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サウディアラビアの石油依存脱却に向けた取り組み--油価下落の影響--

『中東とISの地政学』より

石油に依存する経済社会

 サウディアラビアの経済社会は石油に大きく依存している。油価下落は、財政を通じてその経済社会に広く影響を与える。以下に、「一 経済面での影響」「二 社会面での影響」「三 対策を行わない場合」の三つの観点から述べる。

 一 経済面での影響

  湾岸諸国は、財政及び輸出に占める石油部門の比率が極めて高い。各国での経済多様化に向けた努力にもかかわらず二〇〇〇年来この比率は高まっており、二〇一一年から二〇一四年の平均値でそれぞれ八〇%、七〇%となっている。

  その結果、油価下落は、その財政経済に深刻な影響を及ぼしている。各国の財政均衡油価は、いずれも現行の油価水準を大きく上回っている。サウディアラビアでは、二〇一五年の財政均衡油価が九二・九米ドル、経常収支均衡油価が六八・八米ドルであり、いずれも現行油価水準を上回っている。その結果、二〇一五年度決算は二年連続の赤字(九七九億ドルの赤字)となっており、二〇一六年度予算では八七〇億ドルの財政赤字が見込まれている。

  政府は、不要不急のプロジェクトの延期・停止、外貨準備の取り崩し、民間金融機関向け預金の引き上げ、国債発行増、更には、補助金削減、各種手数料負担の増加、付加価値税導入の検討、公務員諸手当削減など、歳出抑制・資金調達に向けたあらゆる取り組みの実施を余儀なくされている。

  こうした取り組みは、実体経済にさまざまな悪影響を及ぼす。プロジェクトの延期・停止は、建設業者やその下請けに対する支払い延滞・停止、外国人労働者への給与未払い、企業倒産などの懸念を高める。油価下落の影響が顕著になった二〇一五年夏以降、サウディアラビアの建設大手オジェール及びビン・ラーディングループは、それぞれ三万人、七万人の労働者を解雇した。オジェールでは、外国人労働者に対する給与支払い停止により、インド人労働者が帰国のための航空賃どころか日々の食料を買うお金すらない状況に追い込まれ、外交問題にまで発展している。

  また、湾岸諸国では、石油を原資とした財政収入が、民間金融機関への政府預金∴対外準備資産の積み上げという形で、経済変動へのクッションとして機能しているが、民間金融機関からの政府預金引揚げや国債市中消化(サウディの民間金融機関による国債保有は二〇一六年八月時点で四五二億ドル、これは二〇一四年末の三倍の水準)により、金融機関の流動性が低下傾向にある。これは、金利上昇(サウディ銀行間レート(SIBOR‐3ヵ月)は二〇一五年末一・三三%から二〇二(年九月二・三四%に上昇)、さらには、貸し渋りや企業倒産をもたらす。対外準備資産も取り崩しが増えており、また、国債の買い手を国内のみならず海外からも求めるようになっている。

  さらに、水道・電気・ガソリン補助金の削減は、国民の生活コスト、企業の操業コストを上昇させ、消費や投資を冷え込ませる。こうした結果、サウディアラビアの実質経済成長率は、二〇一五年の三・五%から二〇一六年は一・二%に鈍化することが予想されている。

 二 社会面での影響

  また、石油を原資とした財政は、大量の公務員雇用・各種補助金提供などを支え、社会面でも大きな役割を果たしている。

  サウディ人の多くは公的セクターで雇用されている。コンサルティング会社のマッキンゼーによれば、サウディ人労働人口のうち三分の二の約三〇〇万人が公的セクターで雇用されている。サウディの家計所得は二〇〇三年から一三年にかけて七五%増加しているが、この一〇年で一〇○万人以上増加したサウディ人の公的セクタ上雇用が主な要因であると指摘している。また、公的セクターの給与は、社会政策の観点から民間企業と比べて高い。「アラブの春」直前の社会不安が高まりつつあった二〇一〇年あたりを境に両者のギャップは拡大し、公的セクターで働くサウディ人の月給は民間セクターと比較しI・五倍以上の額となっている。二〇一五年初頭のサルマーン国王就任時には、公的セクター従業者に対してニカ月分給与が特別ボーナスとして支給されるなど、社会政策的観点から公務員給与が利用されている。

  サウディは人口が増え続けている若い国である。同マッキンゼーによれば、サウディ人人口の半数以上は二五歳以下であり、二〇三〇年までに一五歳以上の人口は六〇〇万人増加し、少なくとも四五〇万人の新規雇用が必要と見込まれている。政府は、こうした大量の若者に職を提供しなければならない。しかしながら、主力産業である石油部門は資本集約的な産業であり雇用効果は限定的である。その他民間セクターは、給与水準がりIズナブルな外国人労働者に人材を求める。サウディ人自身、民間企業よりも楽に高給が貰える公的セクターに職を求める傾向にある。その結果、民間セクタ上雇用のうち八五%は外国人労働者となっており、増加する若者の雇用吸収先として、公的セクターが大きな役割を果たさざるを得ない。

  油価下落は、こうした公的セクタ上雇用にも影響を与える。二〇二(年九月二六日、閣僚の給与二割減とともに、公務員給与のベースアップ停止・超過勤務手当の抑制などを内容とする勅令が発出された。後述するサウディアラビアNTP2020では、二〇二〇年までに公的セクター給与支出の歳出比を四五%から四〇%に減らすとの目標が設定されている。

  雇用の吸収先として、公的セクターが期待できなければ、民間に職が無い限りサウディ人失業者は増大する。既に二〇一五年の失業率は、全体で一二%、若者(二五~二九歳)及び女性の失業率はそれぞれ三八%、三三%ととくに高い。補助金削減等による生活コストの上昇とともにその社会的影響が懸念される。

  このように、サウディアラビアでは、石油が財政収入のほとんどを占め、石油を通じた財政が経済成長・金融インフラの原資となるとともに、補助金・公務員雇用などを通じた社会政策の原資となっている。対外面でも、多額の軍事費、石油外交、アラブの同盟諸国への財政・軍事支援を支えるのは石油である。油価の変動は、サウディアラビアのありとあらゆる分野に影響を与える。

 三 対策を行わない場合

  二〇一六年九月現在、こうした油価下落は、サウディ経済に着実に影響を与えているものの、現時点の経済データは危険水域にあるとまではいえない。

  経済成長率は鈍化しているが、油価下落の幅と比べ緩やかである。二〇二(年の歳出水準は、二〇一五年とほぼ同水準(二〇一五年度予算ベースニニ九三億米ドル、二〇一六年度予算ベースニニ四〇億米ドル)を維持することで、急激な経済の落ち込みを防いでいる。前述のとおり、流動性は低下七ているが、中央銀行は預貸率の調整など慎重に資金供給量を調整している。また、市中銀行に対して、オジェール及びビン・ラーディン向け債権の詳細を求めるなど不良債権の監視も厳しい。また、政府の準備資産は取崩しが進んでいるとはいえその規模は巨大である。二〇一六年八月の水準(五六二一・九億米ドル)は二〇一四年八月から一八三六億米ドル減少しているが、これは輸入三八・六ヵ月分の水準であり、一般的に適正水準と言われる平均輸入額の三ヵ月分を大きく上回っている。また、政府債務残高の対GDP比(二〇一六年八月末)は一一・五%と国際的にみて極めて低い水準にある(日本は同年二四八%)。国債発行と併用することで外貨準備の減少幅を調整することも可能であり、しばらくの間、資金調達の余裕があるといえよう。頼るべき脛は太い。

  しかし、何も対策を行わない場合どうなるか。

  油価の低迷が続けば、貯金はいつか底をつく。政府債務残高はその水準は低いが、二〇一四年末から二〇一六年八月末にかけて六倍の水準に急増している。国債発行もいずれプレミアムが上昇し資金調達コストも上昇する。ドルペッグを支える外貨が底をつけば、サウディ通貨リヤルは切り下げとなる。通貨切り下げは外国人にとって外貨建て給与の減少を意味するため、外国人労働者は国外に逃避する。輸入物価が高騰し深刻なインフレとなれば、内政不安定化も想定されるだろう。一方で、昔の経済規模に後戻りすることもできない。増加する人口に対応しインフラ整備・拡充は引き続き不可欠であり、今までの経済成長で整備済のインフラの維持管理コストも無視できない。二〇二五年の財政均衡油価は一七五米ドルになるとの指摘もある。現在の構造は維持不可能である。

「サウジ・ビジョン2030」

 二〇一六年、サウディアラビアは、こうした課題の解決に向けた構造改革を開始した。

 二〇一六年四月二五日、サルマン国王主催の閣議において、「サウジ・ビジョン2030」(以下、ビジョン2030)が承認された。石油依存体質から脱却し、包括的な経済発展を実現するための基本方針である。ビジョン2030は、サウディアラビアの三つの柱として「アラブとイスラム世界の中心」「グローバルな投資大国」「三大陸を結ぶ(ブ」を掲げ、三つのテーマ「活気ある社会」「盛況な経済」「野心的な国家」に沿って、二〇三〇年までに実現すべき目標を設定している。また、二〇一六年六月六日、ビジョン実施のための五ヵ年計画として、「国家変革プログラム2020(National Transformation Program 2020(以下、NTP2020))」が発表された。NTP2020では、二四の政府機関を対象に一七八の定性的な戦略目標と二〇二〇年までの達成を目指す三七一の指標、五四二の施策が挙げられている。

 ビジョン2030では、二〇三〇年までに非石油政府歳入を二(三〇億リヤルから一兆リヤルにするとしている。収入拡大に向けて、政府保有資産の民営化を通じた歳入の多角化、サウジアラムコのIPO(五%未満)、公共投資基金(PIF)を世界最大規模のSWF(政府系ファンド)とし投資収入で稼ぐモデルの構築などが謳われている。支出削減に向けては、NTP2020で、二〇二〇年までの目標として公的セクター賃金の歳出比削減(四五%↓四〇%)、水電力料金補助金の削減(二〇〇〇億リヤル)などが挙げられている。対GDP公的債務比率は二〇二〇年で三〇%と設定されており、引き続き一定規模の歳出確保を想定しているものと思われる。

 経済の多角化に向けては、二〇三〇年の目標として、民間セクターのGDP比拡大(四〇%↓六五%)、非石油製品輸出の対非石油分野GDP比拡大(一六%↓五〇%)、FDI(対内直接投資)の対GDP比の増加(三・八%↓五・七%)等が設定されている。石油以外の稼ぎ口として、ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子は『AI-Arabiya」のインタビュー(二〇一六年四月二五日)にて投資収益に基づく国家の建設を強調している。前述のアラムコIPO、世界最大のSWF創設はその象徴である。石油という資産を金融資産に転換して多様な投資を行うことにより、油価の変動に左右されない経済財政構造を作り上げようという試みである。また、観光部門の振興(二〇三〇年までに世界遺産登録数を二倍とする、二〇二〇年までに観光客数を六四五〇万人から八一九○万人にする)、文化・娯楽部門の振興(二〇三〇年に同部門の家計支出に占める割合を二・九%から六%にする)や中小企業の振興(二〇三〇年に対GDP比を二〇%から三五%にする)など、雇用創出効果の高い内需型産業の育成に向けた目標も目立つ。さらには、石油輸出余力維持の観点から再生可能エネルギー電源九・五GW規模の実現や、今までほとんど開発されてこなかった鉱業部門の振興(二〇二〇年までに九七〇億リヤルの生産)などの目標が掲げられている。

 また、ビジョン2030では、経済・財政面のみならず、「活気ある社会」「野心的な国家」に向けて、国家のアイデンティティ、ライフスタイルについて国民に変化を求める内容も見られる。アラブーイスラームの歴史的・文化的遺産を国家のアイデンティティとして保護・強化する、世界最大規模のイスラーム博物館の建設、ウムラの受入許容者数の拡大(八○○万人↓三〇〇〇万人)などが謳われている。また、両親の教育への関与促進(二〇二〇年までに両親の八割が学校の教育活動に参加)、文化・娯楽部門の振興(再掲)、スポーツ振興(運動頻度週一回以上を一三%から四〇%にする)、ボランティア活動の推進(年間参加者数を一〇〇万人にする)などライフスタイルに係る目標設定は、増加する若者を意識したものであろう。
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