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ロシアの地政学 ユーラシアは大きな変化に向かう?

『地図で見るロシアハンドブック』より ロシアの地政学的利点

思いがけない鉄のカーテンの消失(1989年)とソヴィエト連邦の崩壊(1991年)は、分析のための時間をあたえなかった。このような激震を予想していた者はなく、したがってあらたな構造を想定していた者もいなかった。1993年から2001年までのクリントン政権時代に、モスクワの支配から自由になった地域に対するアメリカの政策の基礎が築かれた。NATO発足の原因となった冷戦は消滅しているにもかかわらず、NATOを拡大するという選択がなされたことは、アメリカで大いに議論された。

世界の地政学的な認識

 ホワイトハウスが選択した政策は、ブレジンスキー・ドクトリン(『Le Grand echiquier』[邦訳名『地政学で世界を読む21世紀のユーラシア覇権ゲーム』]、1997年)の焼きなおしである。つまり、旧東欧諸国と旧ソ連諸国をEUとNATOにとりこんで、「欧州・大西洋共同体」に統合し、ロシアを遠ざけておくというものだ。フランス語版(1997年)の序文でジェラール・シャリアンが次のように書いている。「これは封じこめ(containment)ではなく、フォスター・ダレスが夢見てかなわなかった、撃退(roll back)である」。このドクトリンは、「海洋の強国」(1904年におけるマッキンダーにとってはイギリス、1942年におけるスパイクマンにとってはアメリカ)の存亡にかかわる敵ハートランド、つまり「大陸の強国」をユーラシア大陸に見ていたマッキンダーとスパイクマンから着想を得ている。スパイクマンにとってロシアはハートランドの強国であり、リムランドヘの支配をさまたげることがきわめて重要となる。リムランドはイギリスから日本まで延びるひとつながりの陸地で、人口と世界の富の大部分がふくまれている。戦後のアメリ‘カ政策の提唱者ジョージ・ケナンは、そのために「封じこめ」ドクトリンを作成する。リムランドにアメリカの同盟国の鎖をつくることを勧めたのである。

 ブレジンスキー・ドクトリン(1997年)はウクライナに注目し、「ウクライナを失えば、ロシアはもはや帝国にはなりえない」としている。こうした観点からアメリカは2008年に、ウクライナとジョージアをNATOに加盟させる決定的なプロセスを開始しようとしていた。

 この政策はアメリカで非難された。1998年にジョージ・ケナンはNATOの淑方拡大を、強国アメリカにとって「悲劇的なまちがい」「自己破壊的」(「self-defeating」)だと述べている。地政学者ソール・コーエンは2005年に次のように書いた。「ワシントンのもっとも挑発的な戦略は、ウクライナをNATOに加盟させようとしていることだ」。そして「国家の経済を破滅させる分離独立主義の紛争」を予想していた。

 NATOを媒介としてウクライナを西側につなぎとめるというワシントンの考えは、軍事力を太平洋側に集中できるように、この地域を最終的に安定させる計画のあらわれと見る向きは多い。しかし紛争の歴史の上に建つキエフ周辺では、千年前から永続的な安定が得られたことはなかった。

 2013年にヘンリー・キッシンジャーとズビグネフ・ブレジンスキーは状況を見なおし、ウクライナのフィンランド化[議会民主制と資本主義を維持しつつも共産主義国の勢力下におかれる状態]を強く勧めた。ウクライナがNATOに加盟するという脅威は、ロシアでの民族主義の高まりをまねくことになるからだ。というのも2013年の状況は、もはや1995年とは違っていたからである。ロシアは軍事大国になっていた。ロシアの反発はヨーロッパにおけるアメリカの負担を軽くするどころか、逆によりいっそう部隊を増強しなければならなくなるかもしれない。さらに「ロシアと中国がお互いに手をにぎりあう」ことになりかねないのであり、中国の力がさらに強まることになるだろう。2009年の東方パートナーシップは、EU構造基金を媒介として、ウクライナを西側にとりこむというねらいがあった。しかし結合したアメリカとEUは、自然の後背地から孤立し、その後背地と衝突しているウクライナを永続的に支える手段はもっていない。

ウクライナの引き金

 EUと東方パートナーシップを結んだのは、事実上ロシアをウクライナから締め出したことになり、ロシアが反応を示さないということはありえなかった。2月22日の合意が守られず、政権交代がおこなわれたことが決定的だった。2014年3月にロシアがクリミアでおこなったのは、ウクライナがNATOに加盟するリスクを前にして死活問題であるセヴァストポリを守ろうとする防衛行動だった。国際的な危機が生じて、欧米との密接な経済関係にもとづいた発展計画がさまたげられるという犠牲をはらってでもそうしたのである。

 欧米諸国はロシアと、ウクライナ中・東部の歴史的な関係がどれほど重要かわかっていなかったし、ウクライナからの締め出し計画がロシアにどれだけ衝撃をあたえるかもわかっていなかったのだという見方が広まっている。欧州では、EUとロシア間に築かれた「無理解の壁」の結果であるとされている。

 ミアシャイマーから見ると、それはアメリカの「無自覚」であるという。ホワイトハウスは自由のドグマに忠実に従った。それは国家を解体させた新しい世界の秩序である。この理想主義的なヴィジョンは、ある当事者が現実主義のロジックによって反応するかもしれないということを理解できない。地政学という観点でいえば、こうした外交上のヴィジョンとは別に、ロシアとの危機は利益がないわけではないということに気づかされる。

  ・NATOにはもはやアフガニスタン以外の任務はなかった。欧米とロシアの緊張に悪い気はしなかったのも当然のことかもしれない。

  ・EUは有権者たちからますます異議を唱えられるようになっている。有権者たちが「バルバロイ(蛮族)」が戸口にいると信じてこわがることにメリットを見いだすかもしれない。

  ・アメリカにとっては、ヨーロッパ人たちが不安になれば、アメリカの意向によりいっそう迎合してくるかもしれない。

 こうしたロジックが働いて、欧州・大西洋グループが形成されつっある。しかしそれが表面化すれば、世界的に重大な結果をまねくことになる。

地政学のバタフライ効果?

 中世の昔からロシアにとってテクノロジーの進歩は西欧から来ていた。西側では多くの人が、ロシアは全面的に依存関係にあると信じている。だから対ロシア制裁での先端技術の輸出禁止は適切だと思われている。気がかりなのは、15世紀にはじまった長い例外的な時代が、ちょうど終わろうとしているということだ。ヨーロッパが、いつもイノベーションの原動力となっていたわけではないのである。中国は数千年ものあいだヨーロッパよりも前にいた。中国のテクノロジーはすでに代用品を提供することができ、中国とロシアの能力を合わせれば、近いうちに大きな展望が開かれる。ユーラシア大陸のなかで、中国とロシアは警戒しあってきた。欧米の経済制裁は中国とロシアに、エネルギーや輸送手段のインフラで協力しあい、テクノロジーを共有するほうがいいということに気づかせた。もっと広く見れば、目下きわめて不評をかっている覇権主義的大国、かっての植民地大国、そして日本が手を結んでいる欧州・大西洋グループが表立った動きをすれば、中国・ロシアの軸を強固にすることにしかならない。多くの新興国も、中国・ロシアに依存するほうが、政治的・経済的利益があるということになる。

 ロシア政府は10年ほど前から、トルコをふくむヨーロッパ全体と、太平洋にまでいたるすべての旧ソ連諸国を統合した広大な自由貿易圏をうち立てる構想を勧めていたが、EU執行部によっていつもはねつけられていた。2013年に開かれたロシアとEUの最後の会合で、皮肉なことにEU委員長マヌエル・バローソがこのことをとりあげた。21世紀の二大国である中国と北アメリカを前にして、EUとロシアがとるべき最良の選択は、地中海南岸と経済的・政治的協力関係を築くことであり、それが実現できなければEUとロシアは二大国のどちらかの支持にまわぅて相争うしかなくなるだろうという認識が、この構想の出発点だった。
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