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道鏡さんはどうなったのか

2017-03-15 14:22:10 | 歴史から思うこと
この頃生き続ける意味が見出せなくて...

何かを求めて自分の姓から調べてみました。
以下、メモ書き。

奈良時代の僧である道鏡さん、知っている方も多い(?)かもしれませんが、
称徳天皇を誑かして天皇になろうとした(?)日本三大悪人の一人で、姓を〇〇といいます。

病に伏せていた孝謙上皇を治療したのが道鏡で、その後、ご寵愛を受け昇進し、最終的には「法王」の
位を授かっています。

769年9月に宇佐八幡神託事件が起こる。
770年3月称徳天皇、由義宮に行幸中に体調を崩され、西京へ戻り病床に伏す。
この際、お目通りを許されたのは、吉備由比のみ。
770年8月4日称徳天皇、崩御
770年8月22日道鏡、下野国薬師寺別当に命じられる。
772年4月7日道鏡死去

栃木と茨城には、
 ・孝謙天皇と道鏡が暮らしたとされる伝承
 ・孝謙天皇が道鏡との間に親王を生んでいたという伝承(英親王というそうな)
があるそうな?

ここで疑問が...
①宇佐八幡神託事件があった年の10月、翌年の2月に由義宮(ゆげのみや)に称徳天皇は行幸されています。
②行幸中体調を崩された称徳天皇は病床に伏し、吉備由比しかお目通りが許されず、治療がされなかった。
 道鏡も会えていない。
③由比の兄(?)である吉備真備は道鏡の昇進に続いて昇進し右大臣になっていた。

吉備真備と道鏡の間に不和、称徳天皇と道鏡との間に不和があったとはちょっと思えない。
・称徳天皇は暗殺されていた?・・・道鏡の処遇が中途半端?
・称徳天皇は京に戻っていなかった?・・・逃避行?
 称徳天皇が後を継がせたかったのは自分の子だった?宇佐八幡神託事件で道鏡→子供という継承の道を塞がれた?
 子供を守るために道鏡が下野国に行くのとともに旅立った?

う~~ん、単なる思い込みかな?
折を見て伝承の土地を訪れてみます。
とりあえず目的はできたかな。

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