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現代コスタリカのコーヒー事情

『コスタリカを知るための60章』より

国際競争に挑戦する独自のブランド化をめざして

 ほろ苦く、しかし芳香な一杯のコーヒーは、私たちの日常生活に欠かせない飲み物である。眠気を覚まし、精神を活性化させ、また社交や恋人同士の語らいの道具ともなるコーヒーは、人類が愛用する数ある飲み物のなかでも、最も多くの愛好者をもっているが、同時に強い副作用を有する飲み物としても知られている。長い歴史のなかで、時代によっては媚薬、下剤、強壮剤、長寿薬として使用されたことのあるこのコーヒーがアメリカ大陸で広く栽培され始めたのは19世紀になってからで、ちょうどスペインとポルトガルの植民地から独立したばかりのラテンアメリカ諸国の独立国家形成期であった。

 コーヒーは、原産地アフリカのエチオピアから世界を一周し、現在では地球上のコーヒーベルトと呼ばれる、北と南の回帰線の間の熱帯と亜熱帯に位置する多くの国で栽培されている。北緯8度から11度に位置するコスタリカはまさにコーヒー栽培適地のひとつで、高品質のコーヒ上豆を生産することで知られている。そしてコーヒー経済の発達の歴史がコスタリカの国家と社会に与えた影響については、すでに第Ⅱ部で紹介している。

 コーヒーには、エチオピア原産のアラビカ種、コンゴ原産のロブスタ種、リペリア原産のりベリカ種が存在するが、まろやかな甘味があり、カフェインの含有量がほかの2種より少ないアラビカ種が、19世紀からコスタリカが生産するコーヒ-豆であった。しかしアラビカ種は高温多湿に弱く、年平均気温20度、気温の年較差の少ない熱帯の500~1800メートルの高地が適地である。このような条件を満たしているのが、コスタリカの中央盆地である。標高800~1500メートルのこの盆地は、現在その70%がコーヒー畑で埋め尽くされ、遠目にみる丘陵地のコーヒーの畝は日本の茶畑のようだ。

 かつてコスタリカの輸出総額の90%を占めたこともあるコーヒーは、20世紀半ばには30%前後にその地位を低下させ、同時に「コーヒー貴族」は没落した。そして第二次世界大戦後には中小コーヒー栽培農家の協同組合化と近代化政策を通じてコーヒー産業の組織化が国家によって推進されたが、1989年以降コーヒーはこの国の主要な輸出産品の地位を失ってしまった。その原因のひとつは、88年に国際コーヒー機構がコーヒー輸出量の割当制を廃止したことで起こった競争の激化とコーヒー価格の下落であった。コスタリカの輸出総額の30%前後をそれまで占めてきたコーヒーの地位は、最悪を記録した99年には4・4%にまで低下した。2000年には14%台にまで回復したが、この間の厳しい経験はコスタリカ・コーヒーの国際市場における地位を物語っている。

 割当制に守られていたコスタリカのコーヒー産業は、それまで自国産コーヒー豆をほかの国のコーヒー豆とブレンドされて販売することを認めてきた。その結果、専門業者を除くと、コスタリカのコーヒーが世界の消費者の間で知られることはほとんどなかった。しかし90年代の輸出の落ち込みによって目覚めたコスタリカのコーヒー関係者は、高品質のコーヒーを独自のブランドで国際市場に送り込む新しい戦略に取り組み始めた。

 2000年の資料によると、コーヒー産業に関わって暮らす人口は約30万人とされ、コーヒー栽培農家の数はそのほぼ4分の1の7万人であった。2015年には5万人となっている。収穫したコーヒ上豆を加工するベネフィシオ業者の数は93、輸出業者の数は56となっていた。1958年に最初の協同組合が組織されて以来、国家の指導で促進された協同組合は34となり、その組合員約4万5000のコーヒー農家が生産するコーヒーは総生産量の40%に達している。

 コーヒー生産農家の90%は面積5ヘクタール以下しか所有しない小規模農家である。一方、80ヘクタール以上を所有する大規模コーヒー農園は約10%となっている。ちなみに50ヘクタールのコーヒー農園を経営するには、経験を積んだ1人の現場監督と8人の労働者を常雇用する必要がある。この規模のコーヒー農園を切り盛りする現場監督は、経験を必要とするとはいえ、小学校教育レベルの人材で十分である。しかしさらに大規模なコーヒー農園を経営するには現場監督のほかに管理人が必要となり、1人の管理人が管理できるのは5人の現場監督までであるという。つまり250ヘクタールのコーヒー農園を経営する場合、40人の常雇用の労働者が必要となり、大学の農学部を出た専門家を管理人として雇用し、そのほかに会計係などの職員が必要となる。コスタリカのコーヒー農園の圧倒的多数は家族労働力を中心として若干の労働者を常雇用し、収穫期には臨時の労働力を使うという経営方法をとっている状況が容易に理解できる。

 このような小規模のコーヒー生産農家を束ねる協同組合は、これまで国際市場のニーズにあまり敏感ではなかった。ジャマイカやコロンビアのような独自のブランドでコスタリカ産コーヒーを売る努力をしておらず、どこかの国の製品とブレンドされて売られるのが普通であった。しかし自由競争の激化するなかで、高品質のアラビカ・コーヒーを独自のブランドで売りだす作戦が取り組まれており、その代表的なものが「ブリッツ・コーヒー」である。

 コスタリカを訪れる観光客の多くが参加するのが、首都サンホセから車で1時間ほどのエレディア郊外に位置するブリッツ・コーヒー農園ツアーである。1985年にアメリカ人がこのコーヒー農園を取得し、生産から販売にいたるまで独特のコーヒー・ビジネスを展開して大成功を収めたことで知られている。観光客を受け入れる農園の一部には、小劇場からおみやげ売店まで完備しており、観光客を迎える3名の職員はプロの劇団員で、コーヒーの歴史から栽培方法、さらにはコーヒー産業に従事する人びとの暮らしにいたるまで、物語風に演じながら紹介してくれる。それも19世紀のコーヒー農民の衣装をつけ、スペイン語と英語で演じる小劇はなかなかのものである。こうして販売先を拡張してきたブリッツ・コーヒーは、現在ではフアン・サンタマリア国際空港、国立劇場、その他いろいろな場所にしやれたカフエ店を開き、コーヒーだけでなくみやげものまで扱うカフエ・ブリッツ・ブランド商品の販売戦略を展開している。

コーヒー産業の進化

 コーヒーのブランドの代名詞とされる銘柄にはジャマイカのブルーマウンテン、米国ハワイのコナなどがある。また、グアテマラやコロンビアといった国のコーヒーも世界的に評価が高い。これまで、コスタリカのコーヒーについては、ある程度評価されてはいたものの、各農園から集荷されたコーヒー豆をベネフィシオ(大規模加工処理施設)業者が一貫精製したため農園や品種のカラーが出せず、個性に乏しく、コーヒー豆が小粒であるなどと言われてきたが、近年、後述のように好評価を受けることが多くなってきた。

 コスタリカのコーヒーは、国際競争に勝ち抜くために1989年から品質の劣ったロブスタ種の栽培が法律で禁止され、すべてアラビカ種になった。原種はティピカ種であり、これから突然変異種や人工交配種などで新種が生まれた。その中でも高収穫のカトゥーフ種(突然変異種)やカトウアイ種(ムンド・ノーボ種とカトウーラ種の交配種)が80%を超える。国土の太平洋岸斜面で栽培されるコーヒーは品質が高く、標高の高い所からストリクト・ハード・ビーン(SHB)、グッド・ハード・ビーン(GHB)、ハード・ビーン(HB)そしてミディアム・ハード・ビーン(MHB)と分類され、等級が順に下がって格付けされる。最高のコーヒーとされるSHBは標高1200~1700メートルで収穫される。この地域は日中雲や霧が発生しやすく、昼夜の寒暖差が激しいので高級なコーヒーを生む。

 2001~02年に史上最悪といわれる世界的なコーヒー危機でコスタリカのコーヒーも悲惨な状況に陥り、多くの生産者・協同組合・企業などが倒産した。この時、同国はコーヒー豆の品質改善に取り組み、品質の悪い大量の豆を焼却した。また、2001年からコスタリカ・コーヒー協会(ICAFE)が、コーヒーの生産・開発・商品化を向上させるために「国家コーヒー栽培計画」を策定・実施した。このことは同国産コーヒーのイメージ向上につながった。

 かつてコーヒー栽培は収穫量を増やすために、日向栽培(Iヘクタール当たり3000~5000本の密植)が多かった。しかし近年では日陰栽培(同1000~2000本、日陰となる樹木の下で栽培)が多くなってきた。これによって樹齢が延び、農薬散布量が少量で済み、有機栽培ができることから農園労働者の健康にも良い影響を与える。一方、通年の維持管理が必要であるため雇用が安定し、自然保護の観点からも推奨されて、日陰栽培は拡大の一途を辿っている。

 コスタリカはエコツーリズム、森林保護、生物多様性など、国を挙げて環境問題に取り組んでいるが、コーヒー生産過程にもそれは取り組まれている。手摘みしたコーヒ上豆をパルパーと呼ばれる果肉除去機にかけてそのまま乾燥させる方法(エコ・ウオッシュト方式)を採用し、ほとんど水を使用しない所が大半である。これはハニー精法(パルプトナチュラル)と呼ばれている。この方式によるとハニー(蜜)のような甘味を出す。コスタリカはこのハニー精法を重視している。また、除去した果肉は有機肥料として利用されている。

 現在は、世界的にコーヒーの「第3波」とも呼ばれるスペシャルティ・コーヒーの時代で、その特徴は1990年代初頭に北米で始まった「グルメ・コーヒー」である。第1波は第2次世界大戦後のインスタント・コーヒーの時代で、第2波はスターバックスなどのコーヒー・チェーン出現の時期である。スペシャルティ・コーヒーとはワイン・テイストのようにカッピングと呼ばれる審査会であるカップ・オブ・エクセレンス(COE)で良い評価をされたコーヒーである。コスタリカでは、上述のカトゥーラ種などのSHBを手摘みし、良質の豆を(ニー精法で精製している。また、既述のように従来は多くの農園からコーヒー豆を集めてベネフィシオで加工処理を行なったため、20世紀後半には各ベネフィシオ名が商品名になっていた。しかし、2000年代前半に生まれた「マイクロ革命」といわれる、家族や親類または生産者グループが運営するマイクロミルという施設で加工を行なうようになり、より細かな単位で加工処理でき、これで農園や品種ごとに個性を出せるようになった。07年にはコスタリカでCOEが開催され、その後マイクロミルが急増して、現在、国内に140以上ある。2014年のワールド・バリスタ・チャンピオンシップで日本人が初のチャンピオンになり、その際に使用したコーヒー豆がコスタリカ産(レオンシオ農園)であった。翌15年に開催されたCOEのオークションでは「日本とオーストラリアのロースターと輸入業者が最良のコスタリカ・コーヒーを購入」という記事(『ナシオン紙』6月18日)で紹介されたことからも分かるように、今最も注目されているのが同国産のコーヒーである。

 コスタリカにおいては、コーヒー栽培は零細・中小規模の生産者・協同組合が大半である。かれらはフェアトレード(FT)取引を行なうと、通常の収入に比べ、かなりの増収になるため、FT認証を得ようとしている。FTコーヒーは、大半が有機栽培であり、さらに中間搾取を排除した形で取引される。栽培者はこのFT認証を受け、その数量が年々増大してきている。フェアトレード・インターナショナルによると、2009~10年の世界のFTコーヒー総輸出量10万3000トンのうち、コスタリカは4120トンを輸出して、全世界の4%であったが、2012~13年に2万7900トンとなり、全世界の7%が同国産である。このように、認証を受けたコーヒーは着実に増加し、現在、コスタリカでは、9生産者組織、5貿易業者が認証を受けている。

 また、スターバックス社が2004年に土壌管理と農作物生産の専門家を集めた技術支援センターをコスタリカに設立して、生産者の生活向上、高品質なコーヒー豆の継続的な供給が行なわれ、ドータやクラスの農業協同組合は同社にコーヒー豆を販売している。いずれも太平洋岸に近い雲霧林の標高1200~1500メートルに位置する。2003年にアキアレス農園がレインフォレスト・アライアンス認証を受け、07年にはオア(カ農園などが続いている。ほかには、ベネフィシオ・セロ・アルトは、2011~12年のコーヒー収穫についてカーボン・ニュートラル認証を取得した。さらには、「トレーサビリティー」や「サステナビリティー」といった認証も取得しつつある。このように、さまざま認証を取得して、コスタリカは高付加価値のコーヒー生産に重点を置いて、他国との差別化を推し進めている。
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