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人間圏の分化から人類存在の意味を問い、未来を考える

『文明は<見えない世界>がつくる』より 宇宙論における人間原理と文明 人間圏における〈見えない世界〉の拡大

歴史の方向性とは分化

 人間圏は今、産業革命後のストック依存型人闇圏の段階を経て、さらに新しい段階に突入しているように見えます。一般的にはネットワーク社会と言われます。この段階の人間圏の特徴はその構成要素が、国から個人に変化し始めたことです。それはこれまで分化を続けてきた人間圏が、その分化という方向性を変え始めたということです。それは均質化に向かうということを意味します。均質化は構造を破壊します。すなわち新たな不安定性を人間圏の内部システムにもたらします。本節ではこの「ネットワーク」という新たに出現した〈見えない世界〉の意味を探ります。 ‐。

 初めに、歴史の方向性について考えてみます。宇宙も地球も生命も、その歴史的変化をシステムという観点から見ると、物質論的には分化し、エネルギー論的には冷却してきたと総括できます。宇宙は「インフレーション」と呼ばれる時空の拡大に続き、物質的には「ビッグバン」と呼ばれるプロセスを経て生まれました。その瞬間はエネルギーも物質も渾然一体となった均質状態です。物質的には構造の見えない状態です。その後宇宙は拡大し、その結果宇宙は冷却します。ビッグバンのその瞬間はエネルギーから物質と反物質が生まれ、物質と反物質はすぐに衝突してエネルギーに変わりという現象が繰り返されている、超高温の均質の世界です。その後宇宙は膨張し、系と環境の分離が進行し宇宙は冷却を始めます。分化の始まりです。

 ビッグバンの瞬間のわずかな揺らぎは凍結され、物質と反物質とのあいだの非対称も凍結され、物質世界が分化します。宇宙背景放射に見られる、温度にしてわずか二〇万分の一という揺らぎを種にして、物質世界は分裂し、銀河から成る宇宙の構造が生まれます。観測される宇宙背景放射のわずかな揺らぎに基づいて、銀河の生成を数値シミュレーションすると、その計算結果と現在の銀河の分布は見事に一致します。

 以後も宇宙は冷却を続け、物質の分化が続きます。主として水素、ヘリウムから成る濃いがスの塊から、第一世代の星が生まれます。中心部で水素やヘリウムが燃えそれより重い元素が作られ、さらにそれらが燃え重い元素が作られというサイクルが尽きると、星は重力崩壊し爆発します。その「超新星爆発」と呼ばれる爆発過程で鉄より重い元素が作られ、宇宙には次第に重い元素が濃集していきます。

 星の周りでは、これらの多様な元素から分子や鉱物が作られ、次世代の星が生まれる頃には星の周りで、分子や鉱物からなる惑星が形成されるようになります。今から四五億年以上も昔、そのような惑星の一つとして地球が生まれました。岩石や氷からなる微惑星が集積し地球が出来る過程で、その集積のエネルギーにより地球はドロドロに融けます。マグマの海と原始水蒸気大気に覆われた原始地球の誕生です。

 以後地球は冷却を始めます。それと共にさまざまな物質圏が分化し、現在のような地球システムに変化しました。新たな物質圏が生まれるたびシステムは変容し、新たな物質循環が生まれます。その相互作用を通じて個々の物質圏もまたそれぞれの安定状態に変化していきます。大気や海や地殻は、システムの変化のたびにその姿を変えつつ現在に至ったのです。

 その地球に生命が誕生しました。現在の地球上に残されている最古の細胞化石によれば、それは今から三四・五億年くらい前のことです。その頃までにはすでに生命が誕生していたということになります。原始の生命は一つの細胞から成り、その細胞も原核細胞という原始的なものでした。それは酸素のほとんどない環境に住む嫌気性の生物です。当時の地球大気には、酸素はほとんど含まれていなかったということです。

 地球が現在のような大気に変化したのは、二十数億年前だったと考えられています。シアノバクテリアと呼ばれる、光合成をする生物の化石が残されているからです。その頃までには光合成をする、すなわち大気圏と相互作用をしてその成分を変えるような、物質循環が始まったと考えられます。すなわち地球システム論的には、この時生物圏が分化したと言えるでしょう。

 そして、約七〇〇万年前に、最初の人類らしき種がチンパンジーと同じ祖先から分化しました。その後様々な人類の種が生まれ、今から二〇万年ほど前にホモ・サピエンスが誕生します。我々現生人類の祖先です。それはホモ属の、二〇〇万年もの進化を通じて獲得した大きな脳と、高い言語能力を持ち、「おばあさん」という生物学的には不思議な存在を生み出しました。それらの生物学的特性のゆえに気候変動に適応し、五万年ほど前には全大陸へと拡散し、一万年くらい前に農耕牧畜を始めました。生物圏から、人間圏が分化したのです。

人間圏の分化とは

 以上のような歴史を概観すれば、歴史におけるその方向性とは、少なくとも物質論的には、分化という方向性であることがわかります。それは環境の冷却によって生じます。人間圏の歴史的方向性について考えようとすれば、当然このことを考えなければならないでしょう。

 この意味で筆者は、人間圏の構成要素が個人へと変化したことが気になるのです。なぜか? これまで分化してきた人間圏の構成要素が、均質化へ転じたように考えられるからです。

 人間圏の最も小さな究極の構成要素は、個々の人間です。それらがネットワークでつながった人間圏は、まさに究極の構成要素から成る状態です。それは物質論的に喩えて言えば、宇宙の物質構造が究極の構成粒子にまで分解された状態に相当します。ビッグバンのときの均質化された状態です。それは以降の宇宙の相転移が始まる前の、まさに臨界状態のようなものです。エントロピー的には最も高い状態といえます。しかしそれが、宇宙の膨張により一変します。熱を捨てられる吸収源が生まれたのです。そのため部分的には、エントロピーの減少する系が生まれます。それが最初に述べたような、宇宙や地球や生命の歴史を可能にしたのです。

人文を科学する

 文化という意味では、グーグル・ブックス・ライブラリー・プロジェクトがすでに、多くの成果をあげています。世界の図書館の収蔵書をデジタル化して、例えば言語の進化研究を行ったりすることも可能になっています。その生データからどのような情報が読み取れるのでしょうか。

 そこには個人情報も含まれています。そこでどのようなデータが利用できるか、その手法が検討されています。例えば、一つ一つの単語をデータ化する「nグラム」という方法が知られています。「nグラム・データ」と呼ばれるデータを用いて、単語の出現頻度とか、英単語の総数は増えているかとか、名声の成立するメカニズムとか、梵書で思想は抹殺できるかとか、集合的記憶と集合的忘却とか、さまざまなテーマが「科学的」に研究されているのです。

 デジタル化された歴史的記録によって、集団としての人間を定量的に考察できる環境が実現しつつあるということです。個人に関するデジタル化された歴史的記録は、人間やそれを取り巻く環境についての我々の思考法を、変える可能性があります。人間圏が定量化社会として分析可能になったともいえます。ビッグデータの持つ力をどう制御したらよいのか? 放っておくと社会が、意図的にコントロールされる可能性があるからです。我々は新たな欲望の脅威との戦いのことを、考えておく必要性に迫られているのです。

 人間圏のネットワークは成長を続けています。そのネットワークが最終的に意味を持つとすれば、それは秩序でなければなりません。しかし現代の人間圏にはまさに、その秩序が姿を現す直前の、臨界的な現象が現れていると考えられるのです。しかしその後に起きることは相転移です。そのとき人間圏は、これまでとはまったく異なる様相を示すということになります。果たしてそれはどのような姿なのか。それはまだ誰にもわかりません。

 ただしわかっていることが一つだけあります。それは、人間圏が大きな変容を遂げようとしている現在、最も重要なことは、我々自身が人間圏をどのようにデザインしたいと考えるのか、それを明らかにすることです。爆発的に拡大する解明された〈見えない世界〉を体系化し、その中で人類存在の意味を問い、それをもとに未来を考えるということです。「我々は何者なのか」ということを、解明された〈見えない世界〉に基づいて考えたとき、我々はその答えを見つけることができる可能性があるのです。
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