だと
 書くことは容易いのかもしれませんが
 
 そういうふうに見ること自体が
 罪に思える時期も
 確かにあります

 私は
 そのあたりは
 通過したようで
 幻想さんと実相さんを
 同じように言うことは
 不可能だと
 思っています

 幻想さんだから
 あーだこーだ
 言えてしまうわけで
 もちろん
 加害者側に同情的な人だっているんでしょう
 理解に苦しみますけれどね

 *****

 空は繋がってる、というような
 イメージで
 実相さんを
 思っています

 地上では
 様々な形、様々な事情の
 幻想さんが見えますが

 実相さんは
 青空のように
 一面、どこまでも途切れなく繋がってひとつです

 *****

 昨日や、明日が
 問題にならないのは
 変化が存在しないからであり
 変化がなければ時間もありません

 宇宙のどこまで行っても
 選択肢は
 赦しか幽閉か

 目の前の何かを
 幻想さんにしまいこむか
 実相さんと見抜くか

 たったこれだけのことなのでしょう
 聖霊を呼んで

 *****

 だから
 赦しの成果はなんなのかとか、
 そういうことに
 興味がありませんね

 お金が貯まるとか
 友達が増えるとか
 悩みがなくなるとか
 そういう変化の中に
 平安があると
 もう信じていない感じです

 もちろん
 そういう変化の先に
 平安があるんでしょうが

 それ以前から
 ずっと
 一度も絶えたことなく平安なんだと
 思い出す回数によって

 どんな幻想を望んでも
 実相さんである以上、
 深刻に意味を持たないんだなと
 飲まれない

 それが幸せかどうかは
 人によるでしょうけれど

 おそらく
 あの、人生や世間に
 何とか自分を知らしめたいなどと
 自分の特別さを信じていた
 若い頃よりは
 気持ちは安定している気がします

 *****

 確か
 メンインブラックという
 映画でしたか、
 妖精が出てくるんですが(以下、少しネタバレ含む)

 夜中の
 無人の
 真っ暗な
 野球場の観客席で
 試合を応援するシーンがあって

 しかし
 妖精には確かにゲームが見えていて
 そこで
 印象的なセリフがあります

 記憶では
 「いつもここに存在している」みたいな意味だったような

 ま、そのセリフは
 幻想さんを主体に書いているのでしょうけども

 あんな感じで
 昨日と今日では
 何かが違っている幻想の中にいながら
 いつでも
 存在している
 実相さんにアクセスする

 そういうのが
 望みです

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どんな幻想さんを生きてても、すべてはひとつの実相さん

2017年03月03日 | 日記
 この世界で
 私を定義できるものは
 あるように見えますが
 ありません

 この世界が
 ない、と
 こういう話ですから

 大学に受かった落ちた
 恋人ができた振られた
 何かを得た失くした

 日々の出来事の
 損得や在り様で
 私は変わっていくように
 思えますが
 
 全然
 関係ないのですね

 *****

 だから
 何をしても
 無意味なのだ、というのも
 一つの悟りなのかもしれません

 実相さんから
 見れば
 幻想さんは
 存在しないのだから
 意味、無意味以前の話でしょう

 何をしても
 無意味だから
 楽しく生きる、というのも
 悟りでしょうね

 私はこちらのほうが
 好きです

 *****

 何をしても
 無意味だから
 何もしない、のが
 正しいのかどうかは分かりません

 その考え方が
 幸福度を保つなら
 持てばいい

 何をしても
 無意味かもしれないけれど
 夢や希望や目標があるし
 それに取り組む生き方をしたい、と考えて
 それが幸せならば
 そうすればいい

 どちらも
 問題ではないですね

 癒しは
 赦しですから
 聖霊を呼んで

 私が見る見方から
 聖霊が見る見方へ
 交代する意欲

 これが大事なのですね

 *****

 好きに生きてみて
 苦しさに胸が騒いだら
 聖霊を呼ぶ

 これでいいと
 思います

 問題だと見た瞬間にそれは
 問題に映ります

 ただそれだけのこと

 愛を求める声と
 聞くことは
 可能でしょうか

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書店に「方法」を探しに行く、買いに行く

2017年02月22日 | 日記
 休日の、
 出かけるという暇つぶしの相手は
 書店であることが
 多い

 コミックの棚を
 一度も振り向くことなく
 自己啓発やら
 宗教やらの棚へ行っては

 真理とか
 真実とか
 法則とか
 奇跡とか
 そういったものを
 何とか
 自分のものにしようとして

 探したり
 買ったり
 する時がありました

 今でも
 度合いは減ったにせよ
 嗜好は変わらないので
 抽象的な世界
 目に見えない力、そういうものに
 惹かれがちです

 *****

 んで、
 手に取ったいくつかの本を
 もう一度
 見つめ直すと

 その内容は
 幻想に変化を起こすための法則が
 書かれていて

 「そう言えば俺は、実相さんなんだっけ」
 と
 思い出すと

 もとあった場所に
 本を戻すのでした

 *****

 幻想さんが自分だと信じている時、
 そりゃ誰だって
 幻想を磨きます

 それが価値になるんだもの、
 当たり前のこと

 人より努力して
 資質を備えていく

 まことに頭が下がる姿勢です

 だからこそ
 忘れないでいたいのは

 そういう努力を
 しようが
 しまいが
 実相さんであることの
 不滅の価値
 神に保障された価値みたいなものは
 永遠に安全で
 不動だと
 いうこと

 実相さんであることに
 変わりはないけれど
 今は、幻想さんを磨くのが楽しいからやっている

 こういう具合に
 なりたいものです

 *****

 怒りが
 湧いてくる瞬間
 幽閉してしまったがゆえに
 私も幻想さんへと幽閉されていて

 ここで何をどう変化させても
 何も起こっていないことになります

 赦しを選ぶ
 そういう時こそ
 聖霊を呼ぶ

 分かっちゃいるけど
 難しい時もありますね

 特に
 毎日毎日
 同じような苛立ちに
 ぶつかっている時など

 聖霊は機能していないのではないかと
 疑いたくもなります

 けれど
 聖霊はミスしない

 ちゃんと
 赦しを選べば
 形は同じでも
 べつの罪悪感のパターンに
 めぐり合わせてくれているはず

 私の選択は
 聖霊

 ただ一つなのだから
 するか、しないかと
 シンプル
 

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見失うことはできても、失うことはできない実相さん

2017年02月18日 | 日記
 幻想さんは
 実相さんの
 敵ではありませんが

 敵のように
 ふるまっているように
 見えます

 幻想さんは
 実相さんと違って
 存在していないのに

 実相さんを押し退けて
 存在しているように
 見えます

 見えているから
 応じなければ
 気が済まず

 見えているから
 それを信じないと
 いけない気になり

 幻想さんは
 そうして
 実相さん排除を成功させ、
 我こそが
 真実なりと
 殿堂入りのような
 強さで
 
 あらゆる形で
 展開します

 *****

 幻想さんについて
 研究すれば
 出口も
 答えもないでしょう

 それは
 果てしない変化であり
 果てしない分離

 変化も分離も
 一度も起きていませんが
 ここで
 そんなことを
 誰にふれてみても
 耳を貸してくれる人など
 そうは
 いません

 静かに胸の中で
 幻想さんと実相さん
 どちらの
 存在を信じるか

 それが
 自分が何者であるかを
 思い出すための
 選択です

 *****

 何をしていても
 実相さんを
 傍らに思い出すと
 安らかなもんです
 とは
 なかなか
 言い難く

 あんなに聖霊を呼んだのに
 何も好転しない、とは
 考えがちです

 赦しをはじめたら
 病気になった、という人

 それは
 聖霊が時間を飛び越えて
 あなたが立ち向かえる幻想まで
 ワープした証です

 赦しをはじめたら
 嫌な気分を迎えるはめになった、という人

 聖霊は
 時間を崩壊させて
 しかるべき場所や状況へ
 引越しさせてくれます

 その時こそ
 さらに聖霊に頼ると良いわけで、
 ここが意欲の出しどころ

 *****

 実相さんが
 遠いなら

 代わりに
 すべてを
 愛を呼ぶ声と受け取ります

 幸福の科学への出家を騒がれている
 清水富美加さんの
 行動が何を意味しているか

 愛を求めています

 ここに赦しの必要性が
 潜んでおり、

 彼女を幽閉することなく
 実相さんを思い出すべく
 聖霊を呼ぶ

 私ができるのは
 これだけです

 *****

 上司との
 見えぬ対立から
 私の同僚や先輩が
 何人か辞めましたが

 とうとう
 その上司のもとにも
 異動の話が
 来ているそうで

 「どうせ動くんなら遠くへ行く」と
 息巻いていました

 彼の強がりと
 すぐに分かりましたし、
 実際に
 異動が現実になったとして
 果たして
 すんなりと応じるのかいな?と
 訝しく思う私がいます

 しかし
 それも
 愛を求める声

 私が幽閉してどうする、と
 実相さんを思い出します

 聖霊を呼ぶのでした
 

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