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現代哲学キーワード 複雑系の科学

『現代哲学キーワード』より

複雑系の科学--カオスや自己組織化論を取り込み、いまや複雑系の科学は近代の還元主義的科学に対する批判的対抗勢力となりつつある

◆複雑系の科学とは?

 「複雑系(complex system)」--欧米ではcomplexity (複雑さ)というほうが一般的だが--とは、システムを構成要素に分解し、その特性を分析したうえでそれを再び合成する〈分解と総合の方法〉によって、もとのシステム全体の挙動が把握できるとする要素還元主義が適用しえないシステムのことである。生命システムや経済システムなど、構成要素間の相互作用がシステム全体の挙動を決定するうえで無視できないほど強力な場合、もはや太陽系や気体分子集団のように「全体は部分の総和」という前提が成立しなくなる。もっとも厳密には、後者のような例においてさえ要素間の相互作用はゼロではなく、たとえばニュートン力学の模範的成功例である天体力学においても、3個以上の天体が相互作用する多体問題の解析解を得ることは原理的に不可能である。このように自然界の現実のシステムは元来大なり小なり複雑系なのだが、従来の力学モデルでは、〈非本質的な〉擾乱因子を近似的に無視する〈理想化〉のフィルターで掬い取れる限りにおける自然の単純な局面にその考察を限定することによって、実用的には多大な成功を収めてきた。それに対して複雑系の科学は、従来「複雑すぎて対象化不可能」と切り捨てられてきた部分にも目を向け、複雑な世界を複雑なままに扱うことを目標として掲げる。その点で「複雑系」は、諸要素が見かけ上複雑に絡み合ってはいるかそれらを分解していくことによって最終的には単純さに到達することが可能な単なる「込み入った系(complicated system)」からは、概念的に区別される。

◆複雑系とカオス

 複雑系の科学では、1970年代以降ブームとなったカオス研究がその重要な部分をなしている。カオスとは「決定論的かつ非線形的な力学システムにおける予測不可能な非周期的挙動」のことであり、その予測不可能性は、システムの変化を記述する位相空同上の軌跡の大域的な挙動が「初期条件のわずかな差異に対する鋭敏な依存性」を有する点に由来する。これはたとえば正確な天気予報を困難にする主な原因であり、比喩的に「北京でのチョウの羽ばたきが翌日フロリダに竜巻を引き起こしうる」という〈バタフライ効果〉として知られている。カオスはあくまで「決定論的なシステム」にかかわっているため、上記の「予測不可能性」は存在論的なものではなく、人間の認知・計算能力の限界に起因する--したがってラプラスの魔にとってはそもそも存在しない--ものであるとみるのが一般的であり、この点がそうした限定のない複雑系一般をカオスから区別する1つの基準となる。

◆複雑系研究の主要テーマ

 複雑系研究のその他の主要なテーマとしては、「自己組織化」「内部観測」「人工生命」「複雑適応系(complex adaptive system : CAS)]などがある。プリゴジンが開拓した「自己組織化」問題は、デカルト以来く不活性な延長〉としてもっぱら受動的な客体の地位に置かれていた自然の「能動性の回復」をめざすものと解釈することができる。観測者と観測対象との分離不可能性に伴う認識論的問題を扱う「内部観測」問題は、いわゆる近代科学の「主観一客観図式」の破棄につながる。遺伝的アルゴリズムを設定しサイバースペース上で選択と進化の過程をシミュレートする「人工生命」は、核酸とタンパク質をその構成要件とする従来の生命の定義の再考を迫る。経済システム、生態系、神経ネットワーク、インターネットなどの諸システムが--それらの見かけ上の多楡削こもかかわらず--「自己組織化」「ネットワーク」「創発」「進化」といった概念でとらえうる一定の共通性を有している点に着目する「複雑適応系」研究は、複雑系の科学を真に学際的なものたらしめる。

 複雑系の科学のキーワードの1つが「創発(emergence)」である。これは哲学史において、「創発的進化」といった形で機械論と生気論の中道を指すものとして用いられてきた概念だが、複雑系の科学ではいまのところ、明確に規定された構成的概念というよりは一定の研究動向を示唆する統制的概念として重宝されているにすぎない。しかし「複雑系の科学」自体が現時点では明確には定義できない研究動向の束といった趣を呈している以上、これは複雑系の科学を括るにふさわしいキーワードといえよう。
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