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企業社会と結婚

『家族社会学』より 結婚の多様化と家族

企業社会が結婚に与えた影響

 戦後も家父長制家族規範が維持された背景には、企業を中心とする社会の発展に伴い、「夫はサラリーマン、妻は専業主婦」という標準家族を前提とした、夫を主軸とする世帯単位の生活保障制度が構築されたことに依拠する。企業を中心とする社会は、明治期に日本の近代化とともにすでに構築されはじめていた。桜井陽子・桜井厚は家父長的家族規範に基づいた戦前の大企業と従業員とその家族との関係を次のように説明している。企業は従業員には主人(おおやけ)であり、企業は従業員に恩(生活保障する賃金)を与え、従業員は恩に報いるため私(わたくし)を捧げて公に尽くす。従業員は家族には主人(おおやけ)であり、家族に恩を与え、家族は私(わたくし)を捧げて公に尽くす。企業の原理と家庭の原理とは相互に補完しあっていた。

 戦後は、企業別組合の成立により労働者と企業との利害は結びつくことになった。組合は家族を抱えた男性労働者の生活の安泰を要求し、経済の発展とともに要求は満たされた。その結果、家庭生活を保障する年功序列賃金体系、男性の雇用を安定させる終身雇用制など、いわゆる日本的経営雇用慣行が成立し、家族は企業組織に組み込まれていったのである。従業員の福祉を企業が担うシステムが大企業を中心に構築されるとともに、企業への貢献が家庭の幸福につながるという社会意識が形成されていった。

 このように企業が従業員の家族までの生活保障を担う家族主義的な経営イデオロギーは戦前と戦後で連続しており、間宏は戦前を経営家族主義、戦後を経営福祉主義と名付けた。

 一方、憲法第24条では婚姻における当人同士の意思が保障されたため、恋愛と結婚を結びつける恋愛規範は定着し、第3章でみたように恋愛結婚は増加した。高度経済成長期には、男性1人の賃金で家族を養える経済状況の中で性別役割規範が一般化し、結婚は、男性にとっては妻のために企業に貢献する役割を引き受けること、女性にとっては夫が英気を養う心地よい私的空間を用意する役割を引き受けること、と男女で異なる意味をもつようになった。結果、夫と妻が相補う役割を果たすことが愛の表現と考えられるに至った。

 1975年以降、高度経済成長期の終焉に伴い、既婚女性の就労率は高まり結婚の実態が変化していく一方で、性別役割規範や恋愛規範は残存し続け、実態との間に薩齢を生み出すこととなった。

低経済成長期に家族主義的社会保障政策が結婚に与えた影響

 日本では1973年のオイルショック以降に経済の低成長期に入ってからも、依然として近代的な結婚規範が維持された。特に社会保障政策がより家族主義的制度に傾いたことの影響は大きい。家族主義的制度とは、エスピン・アンデルセン(G.Esping-Andersen)によると「家族がその成員の福祉に対して最大限の責任を持つべきだという前提に立って政策が作られる制度」である。低経済成長期に入り、夫は稼得役割を担うものの1人の稼ぎでは家計の維持が難しくなった。一方、雇用の流動化が進められ、家事役割を担いながら家計を補充するためパート就労をする妻が増加した。この時期、社会保障政策上の標準家族は「夫はサラリーマン、妻はパート主婦」となり、法律婚内での夫婦は手厚く保障された。たとえば、1980年代には「家庭基盤充実策」として、配偶者の民法上の法定相続分引き上げ、税金の配偶者控除、配偶者特別控除、年金保険料の第3号被保険者への免除、パート所得の特別減税、同居老親の扶養控除などが導入された。これらに対し、大沢真理は「基本的に家庭にあって妻・母として、時にパート就労をこなしながら、家族員に「生活保障」を提供する女性の役割を、主に夫の財政福祉を通じて「評価」し、性別役割分担を維持させようとした」としている。たとえば、配偶者控除は、妻の収入が年間103万円未満の家庭に対し、妻を扶養する費用を考慮して夫の税金を控除する制度であり、このような税制を通じた納税者への間接的な給付を「財政福祉」という。夫経由の財政福祉のもとでは、性別役割分業規範が強化されるとともに、被扶養者(妻)はその間接的な給付は受けられないという問題が存在する。

 女性は、夫の財政能力で自分の評価が定まる状況で、結婚によって自身の評価を下降させたくないなら、結婚相手を自分の生殖家族と同等以上の階層から選ぶという結婚戦略をとることになる。実際、1985年のSSM調査に基づき女性の結婚動向を分析した渡辺秀樹と近藤博之によると、恋愛結婚の方が見合結婚より、父親の職業に連関した階層の配偶者選択をしている傾向にあった。たとえば、サラリーマンの父親のもとで育った女性は、父と同じくサラリーマンである男性と恋愛をし、同類婚を行うことになる。恋愛結婚のもとでは社会階層に縛られない結婚が可能であるが、SSM調査の結果は、女性がいかに結婚相手を自分の生殖家族の社会階層を意識した上で選んでいるかを示している。

 経済の低成長期には、社会保障政策上の標準家族から外れた人びと、すなわち、離婚したり婚外子を生んだ女性は、法律婚内での夫の財政福祉の恩恵がないため、不利な状況に追い込まれた。たとえば、母子世帯(20歳未満の未婚の子どもと母の家庭)では、母子世帯になった理由(死別、離別、未婚の母)別で、待遇が異なる。死別した場合は法律婚内での事故であり、母の収入に関わらず夫(父)の遺族年金という形で母と子の生活が保障される。だが、女性が離婚したり婚外子を産んだりした場合は、母の収入額によって児童扶養手当(子どもは18歳未満)が給付され、その額は遺族年金よりも低い。妻には優しく母に厳しい社会保障制度は、母役割と妻役割は一体化していなければならないとする近代家族規範に基づいている。さらに、1980年代には、18歳未満の子どものいる夫婦間での離婚増加に伴い、児童扶養手当の総額を抑えるため、支給対象の所得制限が引き下げられて保障水準が低下した。また、父子家庭も増加したが、妻の家事役割を前提とした社会制度では、父が稼得役割を負いながら子育てするのは困難で、転職などで減収を余儀なくされる家庭も増加した。

 また、1980年代から中山間地域を中心とした地方圏では、外国人の妻と日本人の夫という国際結婚が増加している。妻の国籍は、中国、フィリピン、韓国・朝鮮、タイと、日本とは経済格差のある国が中心で、外国人妻には、出産と親の介護が期待されていた。家族主義的社会保障制度は国際結婚の増加という結果をももたらした。
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