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人間圏の拡大 パラドックスを切り拓く知性

『文明は<見えない世界>がつくる』より 宇宙論における人間原理と文明 超物質的宇宙と人間圏の未来

人間圏の拡大

 外界を脳の中に投影して内部モデルを作るという能力のおかげで、我々人類は、〈見えない世界〉を〈見える世界〉にフィードバックさせることが出来ました。〈見えない世界〉と〈見える世界〉との相互作用がうまく作用し、人間圏の拡大を確かなものにしていたのです。

 しかし昨今、この二つの世界の関係に、決定的とも言える大きな変化が生じ始めています。〈見えない世界〉の艦張に〈見える世界〉が追いつかなくなったのです。正確に言えば、〈見えない世界〉から〈見える世界〉へのフィードバックに限界が現れ始めたのです。〈見えない世界〉が無限であり、〈見える世界〉が有限であることを考えればこれはある意味、当然とも言える論理の帰結でした。しかし文明にとってみれば、まさに一大事です。

 わかりやすい具体例を一つ挙げれば、金融システムです。金本位制というリアルな世界にリンクしていた貨幣が、金という重しが取れ、電子的に瞬時に移動できるようになりました。それはまさに幻想のままに、瞬時にいくらでも、拡大できる世界です。ホモ・サピエンスにとってただでさえコントロールできない欲望は、ますますコントロール不能になります。以来人間圏は、不安定化を増しています。

 そもそも貨幣は、交換可能という幻想が生み出したものです。リアルな世界と連動しているからこそ交換可能なのですが、それと切り離されてしまった現在、リアルな世界の右肩上がりが続かなくなれば、この幻想がいずれ破綻するのは目に見えています。

 地球システムの、サブシステム(構成要素)の一つである人間圏もまた、ひとつのシステムです。これまでの人間圏は理性により、〈見えない世界〉を「見える化」することで、それを〈見える世界〉にフィードバックし、その内部システムを構築してきました。人間圏のサイズが小さい間は、文明は右肩上がりの繁栄を約束され、我々は人間圏を順調に拡大させていくことが出来ました。しかし人間圏が肥大化し、その母体である地球システムを狂わせ、変調をきたすほどのレベルに達すると、地球システムは人間圏の拡大を抑えるために、負のフィードバック作用を及ぼすようになります。それが環境問題の顕在化であり、資源・エネルギー問題であるのです。我々はその段階に至って、右肩上がりがひとつの共同幻想に過ぎなかったことに気づかされるのです。

 しかし気がついたとしても、それは将来の限界という程度のことで、それまでの生き方を、すぐに改めるほどの切迫さを感じさせるほどではありません。なぜか? 人間圏で見られる右肩上がりの現象が恐ろしいのは、それが単なる足し算的なものではないからです。じつはその上がり方が、時間の経過とともにますます急になっていくような、指数関数的な変化だからです。指数関数の恐ろしさを知らない大部分の人が気がついたときには手遅れというのが普通なのです。その恐ろしさは、複利で借りたお金がいつの間にか天文学的な額になり、返せなくなることを思い浮かべたらわかるでしょうか。

文明のパラドックス

 人間圏を作って生きるという、我々の画期的生き方を担保していたのが地球システムであり、それを追い詰めてしまったのが他ならぬ我々自身であったという現実にも、我々は向き合わざるをえなくなったのです。我々は、我々の生き方を通してきたがゆえに、我々の存在自体を問わざるをえないというパラドックスに、自ら足を踏み入れてしまったのです。私はこれを「文明のパラドックス」と呼んでいます。本書でここまで述べてきたように、ある意味、我々知的生命体の存在意義(レソンデートル)を知るというレベルの素晴らしい成果を得る一方で、文明がその段階に至ると環境問題や人口問題、あるいはミスマッチ病といった様々な負の遺産を抱え込むという矛盾です。

 文明が抱えるこれらの問題を解決するためには、その問題の本質である「文明のパラドックス」から抜け出す道を探さなければなりません。しかしそのためには、〈見えない世界〉と〈見える世界〉との関係を一度立ち止まって整理し、我々とは何か、何のためにあるのかを、問い直してみることが必要です。ただしこれは、簡単なことではありません。人類の歩みを、科学的にかつ俯瞰的に捉える必要があるからです。

文明のパラドックスを切り拓く知性とは

 ここまで本書を読んできた読者には、人間原理につながる発想がそこにあることを感じ取れるのではないでしょうか。あるいは、超弦理論が解き明かしたこの宇宙の秘密です。重さも実体もないものを、物質的宇宙と並んで全宇宙の構成要素のひとつとして含めることに、違和感を覚える人もいるかもしれません。しかし地球システムが、もはや人間圏、すなわち人類の超物質的な振る舞い(知性の働き)を無視しては語れないという事実を見れば、この着想はむしろ要を得ていると言うべきです。

 なぜフラーは、この超物質的な宇宙に重きをおくのか。それはこの〈見えない世界〉こそが、我々が直面している文明の問題を解く鍵を握っているからです。現在の世界が抱える問題のひとつに、エネルギー問題があります。人類が豊かさを享受すればするほど、地球はその歴史の中で蓄えてきた、(利用できる)エネルギーという富を減らし続け、生命再生のシステムを危うくしているという問題です。この問題では、人類の知性が(利用できる)エネルギーの浪費を進め、人類の終末を早めていると指摘する人がいます。進歩を続ける科学技術が、人類の未来を危うくしているのだ、と。

 そうした声に対してフラーは、真っ向から反論します。むしろ逆だと。この手の批判は、我々の多くが、知性が何を獲得してきたかを、正しく理解していないからであり、それを有効に使うすべ(デザイン)を、社会として示していないからだと彼は主張します。人類が、その知性を使って獲得してきたもの、それは、物質宇宙の基本原理であり、知恵であり、ノウハウだ。それらを上手に用いること、すなわちノウハウが作りあげる「未来に向かって作用する、代謝的で、知的な再生システムそのもの」こそが我々の財産、すなわち富なのだ、と。そして続けます。この「未来に向かってエネルギーの再生がうまくいくようにする私たちの能力」を正しく活用してこそ人類は、未来を正しく見通すことが可能になる、と。

 フラーがそのように主張するのには、理由があります。彼曰く、この超物質的な富(ノウハウ)は、物質的な富に反して増え続ける一方であるからです。そして、(利用できる)エネルギーの散逸が引き起こされる(無秩序が増大する)のが常である宇宙において、「局所的に秩序を増やして」いる張本人は、他ならぬ我々自身だからです。しかしこのことは、社会においては、一部の知識人にしか知られておらず、一般大衆には認識されていません。つまり超物質的な富が、正しく評価されておらず、有効に使われていないことが文明の最大の問題なのだと、彼は言うのです。物質宇宙の基本原理の一般化、すなわち知性の使用を、私たちが「物質的にどこまで有効に組織化でき秩序化できるか」。それがいま問われていることであり、そのために「真っ先にやらねばならない」ことが「視野を高めること」だというのです。人類が持つ「プランナー」としての資質を発揮すること、超物質的な宇宙の力で物質的な宇宙をコントロールすること。これが文明の危機を回避するための唯一の道であり、我々人類の責務なのだ--。彼はそう主張します。

 フラーはこの主張を展開するにあたって、いくつかの「思考の道具」を用意します。一般システム理論、シナジェティクス、トポロジー、ジオデシックス、ビッティング、あるいはエントロピーといったものです。文系の人からすれば、聞き慣れない言葉ばかりで、面食らう人も多いでしょう。この部分については、次の節で説明を加えます。こうした思考の道具を含め、フラーの文明観、現状認識、そして問題意識は、基本的には筆者のそれと、多くの部分で重なります。次の節では、フラーの文明論をサブテキストとしながら、現代文明がどのような状況にあるのか、何かいま求められているのかを、本書のテーマである〈見えない世界〉と〈見える世界〉の関係において、筆者なりに整理してみたいと思います。
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