goo

満州利権を狙っていたアメリカ

『マネー戦争としての第二次世界大戦』より 満州利権を狙っていたアメリカ

なぜアメリカは日本の中国進出を嫌ったのか?

 世界のブロック経済化により、日本は中国に勢力範囲を拡大しようとした。それに対してアメリカが激怒したことが日米開戦の大きな要因となった。それにしても、なぜアメリカは日本の中国進出をそれほど嫌ったのか?

  「中国が可哀そうだから」「日本の傍若無人な振る舞いが許せなかった」

 などというのは、もちろん後付けの理屈である。そんなことで自国の国民を戦争に駆りたてたりはできないし、アメリカ国民もそんなことで戦争に行ったりはしない。アメリカが日本の中国での動きに神経をとがらせていたその最大の理由は「経済」なのである。

 じつはアメリカも中国の権益を欲していた。とくに満州というのは喉から手が出るほど欲していた地域なのである。しかも第二次世界大戦よりはるか以前の日露戦争当時から欲していた。満州は当時の世界情勢を左右する地域だった。満州は欧米列強たちがこぞって食指を動かしていた地域だったのである。

 19世紀後半の満州は世界地図のなかで欧米列強に植民地化されていない数少ない地域だった。アフリカ、アメリカ、アジアと侵略を続けてきた欧米諸国にとって中国は最後に残った獲物であり、満州はその最果ての地である。あまりに遠すぎるので、まだ満州まではどこの国も手をつけていなかったのだ。中国に進出していたイギリスやフランスも満州まではまだ行っていなかった。

 満州の広大な大地は欧米列強にとって魅力のあるものだった。そのため列強たちは、この地をどういう分け前にするのか牽制し合うようになっていた。そして19世紀末になって、ついにロシアがこの地に侵攻を始めた。

 満州と陸続きのロシアは他の列強よりも有利な立場にあった。また極寒の国ロシアにとって満州は温暖な気候である。さらに満州に進出できれば太平洋へ出ることができる。満州はロシアにとって魅力あふれた地域だった。それでもロシアは19世紀末まではそれほど露骨に満州に進出してはこなかった。清への遠慮があったからだ。

 しかし日清戦争で清か敗れるのを見ると、ロシアは露骨に満州に侵攻してきた。日本が清から租借されたはずの遼東半島を強引に横取りし、満州全土に租借権や鉄道の敷設権や権益を持つにいたった。ロシアが満州を南下し、朝鮮半島にまで来たところで日本と衝突し、日露戦争が起こった。

 ところがロシアは日本に敗れたため、満州地域での影響力を大きく損なった。そこで欧米列強は満州への野心を抱くようになったのである。その野心がもっとも強かったのがアメリカである。

 植民地獲得競争に出遅れたアメリカは、他の列強に比べると保持している植民地は少なかった。世界一の工業国となっていたアメリカは、その工業製品を引き受けるマーケットを求めていたし、満州の穀物や鉱物資源にも目をつけていた。

 日露戦争では、アメリカは日本とロシアの間に立ち、講和を取り持ってくれた。しかし、それもロシアが持っていた満州地域の市場を開放させるためでもあったのだ。実際、セオドア・ルーズベルトは最初に日本とロシアの講和を持ちかけたとき、日本に対して「ロシアが利権を持っていた満州地域を中立地域にする」という提案を行っているのだ。この案は日本に拒否されたため実現しなかったが、この当時からアメリカが満州地域に並々ならぬ野心を持っていたのは紛れもない事実である。

南満州鉄道の並行線を建設しようとしていたアメリカ

 日本は日露戦争で獲得した南満州地域での権益を、決してアメリカに譲ろうとしなかったので、アメリカのもくろみは外れてしまった。日露戦争の勝利で日本が獲得した南満州鉄道にしても、当初はアメリカ人の実業家エドワード・ヘンリー・ハリマンと日本が合同で経営することになっていた。当時の日本の首相、桂太郎とハリマンとの間で合意までなされていたが、外務大臣の小村寿太郎が猛反対し、日本単独での経営となった。ハリマンはアメリカのパシフィック鉄道などで財を成した鉄道王である。もちろんアメリカとしては気分がいいわけがない。もし、ハリマンが南満州鉄道を経営していれば日米戦争はなかったのではないか、と述べる歴史家もいる。

 目露戦争で勝利した日本は、当然のごとく満州にあったロシアの権益をわが物にするつもりだった。アメリカは当然おもしろくなかった。というよりも日本が南満州地域を握ることでアメリカに実害も生じていた。日本は南満州の市場で大きな影響力を持つようになったのだ。

 たとえば当時、アメリカの綿製品は満州の市場に進出していたのだが、日露戦争以降は日本製品に駆逐されてしまった。これに怒ったアメリカは目本に対し市場の閉鎖性を訴えたが、当時、日本製の綿製品は価格などの強い競争力を持っており、アメリカの訴えは妥当なものではなかった。

 アメリカはどうにかして日本の利権を横取りしようと画策した。そして、なんとアメリカは清国に働きかけ、日本が獲得していた南満州鉄道(ハルビン~旅順)に並行に走る鉄道を建設しようとしたのだ。この鉄道も日本の抗議で建設はできなかった。するとアメリカは次に「四国借款団」というものをつくった。「四国借款団」は満州地域の鉄道をすべて中立化し、中国に鉄道建設などで借款をする場合はアメリカ、イギリス、フランス、ドイツが一体となって行うというものである。

 欧米諸国はアジア、アフリカなどに対し、多額の借款(融資)を行い、その対価としてさまざまな権益を獲得し、経済的な面から支配していくのが常套手段だった。そのため、どこかの国が抜け駆けをしないように中国への借款は4か国が一体となって行うようにしようとしたのだ。

 この「四国借款団」には日本も加わるように要請されていた。日本が中国の権益を拡大しようとしていたので、それを抑えるためである。

 もちろん日本としては南満州鉄道の権益を手放すことになるため、それは了承できなかった。そして日本はアメリカの動きを警戒し、ロシアとの協力を深めた。明治43(1910)年には第二次日露協商が締結され、満州におけるお互いの権益を確認し合い、協力関係を築いた。口シアも満州北部に権益を持っていたので、日本とロシアが協力してアメリカの圧力を防ぐのが狙いであった。

 アメリカの企ては明治45(1912)年に辛亥革命で清国政府が倒れたことで頓挫した。「四国借款団」もいったん、うやむやになってしまった。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 日本の女性は... 石油の富は民... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。