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アレント 社会の原則

『アレント入門』中村元より 社会の誕生 社会の登場 「社会」の特徴

現代における三つの領域

 このょうに現代では社会の領域が拡大し、私的な領域と公的な領域のどちらも侵食するようになる。「家族という単位がそれぞれの社会集団へ吸収されていった」ことによって私的な領域の力が弱まっただけではなく、「現代世界で平等が勝利したというのは、社会が公的領域を征服し、その結果、区別と差異が個人の私的な問題になったという事実を政治的、法的に承認したということである」とも言えるのである。

 このような社会の領域の拡大は、大衆社会の到来とともに、わたしたちが生きる現実となったのである。わたしたちは社会のうちで生きながら、それでも労働によって私的な空間としての家庭を守り、公的な領域での活動によって、公的な問題に取り組むように務めざるをえない。アレントは現代における政治の領域と社会の領域の違いを、平等と差別という観点から規定している。

 その国家に含まれるすべての人を対象とする公的な問題について、現代の社会は法の前での平等を原則とする。その人の財産の多さや役職などの違いにもかかわらず、すべての国民は法の前では平等に扱われる。法律に違反した場合には、どんな地位の人でも原則として平等に扱われるのであり、高い地位にある公務員でも、万引きをした場合には罰せられるのである。「政治体において平等はもっとも重要な原則である」のである。

 ただし現代の生活では、こうした政治的な領域はそれほど重要な地位を占めなくなっている。わたしたちの生活の大部分は、差別を原則とする社会的な領域で過ごされるからである。「近代の訪れとともに、ほとんどの人は社会のうちで生涯の大部分を過ごすようになった。わたしたちを壁で囲んで守ってくれる自宅から足を踏みだして公的な領域のしきいをまたいだ瞬間から、わたしたちが入るのは平等を原則とする政治的な領域ではなく、[差別を原則とする]社会という領域なのである」。

社会の原則

 アレントはすでに社会が画一主義を特徴としていることを指摘していた。その社会が、差別を原則とするというのは、すでに確認してきたように、社会のうちで生きる人々の違いは、他者との差異のうちで生みだされるからである。アレントは、高校教育における人種差別の問題について考察した「リトル・ロックについて考える」という論文で、この社会的な領域と政治的な領域の違いについて考察しながら、「人々の違いを作るものはさまざまであり、たとえば専門分野での知識、職業的な資格、社会的な特性、知的な特性などで違いが生まれる」と指摘している。

 社会の領域では人々はこれらの特性の違いに基づいて、それぞれに閉じた集団を形成する。テニスが好きな人々はテニスクラブに入り、会計士は会計士だけの閉じた集団を形成するだろう。こうした集団にはその資格のない人々は入ることが拒まれるだろう。しかしそのために人間の平等の原則が犯されたと考える人はいないだろう。テニスができず、ゴルフが好きな人は、ゴルフのクラブを作って仲間と楽しめばよいのであり、テニスクラブや公認会計士の集まりから排除されたとしても、文句をつける筋合いはないのである。社会的な領域では差別と排他性が、重要な意味をもつ。「社会で重要なのは個人的に優れた特性ではなく、人々が所属する集団の差異である。ある集団に帰属するということは、同じ領域のほかの集団を差別することで、その集団の一員として識別されねばならないということである」。

 ただし公共的な場においてはこうした差別は許されるべきではない。アメリカ合衆国における公民権運動の進展とともに、誰もが食事できるレストランに白人だけしか入ることができない場合には、人種差別とみなされたし、バスで座る席を白人専用のものとした場合にも、人種差別とみなされた。しかしそうした公共的な場ではない社会的な場では事情が異なる。アレントは、「休暇を過ごす間はユダヤ人を目にしたくない人々を顧客とするリゾート施設があったとしても、それに反対する理由はない」と指摘している。

 ただし人種差別にかかわる問題は、それが社会的な領域の事柄ではあっても、アメリカ合衆国のように白人と黒人の差別が画然として存在する国では、ただちに政治的な問題になる傾向があった。現代では、女性差別の問題のように、社会の領域の事柄ではありながらも、政治的な問題として議論されることが多い家庭内の暴力のような問題も、私的な領域の事柄として放置されることはなく、法的な介入の対象となるのである。それでも私的な領域、社会的な領域、公的な領域についてのアレントの考え方は、わたしたちがこうした問題を考える際に、重要なヒントとして役立つものである。

 なおすでに指摘したょうに、『人間の条件』では社会という概念は公共的な領域との対比で、主として否定的な文脈において語られた。社会は画一化を強いるものとみなされていた。しかしこの論文では、社会は仕事仲間と働き、仕事の後では閉じた空間を作りだし、そして他者のまなざしを遮断して、友好的な関係を作りだす社交的な場が可能となる領域とみなされている。「わたしたちは生計を立てるため、または職業につきたいと願うため、あるいは他人とともにあることの喜びに誘われるために、この領域に入らざるをえないのである」。

 大衆社会というものが、画一主義が優勢となる領域であるだけに、こうした傾向に対抗するためにも、社会の重要な特徴である親密性の圏域を作りだし、そこにおいて仲間どうしの間で培う友愛と喜びの場を形成しようとするのである。
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