第七話

「失礼致します。義母上」
「おや、これはエヴェル・ガルム殿。如何なされました?」
笑みを浮かべてエヴェルを迎えたネーヴァンだが、その口元は引きつったままであり、顔はそれと解るほどに蒼ざめていた。
「本日は、祝いの品の御礼言上に参りました」
「まあ、それはわざわざ。ですが、グリムニアの慣例では使いの者が取り次ぐのではありませんでしたの?」
「実は、義母上にお願い申したき儀があり、それを申し上げようと思って参ったのです」
「妾にお願い、にござりますか?はて・・・・・・」
「実は、本日使いでこちらに参ったエルナ・アーヌをブリイッドがいずれかで見覚えておりまして、私の後宮に入った折には自分の側仕えにしたいと申しておりまして」
「ブリイッド姫が?それは初耳でござりますね。新参者のエルナを何時、何処でお見かけなされたのでござりましょう」
「はて、そこまでは聞き及んでおりませぬが・・・・・・」
「新参者とは言え、エルナはこちらの女童にござります。犬猫の如くやり取りをする訳には参りませぬわ」
「では、如何致したら・・・・・・」
ここで、余裕を取り戻したネーヴァンの口元に意地の悪い笑みが浮かんだ。
「それでは、ブリイッド姫にもこちらにお越し戴きましょう。お話を伺いました上でエルナのこと、決めさせて頂きとうござりますわ」
「成る程・・・・・・」
「誰ぞ、トゥアン家に使いを!ブリイッド姫にこちらにお越しくださるよう申し伝えよ」
「かしこまりました」
正后付きの近衛兵士長、ダグ・ジャイブズが急いで走り去っていった。
(ブリイッド・・・・・・)

数刻の後、ブリイッド・ダ・トゥアンが正后ネーヴァンの居室に到着した。
エヴェルは、必死の思いでブリイッドを見詰めた。
見詰め返すブリイッドの瞳が、ふと、和らいだ。
「さて、ブリイッド姫」
「はい、正后陛下」
「そなた、我が女童のエルナをいずれでお見かけなされたのですか?」
「はい・・・・・・実は・・・・・・」
ブリイッドが、ふっと頬を染めた。それをネーヴァンは目ざとく見つけ
「何か、不都合でもありましたかや?」
「不都合と言うわけではありませんでしょうが・・・・・・実は、私は昨夜皇太子殿下とふたりきりで・・・・・・そのう・・・・・・お話を致しておりまして」
「結婚前の男女が?それは、聞き捨てなりませぬな」
「それ故に殿下も私の名誉を考えてお話出来なかったのだと思いますわ。そのときに、私は少々風に当たりたくて中庭をお散歩しておりましたの。そこであの可愛らしい子を見かけたのですわ」
「ほう?して、それだけで妾の大切な女童を欲しいと申される、と?」
「あつかましいのは承知の上ですわ。私、これから慣れぬ王宮暮らしを致しますのですから、ほんの僅かでも見知った顔がいるのは心強いものですから」
「ご実家からの侍女はお連れになるのでしょう?」
「ほんの数人、ですわ。それに私、あの子には生まれる子の遊び相手になって欲しいと考えておりますの。男の子でも女の子でも、あの子ならばきっと良い相手になってくれますわ」
「何と!ブリイッド姫におかれては、最早身籠っておられたのか?」
「ええ・・・・・・実は、今日実家にて医師と魔術師の見立てを受けておりましたの。殿下にご報告するのはその後で、と思っておりまして・・・・・・」
ネーヴァンの顔が怒りのあまり紅潮した。
あまりにふしだらな、と思ったのかも知れぬ。
我が子アンクウ・ロズルが子を成せぬことを思ったのやも知れぬ。
それを見たエヴェルは
「義母上、これで宜しいでしょうか?エルナを我が正妃の下に戴いても宜しいか?」
「お好きになされよ!」
「ありがたき幸せにございます。では、エルナにそのこと申し伝えてまいりましょう」
足音荒く奥へ引き篭ったネーヴァンにエヴェルとブリイッドは一礼し、正后の居室を後にした。
コメント ( 10 ) | Trackback ( 1 )

第六話

先触れの侍女が立ち去ってしばらくの後、白いドレスを着た少女・・・・・・正后ネーヴァンの使いであるエルナ・アーヌがワインの入ったかごを捧げ持ち、静々と皇太子居室に入ってきた。
「皇太子殿下に申し上げます。正后陛下よりの贈り物でございます」
答礼をするのは、これも慣例により小姓のケティル・ラフニスタである。
「ご苦労であります。では、これへ」
「はい」
何も知らぬエルナからケティルにワインのかごが手渡される。
そのとき、不意に皇太子エヴェルが言葉を発した。
「エルナ・アーヌ」
「・・・・・・!」
「そう驚かなくてもいいだろう?」
「こ、皇太子殿下!そのような慣例に無きことをなされてはなりませぬ!!」
「クヴェルド、そう固いことを言うなよ。今だけ見逃してくれないか?」
「なりません!このクヴェルド、近衛兵士長たる身・・・・・・」
「そこを何とか。曲げてくれないか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべてウィンクをするエヴェルに、百戦錬磨の騎士クヴェルド・ゴンドゥルもぐっと言葉を詰まらせ
「殿下・・・・・・此度だけ、ですぞ」
「恩に着るよ。さて、エルナ、ありがとう。義母上(ははうえ)からの贈り物、確かに受け取ったよ。お礼にお菓子を用意してあるからお食べ」
「でも、お渡ししたらすぐに帰っていらっしゃいと言われてます」
「大丈夫だよ、誰も言いつけたりはしないさ。・・・・・・そうだ!私は今から義母上から戴いたワインを飲むから、お菓子を食べて付き合ってくれないか?」
「それは、ご命令ですか?」
「うん、私の命令だ。エルナ、ここにいるケティルと一緒にお菓子を食べなさい」
「殿下、私にもお菓子をいただけるのですか!?」
「そりゃそうさ、そんなによだれのたれそうな顔をされちゃね。君も遠慮なく食べなさい」
「ありがとうございます!」
「いただきます!」
子ども達が嬉しそうにお菓子に手を出すのを微笑んで見ているエヴェルの前にグラスが置かれ、侍女のブルーネが恭しくワインを注いだ。
「美しい色のワインだね」
「左様でございますわね。アンスガル王国は美味の産地でございますもの」
「そうなのか?」
「あら、殿下はご存知ではありませんでしたの?」
「うん。政情や民の様子は聞いたことがあったが、各国の特産品についてはこれから勉強するところでね。全く、不勉強な皇太子だよ」
「まあ・・・・・・ご謙遜を」
「本当さ。さて、折角の義母上のワインの香りが飛ばないうちに戴くとしようか。どれ・・・・・・うん、やはり味も素晴し・・・・・・・・・・・!」
蒼白になったエヴェルの手からグラスが落ち、音を立てて割れ散った。
「殿下!」
「如何なさいました!殿下!」
クヴェルドとブルーネが血相を変えて傍に駆け寄った。
エルナとケティルは竦んでしまい、その場から動けずにいた。特にエルナは真っ青になり、ガタガタと震えるばかりである。
悪しき力よ、離れよ。このものを苦しめる毒よ、消え失せよ、永遠に
床に倒れたエヴェルが小声でリビア・ポイスニー(解毒)の呪文を唱えた。
瞬間、ガバッと口からワインが吐き出される。
「み、水を・・・・・・」
ブルーネが急ぎ水差しとタンブラーを数個、それとボウルを運んできた。
口を漱ぎ、水を飲んでようやく落ち着いた様子のエヴェルを見てホッとした表情になったクヴェルドであるが、形相を変えてエルナに振り向き
「エルナ・アーヌと申したな!皇太子殿下を殺し(しいし)奉らんとしたこと、重罪は免れまいぞ!!」
「や・・・・・・止めよ!」
「しかし殿下!幾ら子どもとて・・・・・・」
「冷静になれ!このような子どもにこの毒が手に入るわけは無いだろう」
「この毒、とは?」
「この毒はとある国で作られている猛毒だ。さる植物の汁を煮詰めたものだが、人を殺せる量を作るのに村ひとつを買えるだけの費用がかかると聞く。その様な毒をこんな子どもが持っている訳が無いだろう?」
「殿下!しかし・・・・・・」
「エルナ、大丈夫だよ。誰からも咎められたりはしないよ。安心しなさい。さて、みんな、このことは他言無用だよ。解っているね、ケティル」
「はい、殿下」
「しかし殿下、このようなことはいずれ人の耳に・・・・・・。特に、このエルナ・アーヌの様子を見ていぶかしむ者も多いのでは?」
「それについては考えがある。エルナ、泣かないでおくれ。そして、この部屋を出てはいけないよ。」
「・・・・・・は、はい・・・・・・」
「誰か、附いて来てくれ。義母上の居室に参る」
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

第五話

「おお、ネーヴァン、参ったか」
「陛下・・・・・・何用にございますか?」
「うむ、実はな、ようやくエヴェルが妃を迎えることになってな」
「聞き及んでおります。まずはおめでたきこと」
「左様か、耳が早いのう」
「で、それが何か?」
「そのように切り口上にて話をせんでも良かろう。・・・・・・それでな、婚礼が2月後に行なわれる。その1年後、朕は皇位を退き、後をエヴェルに任せようと思う。その暁には、アンクウを聖皇に即位させようと思うのじゃ」
「聖皇に・・・・・・」
「聖職の、とは言え至高の地位じゃ。国の3割を占める財産がアンクウの許に入ることになる。権力と財がその手につかめるのじゃ。これで朕も安堵いたしたわ」
「安堵・・・・・・とは?」
「アンクウが権力を手に入れたいと思うておることは朕にも判っておった。それ故並ぶもの無き権力を、と考えると聖皇に任命致すより他に方法は無かった。将軍や宰相にしたのではエヴェルの下に付くことになる故にアンクウは我慢もなるまい。何よりアンクウの激しやすい性格ではその職を任せることは出来ぬ。なればこそ、の親心じゃ」
「そして、アンクウ・ロズルは妻を迎えて子を残すこともならず、生涯を狭い聖皇庁の中にて過ごさねばならぬのでございますね!この世の楽しみも全く知らずに!!」
「いい加減に致せ。それでも、慣例により捨扶持のような領地を与えられて辺境に送られ、世に忘れられて生涯を過ごすよりも遥かにましであろうが」
「なれど、なれど・・・・・・」
「朕を怒らすでないぞ。もう、下がれ。アンクウにも、今後はより行いを慎むよう申し付けるが良い。婚儀にはそなたもエヴェルの母后として出席を申し付ける」

自室に戻る途中、ネーヴァンの胸にはどす黒い感情が渦巻いていた。
(ああ、とうとう恐れていた日が来た・・・・・・。我が子アンクウ・ロズルの不幸をこの目で見ることになろうとは、の。なれば・・・・・・エヴェル・ガルム亡くば今からでもアンクウ・ロズルに幸福が巡って来ようか・・・・・・?)
自室で人払いをすると、ネーヴァンは隠し戸棚より密かに小瓶を取り出した。
この小瓶は、グリムニア王国に嫁ぐ折、
「己を守りきれぬことあらば、これにて自害せよ」
と、アンスガル王国の慣例により、亡き父王フォーロー・デ・アンスガルより手渡されたものである。無色無味無臭の液体でありながら、1滴で全身が痺れ、2滴で意識を失い、3滴で絶命するという猛毒であった。
人払いをしていたため傍に誰もいなかったが、もしも控えている人物がいれば、毒の小瓶を見詰めるネーヴァンの眼に、どす黒い炎がめらめらと燃え上がっているように見えたことだろう。

手元の呼び鈴を鳴らし、ネーヴァンは侍女を呼んだ。
「お呼びでございますか、正后陛下」
「うむ。先日のアンスガル王国よりの荷に上等のワインがあったのう」
「はい、美味の産地アンスガル王国のワインの中でも稀に見る逸品でございました」
「それをの、この度ご結婚が決まられた皇太子殿下に是非差し上げたいのじゃ。妾からのささやかな祝いの気持ちとして、の」
「まぁ!それは、皇太子殿下もさぞやお喜びでございましょう」
「それでの、そのワインを・・・・・・ほれ、なんと申したか・・・・・・最近入った女童(こども)は」
「ああ、エルナでございますね」
「うむ、そうじゃ。そのエルナに持たせて届けようと思うのじゃが」
「左様でございますね。こういったお使いは少女を遣わすのが慣例でございますもの。エルナはまだ6歳にございまする故、少々心もとなくもございますが」
「6歳にもなっておれば使いも立派に勤まることであろう。では、そのように手配をしてたも。その間に、妾は荷の中から良きワインを選ぶと致そう」
「正后陛下がお手ずから・・・・・・」
「何、このようになって妾にも母としての気持ちが幾たりか、なりと目覚めてきたようじゃからの。ホホホ・・・・・・」
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

第四話

そのとき、正后ネーヴァンはいつものように朝の礼拝を済ませ、自室に戻るところだった。
最愛の息子アンクウが聖職入りしてからと言うもの、それまでは省みることも無かった守護神ラヴァーダを祀る場内の聖堂で祈りを捧げるのが、ネーヴァンの日課となっていた。
(それに・・・・・・職階が上がって枢機卿になったとは言え、まだアンクウ・ロズルは聖皇になった訳では無い。このまま神妙にお役目を務めておれば皇帝陛下のお気が変わって還俗することも考えられようぞ。そうなれば、エヴェル・ガルムとて未だ正妃を決めてはおらぬ身、妃を決められぬほどの優柔不断さに陛下も考えをお改めになり、やはり皇太子はアンクウ・ロズルにと思し召されるかも知れぬ)
などと有り得ぬことを思いながら聖堂を行き来するのが、ネーヴァンの唯一の希望だった。

護衛兵士の詰所近くを通りかかったとき、近衛の兵士達が、声高に話しながら歩いてくるのに気付いた。ネーヴァンは、とっさに柱の陰に身を隠した。
「・・・・・・そう言えば、皇太子エヴェル殿下がようやくご正妃を娶られるそうだぞ」
「そうか、やっとか!で、ご正妃になられるのは何れの姫君だ?」
「何でもトゥアン将軍のお孫様、ブリイッド姫だそうだ」
「ブリイッド姫か、やはりな。おふたりは幼い頃からお親しくなされておられたから、当然と言えば当然だろう」
「あのようにお美しくてご健康な姫君とあらば、皇太子殿下も惹かれて当然だろうしな」
「お前・・・・・・それは不敬罪だぞ!口を慎めよ。わはは・・・・・・」
「ははは・・・・・・お前だって笑っているじゃないか。」
「それはそうさ。こんなおめでたい話を聞いて怒る馬鹿がどこにいる?」
「それはそうだ。・・・・・・それに、皇太子殿下のご正妃とあらば、いずれはこの国の正后陛下になられる方なのだからあまりにも軽い身分では務まらなかろう」
「いずれにせよ、おめでたいことだ。これでますます俺達も忙しくなるぞ」
「それは周知のことさ。だが、どうせなら婚礼の式ではおふたりのお側近くを警護する役に付きたいものだな」
「全くだ。こんな晴れがましい舞台は生涯に2度と無いだろうからな」
「ああ」

呆然としたまま自室に戻ったネーヴァンは、侍女を下がらせ、物思いにふけった。
(このままでは・・・・・・本当に・・・・・・本当にエヴェル・ガルムが皇帝になってしまうではないか!
私は・・・・・・父君が皇帝陛下との戦に破れたとき、戦利品同様にこの国に連れて来られ、そのまま下々の伽の者のように扱われて後に皇帝陛下のお胤を宿して側室となった。それでも・・・・・・生まれてきたのが男子であった故、何れこの子が至高の位に就く日を夢見て今日の日まで生きてきたと言うに・・・・・・。
何故卑しき女から生まれたエヴェル・ガルム如きに皇位を奪われ、我が子アンクウ・ロズルがあのように光の当たらぬ場所におらねばならぬのか?
このような屈辱を受けるアンクウ・ロズルを見るために、私はこの国へ来たというのか?
許せぬ・・・・・・皇帝陛下も、父君も、我が子アンクウ・ロズルより先に生まれ出でたエヴェル・ガルムも!)
「あのう・・・・・・正后陛下」
「何じゃ?そなたは。ここに入って来ることはならぬとあれ程申し付けたであろうに」
「はい、ですが・・・・・・皇帝陛下が正后陛下にお話がある故、自室に来るようにお伝えせよとの仰せで・・・・・・」
「皇帝陛下が?」
「はい。正后陛下にも良い知らせじゃと申されて」
「さようか。では、すぐにお伺いするとお伝えしてたも」
「かしこまりました」
ひょっとして、やはりアンクウ・ロズルを還俗させ、せめて次期将軍の地位をとの仰せかも知れぬ。
そう思ったネーヴァンだったが、皇帝の言葉はその希望を粉々に砕くものだった。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

第三話

エヴェルの立太子式は、予定通り一月後に、守護神ラヴァーダの神殿で執り行なわれた。
神殿の庭には、5千を越える民衆が新皇太子を一目見ようと詰め掛けていた。

大歓声の中、ルグスとエヴェルは正装に身を包み、壇上に立った。
神官長が【王者の槍】を、副神官長が【継承者の短剣】を持ち、後に続く。
エヴェルがルグスの前にひざまずくと、ルグスは副神官長が捧げ持った【継承者の短剣】を受け取り、鞘を払ってエヴェルの肩に剣先を当て、告げた。
「エヴェル・ガルム・フォン・グリームニル」
「はっ」
「そなたを守護神ラヴァーダと皇帝ルグス・ブーリ・フォン・グリームニルの名において、グリムニア皇国皇太子とすることを宣言する!」
「有り難き幸せにございます」
「これよりは皇太子として一層国の為に尽くすよう。そして、良き皇帝となるよう益々精進いたすよう」
「心得ました」
「これに授けるは、皇太子の証たる聖剣【継承者の短剣】である。この剣に恥じぬよう心がけよ!」
「承知!このエヴェル・ガルム・フォン・グリームニル、なおいっそうの精進を致し、この国に繁栄と安寧をもたらすよう微力ながら力を尽くす所存にございまする!」
こう言って、エヴェルはルグスより【継承者の短剣】を受け取って立ち上がり、抜き身のままの【継承者の短剣】を高々と天にかざした。【王者の槍】に填め込まれた暗紅色の貴石と【継承者の短剣】の緑色の貴石が呼応して光る。
ルグスとエヴェルのやり取りはむろん型どおりの台詞と仕草であるが、このとき、民衆の歓声は最高潮に達した。
皇帝陛下万歳!新皇太子殿下万歳!グリムニアに栄光あれ!と。
傍らに控えた宰相・将軍をはじめとする百官は、満足そうに頷きあっていた。
そして、神殿の中では正后ネーヴァンが血が滲むほどに強く唇を噛み締めていた。


その数時間の後、神殿と隣接する聖皇庁にて、アンクウの聖職入りの儀式が行なわれた。
儀式には、枢機卿以下、主だった役職に就く者が参列した。

皇帝ルグスの弟である聖皇ケフレンとアンクウは法衣に身を包み、守護神ラヴァーダを祀る祭壇の前に立った。
「アンクウ・ロズル・フォン・グリームニル」
「はっ」
「あなたの聖職入りをここに認め、聖皇ケフレン・オーマ・フォン・グリームニルの名において聖皇庁付導師長に任命します。これよりは俗世との縁を断ち、心穏やかに過ごされますよう」
「・・・・・・」
「お返事は、いかがなされた?」
「・・・・・・はい・・・・・・」
「それではまず、今までお健やかに育んで戴いた御親に向かって礼拝をなさいませ。ご一緒に唱和くだされますよう」
「はい」
「父上様、母上様、これまでお受けいたしましたご恩を感謝いたします。私は、これより守護神ラヴァーダの御許にお仕えし、世の安寧を祈りこれまでのご恩に報いる所存でございます。どうぞ、これよりもお健やかにお過ごしくださいませ。神のご加護が父上、母上の許にございますよう」
「父上様、母上様・・・・・・」
「では、これより戒をお授けいたします。
 飲酒をしてはなりませぬ。
 私的な所有物を持ってはなりませぬ。
 妄言を吐くことはなりませぬ。
 人を傷つけてはなりませぬ。
 異性と接してはなりませぬ。
以上が戒律でございます。くれぐれもお忘れ無きよう。そして、この戒律が守られぬことの無きようお過ごしなさりませ」
しばしの沈黙は、正后ネーヴァンの金切り声で破られた。
「・・・・・・アンクウ・ロズル!」
「母上」
「これ以上この場所にいてはなりませぬ!全ての責はこの母が負いますほどに、そなたはここをお出なされ!!」
「正后陛下、何を仰せになります。アンクウ・ロズル・フォン・グリームニル殿下は既に聖職入りし、導師長というお役目にも就いておられる御方にございますぞ」
「何故・・・・・・何故このような仕打ちを受けねばなりませぬか!?この数時間前にはエヴェル・ガルムがあのように衆人の中で華やかな立太子式を致したのですぞ!なのに・・・・・・我が子アンクウ・ロズルはこのような薄暗い場所で、随身も無くたった一人で人生の門出を迎えねばならぬとは!!」
「皇帝陛下のご意向にございます。それ以上は正后陛下と言えども申されませぬよう」
「不憫じゃ・・・・・・これではあまりにもアンクウ・ロズルが不憫では・・・・・・あっ、アンクウ・ロズルを何処にお連れなさる!?」
ふたりの聖戦士がアンクウの脇を囲み、奥殿へとその身を移した。奥殿の扉は、正后ネーヴァンの目の前で大きな音を立てて閉められた。

それから数年・・・・・・
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

第二話

「陛下、まことでございますか?我が皇子アンクウ・ロズルを聖皇庁に送ると伺いましたが?」
正后ネーヴァンは足音を響かせて皇帝ルグスの居室に赴き、憤怒の表情を浮かべて声を荒げた。僅かに眉をひそめたものの、静かな声と表情で、ルグスは応えた。
「まことじゃ。今日の朝議で申し渡した」
「何故にございますか?由緒正しき血筋のアンクウ・ロズルならば相応の地位を賜ってもおかしくは無い筈」
「相応の地位ならば約束されておる。アンクウはいずれ聖皇の座につくのじゃからな」
「聖皇と申さば、聖職の長ではございませぬか。俗世と関わることを許されず、妻を迎えられぬ身なれば子も残せぬなどと・・・・・・そのような世捨て人になるのは生まれ卑しきエヴェル・ガルムで充分でございましょう」
「ネーヴァン、口が過ぎるぞ。エヴェルは我が皇太子となる身じゃ。ひと月後には立太子の儀が控えておる。そなたもいずれ太后として立つ身なれば、エヴェルの母后となる身ぞ。口を慎むが良かろう」
「ならば、アンクウ・ロズルを皇帝とし、その母后となりとうございます。あのような卑しき女から生まれたエヴェル・ガルムになど・・・・・・」
「そなたは“卑しき女”と申すが、あれの母は奴隷ではないぞ。確かに出自は平民の身分ではあるが、古き王家であるグリームニル家との血の濃さを見るとエヴェルの母ソニアの方がそなたよりも上じゃ。それに、ソニアはトゥアン家の養女じゃ。死んだときには貴族の身分を持っておったのじゃぞ」
「おかしなことを申されます。何故平民の家系が由緒正しき皇帝の一族たるこのグリームニル家に繋がりまする?」
「グリムニア皇国の民は、出自を見ると皇族や貴族の身分を降りて平民となったものが多い。ソニアの家も元を糺せば皇女が何人も降嫁した貴族の末裔じゃ。そう考えると何の不思議も無かろう」
「そうは申せ、やはり母の身分が違うのは一目瞭然。となれば、今からでも遅くはありませぬ故、母の出自と身分を皇位継承の条件にお加えになられますのが宜しいのではありませぬか?列国の頭領たるこのグリムニア皇国の皇位継承がこのように身分を無視した状態では、周辺の国々にも示しが付かぬことでございましょう」
「ネーヴァン・・・・・・そなた、我が身がどのような立場であるのか解っておるのか?そなたの出身であるアンスガル王国は我がグリムニア皇国の属国であろう?それも税を納め、奴隷を献上する隷属の身ではないか。ならば、グリムニア皇国の正統に連なる血を持つソニアとそなたとの間にどれほどの違いがあると申すのじゃ?」
この言葉を聞いたネーヴァンは、顔を真っ青にし、唇をわなわなと震わせた。言葉も出ず、より一層の怒りの形相を顔に浮かべている。さすがのルグスもこの様子を見て
「すまぬ、ネーヴァン。少々言い過ぎたようじゃな。しかし、エヴェルの立太子とアンクウの聖皇庁行きは既に百官も同意しておる決定事項じゃ。覆ることは無い故、これ以上の議論は無駄であろう」
と言い、人を呼んでネーヴァンを下がらせた。

ネーヴァンは、自室に帰る途中で、前正后であるアルミズの言葉を思い出した。
~ネーヴァン姫、側室としてこのグリムニアにお越しになられたあなたには酷な事を申し上げますが、このグリムニアは血筋を何よりも尊ぶ国でございます。王族たるあなたを差し置いて貴族出身の私が正后の地位についているのも正にそれ故のこと。皇帝陛下とて、グリームニル皇家の血を引かぬあなたを軽んずる言葉を申されることもございましょう。しかし、隷属する国からお出でになられて奴隷の身分にならなんだ事を幸運と思し召されませ。私の側近く召し使う奴隷の中には隷属国の王族も多くいるのですよ~
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

第一話

皇帝ルグスは、一振りの剣と一本の鍬を運ばせた。
そして、それを長男エヴェル次男アンクウの前に置かせた。
「その剣と鍬は最高の鉱石を精錬し、鍛えたものだ。エヴェル、アンクウ、そなたならどちらを国のために選ぶか?」
傍で三男フリュウがじっと見つめる。
アンクウは、自信満々に剣に手を伸ばした。
「アンクウ、それで良いのか?」
黙っていたエヴェルが口を開いた。
「兄者、そのように我の心を乱そうとしてもそうはいかぬぞ。皇太子の座、生まれ卑しき者になど渡すわけにはいかぬわ」
嘲るように言い放つアンクウ。
何とも悲しい眼をして、エヴェルは鍬を手に取った。

「それがそなたたちの答えか。朕はしかと見届けたぞ」
「・・・・・・父上、やはり・・・・・・」
「うむ、そなたの申したとおりじゃ、フリュウ。皇太子の座に付けるべきはやはり長子エヴェルの方じゃな」
アンクウは愕然とした表情で父の顔を見上げた。
「何故にござりますか!」
「アンクウ、そなたは大きな心得違いをしておる。それが未だ判らぬか」
「判りませぬ!皇帝たるもの、必要なのは他を圧倒する力の筈!!」
「今の世を見よ。我が皇国は嘗て無い程の繁栄を見ておる。今この時、必要なのは力ではなく世を治める心で無ければならぬ。必要なのは武器ではなく繁栄を維持する道具じゃ」
「嘗て無き程の繁栄があらば、その力を持ってこの大陸の、そして銀河の全てをこの手に収める事もまた出来るはず!」
「愚か者め!民を苦しめるなど、以ての外じゃ!!」
「お待ちください!それでは・・・・・・皇太子の座、由緒正しきアンスガル王家出身の正后から生まれた私ではなく、卑しき民草から生まれたエヴェルにお渡しなさるのか?!」
「アンクウ!そなた何ということを申すのじゃ!!我が長子でありそなたの兄たるエヴェルを貶め、あまつさえ呼び捨てにするとは何たることじゃ!!」
「しかし父上!」
「くどい!!」

その後、興奮して訳の判らぬことを喚き出したアンクウは近衛の兵士に押さえつけられるようにその場を退出した。それを見ていたエヴェルは悲しみを湛えた眼で父ルグスに言った。
「父上・・・・・・それほどまでにお怒りにならずとも宜しいのでは?私は皇太子の座になぞ執着致しませぬゆえ」
「何を申すか、エヴェル。長子相続はグリームニル家の掟ぞ。それをアンクウのたっての望みでこのように愚かな試みまで致したのじゃぞ。本来ならばアンクウはそなたの手足となってこの国をより繁栄させねばならぬ義務を負っておると言うにこのような心得違いを平然と口にするとは・・・・・・。これでは、こやつの処遇も考えねばならぬな。」
「父上?・・・・・・アンクウをどうなされるおつもりで?」
「考えておることがあるのじゃ」
ルグスは、それきり口をつぐんだ。
兵士に押さえつけられて退出したアンクウは父の言葉を聞いていない。
エヴェルは、ふと背筋に冷たいものを感じた。
「兄上、ご心配には及びませぬ。このフリュウ、命を賭して兄上を補佐致します所存でございます」
「フリュウ、そなたの心遣い、嬉しく思うぞ。だが、アンクウがあれほどまでに皇太子の座、ひいては皇帝の座に執着しているならば、私は皇帝にならずとも良いとさえ思っているのだ」
「何を申されます、兄上」
「フリュウの申すとおりじゃ。エヴェル、何を恐れておる」
「父上、グリームニル皇家が割れるは世を乱す一端となりましょう。それくらいなら、いっそ私が身を引いた方が民のためにも良いのではありませぬか?」
「相変わらずじゃの、エヴェル。そなたの考えを優しさと呼ぶものも多いが、度が過ぎればそれはただの気弱さぞ」
「私は不安でございます。皇帝などと言う重責、私に務まるものでしょうか?」
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )