「あら珍しい、またお客さん?」
日傘を回しながら、その人は言った。
「……また、ってことは、ここに誰かきたのね」
「ええ」弾んだ声で「まだ若い青年が一人」
湖に架かる橋。私は欄干に背を当て、大げさにため息をついた。「その彼はどこにいったのですか」
その人は何も言わずに対岸を指差した。
「すれ違い? ああ、もう信じられない」
思わず愚痴がこぼれた。その場に座り込んで、空を見上げる。
「行かなくていいのですか」
「……いいわよ。どうせ、あっちがくるわ」
くすくす、と微かに笑い声。「信頼しているのですね」
「……あなたは、どうなの?」
「さあ。でも、待ち続けるのにはなれました」
そう言いつつ、振り返った老婆の顔には、諦めの色が濃かった。
「これは珍しい、また旅人さんだ」
絵描きは顔を上げることなく呟いた。
「……橋の貴婦人から、あなたに届け物を預かっています」
彼女の姿が見えない。おおよその予想どおりすれ違いになったらしい。
ぼくから布に包まれたそれを受け取りつつ、絵描きが呟いた。
「君の連れは、その橋の貴婦人のところへ行ったよ」
「でしょうね」
落胆はなかった。すぐに追いかけないと、怒りっぽい彼女のことだ、また厄介ごとになるだろう。
「これは――」
絵描きが荷を見て呟いた。金でできた髪飾りは、いつの間にかぼろぼろに腐食しているではないか。
「あの方は、元気でいられたかい?」
「ええ」
「そうか、ありがとう」
そういうと、絵描きは再び筆を走らせ始めた。
「いつまでそうしているのですか」
ぼくの問いに、絵描きは筆を止めた。
「ずいぶん長い間、あなたが絵を描いているように、あの貴婦人もあなたを待っています」
腐食した髪飾り。それは過ぎ去ってしまった時を意味していた。
「どうやら、あなたを連れて行かないと、この世界から抜け出すことができないようです。
一緒にきていただけますか」
懇願ではなく、脅し。
声は平坦に、拒絶することを許さない意思を込めた。
「あなたには悪いと思ったけど、勝手にみたわ」
絵描きから渡された画を渡しながら呟いた。
「ずいぶんと、寂しい絵ね」
橋で一人たたずむ貴婦人の絵。見る人をいたたまれない気分にさせる。
「私は人一倍意地が張っているようです」
自虐的な笑い声、「彼が迎えに来るのをただ待ち続けたわ」
己のしわだらけの手を見ながら、対岸を眺めた。
「長い間、待ちました。人の時間は長いようで短いのですね。
私は、もう、疲れてしまいました」
あなたも気をつけたほうがいい。老婆の言葉に、私は微笑む。
「残念ながら、私の連れは人一倍お人よしなの」
指差した先には、私の連れと、そして――
「ずいぶんと、長い夢を見ていた気がする」
「私もよ」
くらくらする頭を抑えながら、ふと見上げた先に――
「ごめんね」
「えっ?」と驚く彼をそのままに、私は歩き始めた。
過ぎ去った時間は戻らない。
「だから、私は待ち続けたりはしないのよ」
湖に架かった橋の上にたたずむ美しい貴婦人と絵描きの青年の絵。
幸せそうに微笑む二人に、私は――
日傘を回しながら、その人は言った。
「……また、ってことは、ここに誰かきたのね」
「ええ」弾んだ声で「まだ若い青年が一人」
湖に架かる橋。私は欄干に背を当て、大げさにため息をついた。「その彼はどこにいったのですか」
その人は何も言わずに対岸を指差した。
「すれ違い? ああ、もう信じられない」
思わず愚痴がこぼれた。その場に座り込んで、空を見上げる。
「行かなくていいのですか」
「……いいわよ。どうせ、あっちがくるわ」
くすくす、と微かに笑い声。「信頼しているのですね」
「……あなたは、どうなの?」
「さあ。でも、待ち続けるのにはなれました」
そう言いつつ、振り返った老婆の顔には、諦めの色が濃かった。
「これは珍しい、また旅人さんだ」
絵描きは顔を上げることなく呟いた。
「……橋の貴婦人から、あなたに届け物を預かっています」
彼女の姿が見えない。おおよその予想どおりすれ違いになったらしい。
ぼくから布に包まれたそれを受け取りつつ、絵描きが呟いた。
「君の連れは、その橋の貴婦人のところへ行ったよ」
「でしょうね」
落胆はなかった。すぐに追いかけないと、怒りっぽい彼女のことだ、また厄介ごとになるだろう。
「これは――」
絵描きが荷を見て呟いた。金でできた髪飾りは、いつの間にかぼろぼろに腐食しているではないか。
「あの方は、元気でいられたかい?」
「ええ」
「そうか、ありがとう」
そういうと、絵描きは再び筆を走らせ始めた。
「いつまでそうしているのですか」
ぼくの問いに、絵描きは筆を止めた。
「ずいぶん長い間、あなたが絵を描いているように、あの貴婦人もあなたを待っています」
腐食した髪飾り。それは過ぎ去ってしまった時を意味していた。
「どうやら、あなたを連れて行かないと、この世界から抜け出すことができないようです。
一緒にきていただけますか」
懇願ではなく、脅し。
声は平坦に、拒絶することを許さない意思を込めた。
「あなたには悪いと思ったけど、勝手にみたわ」
絵描きから渡された画を渡しながら呟いた。
「ずいぶんと、寂しい絵ね」
橋で一人たたずむ貴婦人の絵。見る人をいたたまれない気分にさせる。
「私は人一倍意地が張っているようです」
自虐的な笑い声、「彼が迎えに来るのをただ待ち続けたわ」
己のしわだらけの手を見ながら、対岸を眺めた。
「長い間、待ちました。人の時間は長いようで短いのですね。
私は、もう、疲れてしまいました」
あなたも気をつけたほうがいい。老婆の言葉に、私は微笑む。
「残念ながら、私の連れは人一倍お人よしなの」
指差した先には、私の連れと、そして――
「ずいぶんと、長い夢を見ていた気がする」
「私もよ」
くらくらする頭を抑えながら、ふと見上げた先に――
「ごめんね」
「えっ?」と驚く彼をそのままに、私は歩き始めた。
過ぎ去った時間は戻らない。
「だから、私は待ち続けたりはしないのよ」
湖に架かった橋の上にたたずむ美しい貴婦人と絵描きの青年の絵。
幸せそうに微笑む二人に、私は――