goo

日米「同盟」が持続不可能な理由

『日本--呪縛の構図』より

これを書くのは実に気が重いことだが、やはり言っておかねばならない。アメリカは本来、日本のことなど気にもかけていないのである。だからといって、日本と個人的なつながりのあるアメリカ人が大勢いて、この国に親愛の情を抱いていることに変わりはない。日本料理にはまっている者、村上春樹の小説のファン、黒渾や小津の映画のファンなどはそれこそ何十万人にも上ることだろう。それ以外にも数百万人もの子供たちが日本のアニメを見て育ち、ハローキティやポケモンに夢中になっている。その結果、彼らは誰でも日本という国全体に対して漠然とした好意を抱いているのだ。その一方で、アメリカのエリート層は日本を「軍事資産」としてしか見ていない。自民党は、アメリカがついている限り、対中政策にさほど真剣に取り組む必要はないとどこか思い込んでいる節があるが、アメリカのエリート層はそれよりさらに危険で無謀な幻想に浸っている。それはアメリカが歴史的に北アメリカで保持してきた立場に匹敵する状況を国際舞台で再現できるという幻想である。それは潜在的な脅威や潜在的な挑戦者にまったく直面しないですむ世界、つまり妄想に取りつかれたアメリカの軍事計画立案者たちの言う「全局面優位性」(軍事的状況をあらゆる側面から完全に支配し、アメリカ貼独、あるいは同盟国と共同でどんな敵対勢力も圧倒する能力)を獲得するということである。

どうしてアメリカがこの悲惨かつ無謀な幻想にとらわれてしまったのかを分析するのは本書の範躊を超えている。だが、いくつかの重要な要素は強調しておく必要がある。第一に、この数十年間にアメリカで起きてきたことは、日本の近代史や日本の政治の仕組みに詳しい者にとっては聞き慣れた現象ばかりだということだ。第二次世界大戦でアメリカを勝利に導き、その後冷戦を戦うために構築された国家安全保障官僚機構が政治的に制御不能になった背景には、一九三〇年代に帝国陸軍が日本を「乗っ取った」時と似たような要因が働いていた。アメリカの過度の軍事的拡張--その背景にどのような力が働き、どんな結果を招いたのか--について最も鋭い分析を加えてきたのが故チャルマーズ・ジョンソンであったことは驚くに当たらない。国際政治学者のジョンソンはその学究生活の大半を日本の官僚制度の研究に費やしてきたからである。強大な官僚機構、あるいは官僚組織のネットワークの規模が一定の臨界量に達すると、それが国家や社会に対して持つ政治的影響力はあまりにも巨大になりすぎて、時に政治的に制御不能になってしまうのである。とりわけ、官僚組織が意のままに行使できる物理的強制力を手にしている場合はなおさらだ。アイゼンハワー米大統領はかつてこうした現象が起きる可能性について告発したことがあった。彼はこの新たな「軍産複合体」の暴走に歯止めをかけておかないと、アメリカの民主主義は破壊されるだろうと警告したのだ。だが、その警告が顧みられることはなかった。

一人の政治家が強大な官僚機構をねじ伏せ、国家の擁護者として広範な国民の支持を受けるー近代史において、そうした明白な事例は一つしかない。物理的強制力を有し、深く根付いた官僚制度に方向転換を強いることに成功したその政治家とは、フランスのシャルル・ド・ゴール大統領である。これは空しい空想にすぎないかもしれないが、もしド・ゴールのような政治家が日本の指導者であったなら、一九六〇年代にフランスをアルジェリアから撤退させたように、一九三〇年代に日本を中国から撤退させることが可能だったのではあるまいか。もしそうなっていれば、今の世界はどうなっていたかと想像せずにはいられない。

残念ながら、アメリカの政界にもドーゴールに匹敵する政治家が登場する兆しはまったく見られない。国防総省が有能に管理され、明晰な思考が可能な職員で運営されてさえいれば(そして言うまでもなくド・ゴール級の器量を持つ大統領がいれば)、普天間問題がここまで紛糾することはありえなかっただろう。海兵隊が関乗軍のように純然たる暴力行為に走ることはないだろうが、長期的な戦略的利益よりも近視眼的な組織の目的を優先して政府機能を乗っ取ろうとすることにかけては、両者には著しい類似点がある。

アメリカ帝国は構造的・制度的に外部世界について無知であるため、いずれ間違いなく崩壊する運命にある。無知な状態を修正するには、国家安全保障を最優先する国家体制を解体させるしかない。これは、一般的なアメリカ国民が海外事情に無関心であることや、外国語や地理を学ぶ学生が少ないことに対する批判ではない。また、アメリカのマスメディアでは薄っぺらな紀行エッセイの類を除き、外国に関する記事をほとんど目にしないことにも文句を言うっもりはない。実際に、海外生活の経験があるアメリカ人はいくらでもいるし、外国語を話せる者も、海外の特定地域に関する知識が豊富な人たちも決して少なくないのである。その意味では、アメリカの安全保障政策や国際関係にかかわる政府組織も採用する有能な人材には事欠かない。問題は、従来からの「常識」とされている考えが明らかに合理性を欠いていても、それに異議を唱えるような人材は求人、採用、養成、登用のプロセスから排除されるような仕組みになっていることだ。ニューこンャパン・ハンズに関しても同様の問題があることは、すでに指摘した通りである。日本の政策立案過程を支配する官僚機構の内情に詳しい行なら、これがどこかで聞いたような現象であることに嫌でも気づくはずだ。だがそれが意味しているのは、あらゆる問題がきわめて視野の狭い集団思考に支配されることにほかならない。たとえば、政治情勢について深く考えている者なら、小沢の北京訪問がアメリカにとって脅威どころか、長い目で見れば利益につながったはずであることは容易に見て取れたはずだ。ところが、リチャード・アーミテ上ンや彼の周辺の人々が理解できたのは、それが彼らが既得権を得ている日米「同盟」という独占領域にどのような影響を及ぼすかということだけであった。

指導者層や上級官僚たちの明らかな無能さにもかかわらず、アメリカ帝国がふらつきながらも前進を続けていられるのは、ドル中心の金融財政秩序に負うところが大きい。これまで見てきたように、日本はこの秩序を構築する過程で中心的な役割を担ったのである。日本の奇跡的経済成長と、それを模倣した韓国と中国をはじめとする国々の成長はこの秩序に助けられた部分が大きかっか。だがその一方で、束アジアの成長モデルがこの秩序と表裏一体の関係にあることを過小評価してはならない。この秩序を構造的に維持するには、アメリカは膨大な貿易赤字と経常赤字を計上する必要があり、日本、中国、韓国は膨大なドルを保有し続ける必要がある。これらの国々が輸出と投資を主体とする成長戦略を維持している(あるいはそれに束縛されている)限り、それ以外の選択肢はないのである。

だが、これらの国が保有する米ドルのおかげで、アメリカは通常の方法で帝国の財政を負担することを免れているのだ。つまり、経済的に非生産的な軍事体制を税金によって支える必要はないのである。これはアメリカが軍事体制を支えるためにまったく支出を要しないということではなく、その費用を賄うための借金の利払いに出費の大半を費やさずにすむということである。

だがその一方で、軍産複合体の維持に要する費用は、アメリカの労働者階級と中産階級に過度な負担となってのしかかっている。ドル中心の世界金融秩序とアメリカ帝国への資金供与はドルに対して構造的な上昇圧力をもたらし、それと同時にアメリカからアジアのパートナー諸国に向けて製造業の拠点(後にはサービス業も)が次々に移転されるようになった。結局、世界各地に拠点を持つ多国籍企業の司令塔となったのは日本ではなく、アメリカだった。今日の世界において財政的にも技術的にも主導権を握っているのはウォール街であり、シリコンバレーであり、アメリカの優れた研究大学であり、かつまた国家安全保障体制によって維持される研究施設である。その一方で、実際に製品を製造し組み立てる作業の大半は海外で行なわれている。

その結果生じた経済格差が政治的・階級的憎悪の直接の原因となり、今や帝国の様々なメカニズムの円滑な機能を妨げかねない状況が生じている。アメリカ帝国の戦争を支持することに、米国民はますます難色を示しつつあるのだ。(それらの戦争はいずれも帝国エリート層の様々な派閥によって必要と見なされている)。戦場がシリア、イラク、イラン、アフガニスタン、あるいは東シナ海であろうとその点に変わりはない。中国政府もこの点はよく理解している。中国の軍事力はアメリカに遠く及ばないし、「インターオベラビリティー」を通じて共同作戦の遂行能力を高めた日米合同軍の敵ではあるまい。だがそれを言うなら北ベトナムもそうだったことを忘れてはならない。中国はアメリカがアジアから撤退することを望んでおり、その気持ちはアメリカがアジアに残りたい気持ちよりけるかに強い。中国はそれを実現するために、長期的な視点で大きな賭けに出たのである。そこには日本にとっても大きな利害がからんでいるが、アメリカ人の大半はその気持ちを共有していない。だが、それが明確になった時、日米「同盟」は崩壊を免れないないだろう。そうなれば友人に去られた日本は、アジアで孤立することになるのだ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 日本--呪縛... ソクラテスの... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。