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バイオテクノロジーと発酵食品

2017-05-05 23:34:55 | ヨン様
こんばんは、ヨン様です。


発酵食品は、人類が編み出した技術の中でも、興味深いものの一つだと思います。
微生物の分解作用という、本質的には「腐敗」と同じ原理を利用して、飲食物を長期保存に耐え、独特の風味のあるものに作り替えてしまうのです。
近代化以降、バイオテクノロジーなる言葉が用いられるようになりましたが、それ以前にも人間はバイオテクノロジーとお付き合いし続けていたと言えるでしょう。

とはいえ、バイオテクノロジーという言葉が示唆するように、近代になって発酵という作用をより管理しやすいように、より効率的に利用することが可能になっています。
結果として、我々の周りには大量の工業生産された発酵食品があふれかえるようになりました。
納豆、醤油、味噌、などなど、今ではスーパーで、大量かつ安価に手に入るこれらの製品は、効率化されたバイオテクノロジーによって生み出されたものです。
昨年の夏にキッコーマンの工場を見学する機会がありましたが、醤油が詰め込まれているという巨大なタンクを目の当たりにして、圧倒されたのを覚えております。

これは、よくよく考えてみればすごいことです。
発酵とは、微生物の働きに頼るために、ごくわずかな環境の違いが、製品の出来を左右します。
気温、湿度、熟成期間などなど、いくつもの数えきれないパラメータが発酵食品の製造には関わってくるのです。
実際、テレビ番組などで古い醤油蔵なり酒蔵の主人が、温度や湿度に気を遣いながらもなお「同じものはできない」と話しているのを見たことがあります。
つまり、発酵食品において、「いつも同じ味」というのは、極めて実現困難であるということです。
それを、完全にではないにしろ、ある程度の形で実現しているのは、紛れもなく現代のバイオテクノロジーのなのでしょう。

ところで、バイオテクノロジーと聞くと、近年話題になりやすいのが遺伝子技術です。
近年になって伸長著しい分野の一つであり、技術的にも倫理的にも、極めて重大な問題を引き起こす可能性を秘めているからです。
この技術が発展すれば、もしかしたら人間の健康寿命や生物学的な困難を克服できるかもしれない一方で、「命の操作」という、極めてデリケートな問題をも孕んでいます。

ただ、振り返ってみると、我々と生命技術とは常に隣り合わせの状態にありました。
発酵食品、品種改良など、これらは原初的なバイオテクノロジーであり、今さら遺伝子組み換えがどうのというのは、品種改良された食品をけなすのに等しい行為なのです。
このように見れば、バイオテクノロジーなどおそるるに足らず、という気さえしてきます。

では、なぜバイオテクノロジーの中でも、遺伝子技術に対して、我々は過敏に反応するのでしょうか。
それは、おそらく、遺伝子技術が、「人間の品種改良」とでもいうべき操作を可能にする技術だからでしょう。
人類は、これまで他の生物種を恣意的に操作することには、極めて鈍感に過ごしてきました。
品種改良や動植物の移入などが、これに当たります。
しかし、人間に対してこれを適用することには、極めて敏感でもあります。
優生学や移民、特権的階級の血統の問題など、当事者である人間のことに関しては、無関心でいられなかったのです。
これまで他の生物種たちにしていた仕打ちの矛先が自分たちに向けられた、というのが、遺伝子技術に対する我々の認識なのではないでしょうか。


バイオテクノロジーにしろ、工業技術にしろ、実は使い古されていたものが使いまわされているというのは面白いですよね。
言葉だけ差し替えられたものと、言葉は同じだけど実際には異質なものとを見分けられるようになりたいものです。

それでは!
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