goo

MIXに見られる宗教性

2016-11-25 21:17:27 | ヨン様
こんばんは、ヨン様です。


現在、冬コミの新譜が完成目前です。
早く終わらせないとな…。
CD完成を目前にして修羅場っておりますが、今日も元気にブログを更新いたします。

以前、練習のときに、エスさんから「アイドルオタの掛け声に宗教の始まりを見た。俺はそれを“チャント”と呼んでいる」というお話を聞きました。
なんのことかと思って話を詳しくきいてみると、アイドルオタクの方々は曲のに合わせて掛け声を放つのですが、その内容があまりにも独特で宗教じみているというのです。
ちょっと面白いなと思ったので、ここでも紹介しておきたいと思います。

エスさんが「チャント(詠唱)」と呼ぶ掛け声は、一般的には「MIX」と呼ばれているようです。
語源はよくわかりませんが、曲と自分の声を重ね合わせるので「MIX」なんでしょうかね。
その言語形式を見ると、確かに独特の雰囲気があります。
代表的なものを見てみましょう。


〈英語〉
タイガー・ファイヤー・サイバー・ファイバー・ダイバー・バイパー・ジャージャー(ファイボー・ワイパー)

〈日本語〉
虎・火・人造・繊維・尼・振動・化繊(飛・除去)

〈アイヌ語〉
チャペ・アペ・カラ・キナ・ララ・トゥスケ・ミョーホントゥスケ
(チャペ・アペ・カラ・キナ・ララ・トゥスケ・ウィスゥペ・ケスィ・スィスゥパ)


ほとんど無意味とも思える単語の羅列に近いですよね。
英語の方は(日本語の発音で)韻を踏んでいるようですが、〈日本語〉と〈アイヌ語〉はただそれを直訳しただけで、特に音韻的な特徴はないようです。
というか、なんでアイヌ語なんでしょうか。
そのあたりの飛躍の過程をトレースできないあたり、たしかに宗教じみたものを感じてしまいます。
(そのほかのMIXについてはこちらからどうぞ。)

しかしながら、単に「宗教的である」といっただけでは、実際の宗教的行為とMIXがどのような点において共通しているのかを分析的に捉えたことにはなりません。
そこで、ここでは言語としてMIXを見たときに、宗教的行為とどのような点において類似しているのかを見ていきたいと思います。
まず、キリスト教のミサに用いられる「キリエ」を取り上げます。


Kyrie Eleison
Christe Eleison
Kyrie eleison.


「キリエ」はミサ曲(ミサ・ソレムニスなど)の冒頭に置かれる典礼文であり、「主よ、憐れみたまえ」の意であるとされます。
ここで注目したいのは、この「キリエ・エレイソン」という語がギリシャ語に起源を持っているという点です。
古代ローマ帝国および伝統的なキリスト教の典礼で用いられる言語はラテン語、つまり、この典礼文をネイティブで理解していた人はほとんどいなかったでしょうし、現代においても、「キリエ」は単独で祈りの言葉として完結しています。

ここで、先ほどのMIXとキリスト教典礼文の共通点が見えてまいります。
これらの場で用いられる言語は、言語形式の個々の要素が構成的に組み上げられているのではなく、発話全体が一つの意味を持ち、また、それを発話すること自体が「祈り」などの行為となっているのです。
このような特徴は、一般的な命題を表す言語と著しく異なっています。


・今日、太郎はイヌと散歩した。


一般的な命題を表す文は、「私―は」「イヌ―と」「散歩した」といった個々の要素が組み合わさることで、一定の命題を表しています。
「太郎」という成分は、この文とは独立に「太郎」という概念(あるいは指示対象)を持っていますし、「イヌ」という成分も同様です。
個々の要素の意味の集積によって、全体の意味が決定されるのです。
一方、MIXの「タイガー」「ファイヤー」や「Kyrie Eleison」といった形式は、このような意味における概念を持っていないと考えられます。
なぜならばこれらの形式は、「タイガー/ファイヤー/Kyrieが何を意味しているのか(何を指示しているのか)」と問うことは、ほとんど無意味だからです。
もちろん、MIXのほうでも、一応三言語が対応しているので、概念の断片とでもいうべきものは残されていますし、典礼文のほうも、訳そうと思えば訳せないこともないでしょう。
しかし、MIXや典礼文をそのような形で理解しようとするのは、私たちの直観と明らかに食い違っています。

上述のような、「全体で一つの意味あるいは行為を表し、個々の要素に意味を還元できない」という特徴は、次のようなキリスト教の祈りの言葉において特に顕著です。


Hallelujah(ハレルヤ)
amen(アーメン)


「ハレルヤ」も「アーメン」も、もとはヘブライ語であり、要素に還元可能な意味を有する言語形式でした。
しかし、キリスト教の祈りの言葉として用いられる限りにおいては、そのような個々の要素の意味合いは捨象され、全体で「神をほめたたえよ」「そのとおりです」といったような意味(あるいは、行為)を表しています。
これらの言語形式の意味を個々の語彙に還元することはほぼ不可能であり、その意味において、よりMIXに近い機能を持っていると言えます。

このように、MIXは「全体で一つの意味あるいは行為を表し、個々の要素に意味を還元できない」という点において、キリスト教の典礼文や祈りの言葉と類似した機能を有しています。
その意味で、「アブラカダブラ」「ちちんぷいぷい」といった呪文、わらべうたなどと非常に近い、前言語的な形式なのです。
また、発話全体が一種の行為(祈り)であるという点で、宗教性も備えています。
宗教は、独自の呪詛的発話や発話的行為を行うことで、信仰を示すという傾向を持っています。
そのような特徴が、エスさんをしてMIXに宗教性を見出させたのでしょう。


以上、少し長くなりましたが、MIXに見られる宗教性を言語の側面から見ていきました。
我々の日常の何気ないところに、宗教性というのは潜んでいるものです。
そういった無意識の世界に目を凝らしてみることで、たくさんの発見があるのではないでしょうか。

それでは!
goo | コメント ( 3 ) | トラックバック ( 0 )
 
コメント
 
 
 
Unknown (はなはち)
2016-11-26 06:45:42
「アイドル(偶像)」に捧げる言葉という意味でもMIXと宗教的な詠唱は似ていますね!あえて簡単には理解できない言葉を用いて、コミュニティへの帰属意識を高めているのかも。

ところで、エスさんに聞いた方がいいのかもしれませんが、キリエやハレルヤが全体で救いや神への敬意を意味していたとして、MIXは一体何を表しているのでしょうか?例えばアイドルに救いを求めているのでしょうか。気になりました!
 
 
 
Unknown (エス)
2016-11-26 21:21:29
コメントありがとうございます。
私自身はアイドルオタクではなく現場に行ったこともないのであまり詳しく言及はできないのですが、私はあれを原初の宗教/祭/ハレの形だと捉えていて、キリスト教で言うと一般的な教会で聞かれるようなものではなく、ワーシップや神秘主義の集会などで見られるようなものに近いのではないかと思います。
アイドルというシャーマン/巫女によってその場が儀式となり、オタクはMIXやオタ芸を捧げることで儀式に参加し、神秘体験を得ているのではないかと考えられる、というのが私の仮説です。
 
 
 
Unknown (はなはち)
2016-11-27 05:39:30
ご返信ありがとうございます!

なるほど…確かに民俗学的に、ハレの場で酒を飲み「酔っ払い状態」で乱痴気騒ぎを起こすことで、神に近づいている感覚を得ようとしていると聞いたことがあります。それに似ているかもしれません!具体的な祈りがあるというよりは、ハレの場を共有することが大事なのですね!

いよいよMIXは原始的な宗教の姿な気がしてきました!ご返信ありがとうございました(^∇^)
 
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。
 
この記事のトラックバック Ping-URL
 
 
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。