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ロシアの地政学 北極・極東

『地図で見るロシアハンドブック』より ロシアの地政学的利点

北極地方

 さまざまな評価見積もりで、北極海の海盆は天然ガスと石油の黄金郷であるとされている。ロシア・ノルウェー側でもアメリカ側でも同様な発見があることから、投機が活発になっている。夏の海氷後退によって、探鉱される範囲はしだいに広がっている。そのため領有権についての対立が激化した。


 排他的経済水域(EEZ)の問題

  ノルウェーとロシアは何年も前から海上の国境線について対立していた。両国とも、バレンツ海の天然ガス鉱床が多く、漁業資源の豊富な17万5000平方キロメートルの海域を自国のものと主張していた。探鉱をこれ以上遅らせないために、両者は2010年に和解して係争海域を分けあった。

  北極水域の境界についてのそれ以外の対立は、沿岸国の排他的経済水域(EEZ)の広さという、もうひとつの側面にかかわっている。法的には排他的経済水域は沿岸から200海里まで広がっている。しかし当該地域が地質学的に大陸棚の延長であることを国連の大陸棚限界委員会に証明できれば、沿岸国は主権的権利を350海里(648キロメートル)まで延長できる。

  ロシアは北極のロモノソフ海嶺が地質学的にシペリア大陸棚の延長であるとしている。もしそうであればロシアは、主権的権利を炭化水素が潜在的に豊富な120万平方キロメートルの水域に拡大することができるだろう。ところがこの海嶺は、ノヴォシビルスク諸島から、カナダのエルズミーア島まで1800キロメートルにわたって延びている。そのためカナダは、自国の大陸棚の延長だと主張している。デンマークはこの同じ海嶺がグリーンランドの大陸棚の延長であることを証明するために調査している。アメリカは、ロモノソフ海嶺が海洋火山の起伏であり、どの大陸棚の延長でもないのでいかなる権利をあたえるものでもないと主張している。

  2007年夏、北極点の水深4261メートルの海底にロシア国旗を設置した遠征には、海底の岩石サンプルを採取してロシアの立場を強固にするという任務もあった。この遠征はアメリカの民同企業が小型潜水艇を賃貸したおかげでなしとげられた。

 気候温暖化と外交の冷えこみ

  気候温暖化とともに、北極海の「白夜」の6ヵ月間の海氷後退が顕著になっている。「極夜」のあいだは、気候温暖化があろうとなかろうと、つねに海氷が存在する。

  ノヴァヤゼムリャがその境界線となっている。東側はベーリング海峡まで、数f・キロメートルにわたる厚い氷が6ヵ月間以上も航路を遮断し、夏も完全になくなるわけではない。数百メートルの氷盤が流れているので、船舶は危険なまわり道を強いられる。たとえば2013年9月4日の「白夜」の最中に、二重船殻(ダブルハル)構造ではないタンカーが、カタンガ港近くの氷のなかで数日間身動きがとれなくなった。

  ノヴァヤゼムリャの西側では夏の海氷後退が加速し、冬の海氷も薄くなった。ノリリスクでは、原子力砕氷船のおかげで冬でも金属の輸出をおこなうことができるが、輸送量は制限される。ネネッ地域の石油は1998年以降、ヴァランデイ港から、氷の厚さ20センチメートルまでは自力で航行できる「砕氷」タンカーで輸出されている。石油はまず、ムルマンスクに集まっている2万トン級の小さなタンカーにポンプで積み替えられる。2008年以降は海上石油ターミナルによりて、冬には7万トンの「砕氷」タンカー、夏には15万トン級のタンカーが接岸できるようになった。

  ヤマルに建設中の工場はさらに大きな流れを生み出すことになる(年間1650万トンの天然ガス)。天然ガスを輸出するため、容積17万立方メートルの砕氷LNGタンカー16隻を韓国の造船所に依頼した。この新型船は厚さ1.5メートル(後退するときは2.1メートル)までの氷のなかを航行するために、マイナス52皮でもゆっくりと動けるように設計されている。現在の結氷状態であれば、アジアヘは夏の4ヵ月間、ヨーロッパヘは一年中航行することができるだろう。

  ヨーロッパ・アジア間の北極海航路による輸送は進展しているが、まだ数少なく(2011年夏に18隻、2013年に294隻)、スエズ運河のレベル(年間2万隻)にはほど遠い。しかしロシアはみずからが主張する排他的経済水域の管理と協力の役割を引き受ける義務がある。1980年代にNATOはムルマンスクのロシア基地を破壊するための大規模な攻撃を想定していた。そのため北極地方には航空基地やレーダー基地網の修復がおこなわれている最中であり、ふたたび活発になっている欧米の特殊部隊の動きを牽制するために、あらたな地上部隊が北極地方に配置されることになっている。

極東のロシア

 太平洋に面したロシアは、APEC(アジア太平洋経済協力)の一員である。APECは、2012年時点で世界の人口の40パーセント、世界のGDPの54パーセントを占めるメンバーたちのフォーラムとなっている。年1回の会議が2012年にヴラジオストクで開かれたとき、ロシアはこの機会にヴラジオストクをロシアのショーケースにするため、多額の資金(投資額200億ドル)を投入した。2014年、アメリカはロシアをG8から除名したが、APECから除名することはできなかった。

 空白部を管理する

  ロシア極東部は、人口13億人の中国をふくめ、世界でもっとも人口密度の高い地域と隣接しているにもかかわらず、人口がきわめて少ない。エニセイ川の東では、1000万平方メートルあたり1390万人しかいない。1990年には1670万人だった。ロシア人は西へ逆流する傾向があり、数少ない原住民はあまり多産ではない。中国人移民はアメリカやヨーロッパ、アフリカなど、もっと温暖で実入りのいいところへの移住を好むので、ロシアヘはほとんど入ってこない。

  1990年代にはイルクーツクやコムソモリスク・ナ・アムーレにあるスホーイ社の工場が、中国、インドなどアジア諸国に作戦機を大量に輸出して近代化された。現在、ロシアの航空機産業の復興はこれらの工場にかかっている。最新型の戦闘機(Su-30、Su-35、T-50)や、ソ連崩壊後に設計された民間旅客機、スーパージェット100やイルクートMS-2の製造がおこなわれている。いっぽう宇宙産業では、口シア政府によりスヴォボードヌイ宇宙基地の再建が2006年に決定された。2020年にはロシアの有人宇宙船のほとんどがっくられることになるだろう。ロシア西部にもっとふさわしい場所があったにもかかわらず、このような選択がなされたのは、アジアに投資しようという意思のあらわれである。

  これには戦略的側面も大きい。なぜなら1992年に輸送機関への補助金が廃止されたので、ロシア極東部の経済生活は東アジアに頼るようになり、しだいに密接な関係が築かれるようになったからである。

 潜在的な対立

  アムール川とウスリー川に沿った現在のロシアと中国の国境は、1858年のアイグン条約で定められたものだ。この条約は19世紀にヨーロッパの列強に押しっけられた「不平等条約」と中国がよんでいるもののひとつである。1969年にウスリー川流域で両国の軍事衝突が起こった。その後、国境が画定され、承認された。

  もちろん中国は束シべリアの豊富な鉱物資源に触手を伸ばしたいという気持ちはあるかもしれないが、これほど苛酷な地域の整備と運営の負担を引き受けることは避けたい。いずれにしても、この地城からの販路は中国か東アジアしかない。となれば中国の利益は、ここに投資して管理することかもしれない。両国の軍事的対立は欧州・大西洋共同体に資するだけであり、それより採掘鉱区やテクノロジーで協力しあうほうがよほど有益である。

  一方、ロシアと日本の領土問題は数世紀前から続いている。千島列島は1644年から日本地図に描かれている。日本人は列島南部を支配し、ロシアのアザラシ猟師たちは北部にやってきていた。1855年の下田条約で、列島北部はロシアに、列島南部は日本に割りあてられた。国境線は択捉島とウループ島のあいだを通っていた。隣にある大きな島である樺太(サハリン)は共有とされ、両国の川留者に開かれていた。

  1875年のサンクトペテルブルク条約で、日本は千島列島すべてを獲得し、口シアは樺太の統治権を得た。1905年にロシアが敗北したとき、ロシアは樺太の領有権は保持したが、日本が島南部の支配権を得た。

  第2次世界大戦末期、ソ連軍が千島列島と樺太を占領した。樺太については1875年の条約にしたがって意義は唱えられなかった。 1946年、ソ連は千島列島全体を併合し、南の4島に住んでいた1万7000人の日本人を追放した。両国には平和条約がまったく結ばれていない。1951年のサンフランシスコ条約により、日本は千島列島北部を放棄したが、南部の4島はそうではない。
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