のくたーんの駄文の綴り

超不定期更新中orz

眠り姫は夢の中 2章-4

2008-06-25 21:22:45 | 眠り姫は夢の中
 ――跳んだ。
 一瞬で覚醒、猫のように身体を丸め、ひねり、四つん這いに着地する。
「……あいつ、返ったら死なす!」
 こぼれた言葉は物騒なものだった。
 ほかでもない、山崎のことだ。人のことを嗅ぎまわった挙句、どこからかリヴァのことまで……
「私は、リヴァのことを何も知らない――」
 その事実が聖花の胸に重くのしかかった。
 陰鬱な気分に苛まれようとしたその時、
「聖花? 開けていい?」
 ノックと共に幼さを残す声音。「リヴァ!」
 わたわたと立ち上がり、乱れたスカートの裾を払う。「はい、いいよ」
 小さくドアが開くと、恐る恐る少年が顔を覗かせた。
「なんか、すごく怖い言葉が聞こえたんだけど」
「なっ、なんでもないのよ。うん、こっちのことだから」
 あはは、と愛想笑いを浮かべながら、聖花はリヴァを招き入れた。
「リヴァ、その、傷は?」
「もう、平気だよ。聖花は心配性だね」
リヴァの言葉に嘘はなさそうだ。機敏な動き、顔色も悪くない。
その様子に、なぜか聖花は面白くない。
「……信じられない」
 と、リヴァの服を掴む。
「わっ! ちょっと、聖花?」
 抵抗するリヴァを抑え込み、そのまま服を無理やり剥いだ。
 そして、聖花は息を呑んだ。
 背中に走る、大きな裂傷――傷自体は塞がっているものの、その痕は消えることはないだろう。
「もう、いい? 聖花」
 叱るでもなく、やさしいリヴァの声。それがかえって聖花を責めたてる。
 服を着直したリヴァは、そっと聖花の頬に触れた。「心配してくれたんだよね。ありがとう」
「……私は、そんな言葉を聴きたいんじゃない」
「自分を責めないで、聖花」
 そっと頭を抱きしめられた。
服越しに聞こえるリヴァの鼓動――聖花は涙に気づかれないよう、胸に顔をこすり付けた。
「ああ、そうだ!」
ややあって、リヴァが思い出したように言った。
「聖花、今すぐこれに着替えて」
 あらかじめ準備していたのだろう、丁寧に折りたたまれた服を聖花に渡す。
「今日はちょっとね、厄介なことになりそうなんだ」
 困惑した様子でリヴァ。聖花に服を押し付けると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
「あ、ちょっ、リヴァ!」
 パタン。まるで拒絶するように閉じられたドア。先ほどと打って変わって、聖花はムッとした表情で、ドアの向こうにいるであろうリヴァを睨むのだった。

眠り姫は夢の中 2章-3

2008-06-22 22:21:14 | 眠り姫は夢の中
 ――力になれると思う。
 その言葉は甘美なものだった。
 親友に笑われ、妄想と決め付けられた夢の世界――誰か聞いて欲しい、知って欲しい……その感情は日々大きくなるばかりだ。――だが
「……いや」
 気持ちと裏腹に、聖花は山崎を拒絶した。
「もう、あの世界のことで、誰かに笑われることは嫌なの」
 それだけ言うと、聖花は教室から逃げ出した。
 廊下、階段、走りぬけた。
 学校を飛び出し、駅につながる小さな商店街を抜け、ようやく一息を付いた。
「なにやっているんだろ」
 額に浮かんだ汗を拭い、聖花は一人呟いた。
 それからどのように帰宅したかは憶えていない。気がつけばベッドの上に座っていて、時計の針は長い夜を告げていた。
 ぼうっとした視線が姿見に映りだす。
 その姿のなんと情けないことか。
「リヴァ……」
 悔しくて、情けなくて……聖花はその場に泣き崩れるのだった……


「ひどい顔ね」
 親友の挨拶は痛烈だった。聖花は思わず奥歯をかみ締め、「眠いのよ、……朝だから」精一杯の虚勢を張る。
薄く化粧をしていたが、到底ごまかせるようなものではなかった。
 その様子を見ていた親友――由香が、声を潜めて訊いた。
「もしかして、大輔になにかされた?」
「はぁ?」
 由香が人差し指を口に当てた。知らず声が大きかったらしい。
「昨日の夜、電話かかってきたの。――大輔から」
 周囲の視線を気にしながら、由香がぼそぼそと言う。
「え? 由香って、山崎くんとそんな仲なの?」
 訊きかえすと、心底嫌な表情で由香。「幼馴染なのよ。あいつと」
「へぇ……」
 よっぽど触れられたくないのか、由香はさっさと話を進めた。「あんたの夢の話、いろいろ聞かれたわ」
「なによ、それ!」
 聖花の心に黒い影が差す。行き場のない憤りに目を血ばらせると、由香がため息混じりに手で制した。
「落ち着きなさいよ。確かにあいつのやったことは、わたしにとっても面白くないことよ。
 でもね、これを見せてやれって――」
 由香はバックの中から一枚の紙を取り出した。
 丁寧に四つ折りにされた紙を開き、そして――

 昼食を早々に済ました聖花は、校内を歩き回っていた。
 手には今朝、由香に渡された紙が握られている。用があるのはほかでもない、山崎大輔だ。
 教室、体育館、屋上、グランド――男子が昼休みに行きそうな場所を片っ端から探して歩いた。しかし、山崎の姿はどこにもない。
「どこに、いったのよ……」
 すでに時間だった。
 視界が揺れる。壁に手をついて身体を支えないと、立っていられないほど猛烈な眠気。
 ふらふらとした足取りで到着した先は、図書室。
 半ば諦めたその時、「白石!」
 横から抱きかかえられた。すぐ近くに山崎の顔がある。
 思わず払いのけようとした聖花は、そのままの体勢で転びそうになり、
「無茶をするな」
 再び山崎に支えられる。
「探したわよ、馬鹿」
 山崎の顔を見た途端、沸々と怒りがわいてきた。言いたいことは山ほどあった。だが、今聖花にできることは、精一杯睨みつけることだけ。
「眠いんだろ。無理をするな」
 閑散とした図書室。聖花を椅子に座らせると、山崎は大きく息を吐いた。
「今は大人しく眠れ。俺はあんたと違って、逃げはしない」
 聖花は反論しようと口を動かそうとしたが、意識が朦朧とした状況ではかなわなかった。
 聖花の手から紙が滑り落ちた。
 ドライアド――紙の中にリヴァがいた……

眠り姫は夢の中 2章-2

2008-06-04 21:59:49 | 眠り姫は夢の中
 山崎大輔――同じクラスの生徒だ。
 特別目立った存在でもなく、聖花も会えば、挨拶くらいする程度の仲だ。
「……ごめん」
 ややあって、山崎が呟いた。「覗き見するつもりは、なかった」
 視線を漂わせる。筆記用具が握られている様子を見ると、どうやら嘘ではないらしい。
「……いいよ、大丈夫。気にしていないから」
 聖花は苦笑した。無理に笑顔を作ろうとしたが失敗したのだ。
 山崎は何も言わずに自分の机に向かった。立てかけていたバッグに物をしまう。帰るのだろう。時計を見ればすでに五時を回っている。
「なにかあったんだろ」
 突然、山崎が言った。手を休めることなく、視線も合わせずに。
「別に……ちょっと考え事をしていただけ」
 嘘ではない。聖花はそう、心の中で言い訳をした。
 だが、山崎の言葉は受け流すことができなかった。
「夢の中のでなにがあった?」
 反射的に後ずさった。椅子が音を立てて倒れた。だが、聖花に気にしている余裕はなかった
 山崎は聖花を見た。その表情は嘲るものではなく、感情を読み取ることができないほど白い。
「……誰に聞いたか知らないけど、忘れてよ。
 どうせわたしの妄想なんだから」
 倒した椅子を直す。手は震えていた。
「……あんたらはもう少し、周りに気を使ったほうがいい。会話が周りに聞こえているぞ」
 肩をすくめる山崎。「それに、俺は妄想だとは思わない」
 ゆっくりと、歩き出す。まっすぐに、聖花の元に。
 そして、次に放たれた言葉は、聖花にとって意外なものだった。
「話をもっと詳しく教えてくれ。たぶん、力になれると思う」