のくたーんの駄文の綴り

超不定期更新中orz

出会いという名の絵画 3

2008-03-24 07:49:02 | 矛盾の時間・全ての空間
「あら珍しい、またお客さん?」
 日傘を回しながら、その人は言った。
「……また、ってことは、ここに誰かきたのね」
「ええ」弾んだ声で「まだ若い青年が一人」
 湖に架かる橋。私は欄干に背を当て、大げさにため息をついた。「その彼はどこにいったのですか」
 その人は何も言わずに対岸を指差した。
「すれ違い? ああ、もう信じられない」
 思わず愚痴がこぼれた。その場に座り込んで、空を見上げる。
「行かなくていいのですか」
「……いいわよ。どうせ、あっちがくるわ」
 くすくす、と微かに笑い声。「信頼しているのですね」
「……あなたは、どうなの?」
「さあ。でも、待ち続けるのにはなれました」
 そう言いつつ、振り返った老婆の顔には、諦めの色が濃かった。

「これは珍しい、また旅人さんだ」
 絵描きは顔を上げることなく呟いた。
「……橋の貴婦人から、あなたに届け物を預かっています」
 彼女の姿が見えない。おおよその予想どおりすれ違いになったらしい。
 ぼくから布に包まれたそれを受け取りつつ、絵描きが呟いた。
「君の連れは、その橋の貴婦人のところへ行ったよ」
「でしょうね」
 落胆はなかった。すぐに追いかけないと、怒りっぽい彼女のことだ、また厄介ごとになるだろう。
「これは――」
 絵描きが荷を見て呟いた。金でできた髪飾りは、いつの間にかぼろぼろに腐食しているではないか。
「あの方は、元気でいられたかい?」
「ええ」
「そうか、ありがとう」
 そういうと、絵描きは再び筆を走らせ始めた。
「いつまでそうしているのですか」
 ぼくの問いに、絵描きは筆を止めた。
「ずいぶん長い間、あなたが絵を描いているように、あの貴婦人もあなたを待っています」
 腐食した髪飾り。それは過ぎ去ってしまった時を意味していた。
「どうやら、あなたを連れて行かないと、この世界から抜け出すことができないようです。
 一緒にきていただけますか」
 懇願ではなく、脅し。
 声は平坦に、拒絶することを許さない意思を込めた。


「あなたには悪いと思ったけど、勝手にみたわ」
 絵描きから渡された画を渡しながら呟いた。
「ずいぶんと、寂しい絵ね」
 橋で一人たたずむ貴婦人の絵。見る人をいたたまれない気分にさせる。
「私は人一倍意地が張っているようです」
 自虐的な笑い声、「彼が迎えに来るのをただ待ち続けたわ」
 己のしわだらけの手を見ながら、対岸を眺めた。
「長い間、待ちました。人の時間は長いようで短いのですね。
 私は、もう、疲れてしまいました」
 あなたも気をつけたほうがいい。老婆の言葉に、私は微笑む。
「残念ながら、私の連れは人一倍お人よしなの」
 指差した先には、私の連れと、そして――



「ずいぶんと、長い夢を見ていた気がする」
「私もよ」
 くらくらする頭を抑えながら、ふと見上げた先に――

「ごめんね」

「えっ?」と驚く彼をそのままに、私は歩き始めた。
 過ぎ去った時間は戻らない。
「だから、私は待ち続けたりはしないのよ」
 湖に架かった橋の上にたたずむ美しい貴婦人と絵描きの青年の絵。
 幸せそうに微笑む二人に、私は――

出会いと言う名の絵画2

2008-03-03 20:47:23 | 矛盾の時間・全ての空間
 けんかをした。どちらが悪いかというと――きっと私が悪い。
 でも素直に謝る気にはなれなかった。ほんの些細な、些細なものが原因だったから。
 わたしはため息をついた。
 わたしが謝らなくても、きっと彼のほうが頭を下げてくるだろう。わたしはただ、笑って応じればいい。
「その前に、ここはいったいどこかしら」
 気がつけば、森の中だった。
 ただの森ではない。生き物の姿――気配すら希薄な、不思議な森。
 危険はなさそうなので、警戒することなく、ぶらぶらと歩く。
 しばらく歩くと、ふと木々の匂いに混じって、水の匂いがした。
「すごい――」
 思わず声がこぼれた。
 そこは大きな湖だった。
 目を奪われたのは一瞬、人の気配を感じ、億劫に振り返る。
 小汚い格好をした少年が、湖のふもとに座っていた。
 たまに顔を上げると、すぐ手元のスケッチブックに鉛筆を走らせる。
「そんなに絵描きが珍しいですか? 旅人さん」
「まあ、ね」
 応えつつも、少年の視線を追う。遠くはなれたところに辛うじて橋が見えた。
「あの橋の絵を?」
「橋もありますが、あそこには美しい貴婦人が立っております。ぼくはその方を描いています」
 わたしは目を凝らした。
 辛うじて人が立っているのがわかるが、絵にできるほどよく見えるわけではなかった。
「見ず知らずのお方に、このようなことをお願いするのも気がとがめますが、ぼくの願いを聞いていただけますか?」
 少年がおずおずと言った。
「面倒なことは嫌よ」
 わたしが半眼になると、少年が両手をぶんぶん振った。「ただ、この画をあの橋にいる貴婦人に渡してほしいのです」
 背中に隠していた丸めた画を渡された。
「ぼくの願いを聞いてくだされば、きっといいことがありますから」

第46章・出会いと言う名の絵画 1

2008-02-27 20:20:37 | 矛盾の時間・全ての空間
 けんかをした。どちらが悪いわけでもなく、なんとなく――いくら付き合いが長いといっても、そういう時だってある。
 ぼくはため息をついた。
謝ろう。それが一番いい気がした。
「でも、その前にここはどこだろう?」
 気がつけば森の中に、いた。
 ただの森ではない。生き物の姿――気配すら希薄な、不思議な森。
 自然と腰に差していたナイフに手がかかった。
 しばらく歩いた。木の匂いに、微かな水の匂いを感じ、目を見張った。
 それは大きな湖だった。
「すごい……」
 思わず声がこぼれた。
 目を奪われたのは一瞬、人の気配を感じて、ナイフを抜きかける。
 大きな日傘を持った女性だった。
 湖に架かった、橋の欄干に手を添えながら、
どこか遠くを眺めていた。
「――こんな場所にも、人が訪れる頃があるのですね」
 日傘をくるくる回しながら、微かな笑い声。
「道に迷われましたか? 旅の方」
「あなたは――」
 女性は応えず、ただ、微笑む気配だけがした。
「どうやら、迷っているのは道だけではないようですね」
 そっと、細い指先が、対岸を指す。
 指先を追ってみると、微かに人影があった。
「見ず知らずのお方に、このようなことをお願いするのも気がとがめますが、私の願いを聞いていただけますか?」
 ぼくが応えるより先に、そっと髪飾りが手渡される。
「これを、あの場に座っている方に届けてほしいのです」
 外見に似合わず、ずいぶんと強引だ。
 ぼくの表情から不服を感じ取ったらしい。
「私の願いを聞いてくだされば、きっといいことがありますわ」

第45章・原初の記憶 H19.4.19作

2007-04-19 21:48:52 | 矛盾の時間・全ての空間
とある大学の桜の木の下、僕たちはシートを敷いて昼食を取っていた。
いつもと違うのは、君のほかにもう一人、黒髪の女性がいること――どこかぼんやりした表情の女性は、おいしそうにサンドイッチを頬張る君の様子を眺めていた。
「どうですか?」
「すっごくおいしい!」
その細身の体のどこに入っていくのか・・・君は次々と口に運んでいく。
――その人は、不思議な女性だった。すぐ隣に座っているのに、少しでも目を離せば、どこかに消えそうな、それ程に特徴という特徴のない希薄な人――大学の生徒は、彼女のことをミスティ・ミスティ・ミステュリナ……「不思議な不思議な不思議な娘」と呼ぶ。
「それはよかったです」
と、うっすら笑う。僕はなんでこんなことになったのだろうとふと考えた。
が、どれだけ考えても、一向に答えはでてこない……
「一つだけ聞きたいことがあります」
僕の苦悩を知ってかしらずか……ミスティが言った。
「初めての記憶がありますか?」
「初めての記憶?」
口に物を詰めたまま、もごもごと君、
「私には――過去がないもので」
過去がない――その意味を問うことは、なぜか躊躇われた。
君が小首をかしげ、僕を見る。
「考えたことも、なかったね」
「うん、そうだね」
その言葉に、別段落胆した様子もなく、ミスティは淡々と「そうですか」
「あ、待って――」君がこめかみを押さえて、「思い出した」
そう呟いてから語り始めた。
「あのね、白い天井とガラスの壁にいるの。
赤ちゃんの頃かな? ガラスの向こうに森が広がっていてね、なんか、すっごく鮮明に覚えているよ」
僕とミスティが顔をあわせ、同時に呟いた。
「捨てられていたの?」
「違うわよ!」
君が声を荒げた。それを見つつ、ミスティはふと顔を上げた。「ああ、もうこんな時間」
「何か参考になった?」
僕の問に、ミスティは笑って応えた。
「とっても」
鐘が鳴った。少し目を離した隙に、ミスティは消えていた。
「結局なんだったんだろう?」
僕が呟いた。
「初めての記憶ってさ――今思うと、不思議だよね。だって、その記憶、本当に自分のものだったのか、証明も出来ないし」
「え?」
僕の言葉を、君はただ無視をした。

第44章「儚く小さな幸せ」H18.11.8昨

2006-11-09 21:08:18 | 矛盾の時間・全ての空間
どんよりとした天気の日だった。
空は厚い雲に覆われ、昼だというのに真っ暗だ。
「もう昼だよ。そろそろ起きたら?」
無駄だとは思いつつも、僕は声をかけた。
「……お外、暗いもん。だからまだ寝る時間」
たまにいい宿をとると、いつもこうだ。頭まで毛布を被った君に起きる気配はない。
毛布からはみ出した、白く細い髪の毛を撫でながら「まあ確かに暗いけど」嘆息する。
外はまるで昼の夜だ。街は色彩を失い、出歩く人もまばらだ。
と、突然毛布がもぞりと動き、君の顔だけが現れた。
そのいまだ焦点の合っていない、とろんとした瞳は、しかしながら、何か懐かしいものでも見つけたような光を湛えている。
「ねえ、お外行こうか」
さっきまでの言動が嘘のように、君は軽やかに身を起こす。流れる神を手早くまとめながら、さっさと服を着替え始めた。
「でも外は暗いよ」
「だから、行くの。人は夜に探検するものよ」
ニッと笑う。その代わり身の早さは猫のようだ。
「泣き出しそうな空とはよく言ったものね。こういう日は、とても儚くて、小さな、小さな幸せが見つかる日よ」
窓辺に立った君が、僕を手招きする。「ほら」と、伸ばした手のひらに、舞い降りた、白の結晶。
「雪、だ……」
見上げた空は相変わらず真っ暗なままだったが、白い雪が舞い降りる光景は、なかなかに幻想的だ。
「儚く、小さな幸せ、見つけた」
僕の手をひいて歩き出した君。
やがて街の人も外に出るだろう。
この小さな幸せを求めて――