goo

インド 個の徹底から「一と多の相即」へ

『インド人の「力」』より 多様性大国の光と影--「個の力」がせめぎ合う国の人間模様

放任あれど排除なし

 現代インドについての軽妙なエッセイを書いた冬野花は、「カースト制度などに見られるような徹底した『差別・区別』がある反面、インドには『否定』がない。何でもかんでも混ぜこぜのまま、あるがままに放っておく。存在は認める。あとは神様にお任せする」と述べている。名言である。要は、インド全体が混ぜこぜの自由放任状態なのである。

 「放任」は、人間社会のみならず神々や動物にまで及ぶ。神は謹厳な存在とは限らず、いかがわしい神、放逸な神、好色な神についての神話にも事欠かない。神さまも勝手気ままなのである。人間の生活空間で、牛、羊、犬、猫、猿、リス、ニワトリ、トカゲ等々が、自由に草をはんだり走り回ったりしている。日本とインドを比べる興味深いエッセイを書いたシャルマは、「日本は経済的に豊かな国であるから動物が溢れていると思った。しかし現実は違っていた」と述懐している。成田空港から都内のホテルに向かう道すがら、動物の姿をまったく認めなかったからである。インドでは「生き物に溢れていること」、つまり生物多様性が豊かさのイメージと直結しているのである。

 インドでは家畜であっても紐や鎖がかけられていることは少ない。先の冬野花は、インドの犬について著書でこう述べる。「インドで犬を見るとよく思う。放っておく、というのは『同等』ということなんだ、と」。まさに同感である。ただし、放任され過ぎて野犬化し、集団で人を襲うことがあるので注意したい。デリーに留学していた日本人学生が野犬に囲まれ、ほうほうの体で電柱によじ登り、難を免れたという噂を聞いたことがある。

 顧みれば、太古以来インド亜大陸は多人種・多民族が織りなす一大空間であった。紀元前六世紀どろ、仏教、ジャイナ教など革新的な数多くの思想・宗教が花開いたのは、さまざまな民族集団が交錯し混在するガンジス河中流域であった。要するに、民族のどった煮的環境だったのである。この時代に現出した百花椋乱的な思想状況を、社会学者マックスーヴェーバーは「人類史上で思想表現の自由が最も享受・保障された時代」と評し、宗教学者ミルチア・エリアーデも「ギリシャの精神文化全盛期にも比肩する」と述べている。自由な雰囲気に触発され、神の存在やづフモンの権威をも否認する教えを含む多種多様な思想が生まれた時代であった。いかなる考えも弾圧・抹殺されることなく存在が認められたのである。いわば思想・宗教の自由放任である。

 インド哲学者の中村元は、文献上の証拠をもとに、ジャイナ教の開祖マハーヴィーラが出た古代ネパールのリッチャヴィ国には、肌の青い人、黄色い人、赤みがかった人、白い人など、多様な人種が見られたと述べている。インド思想の多様性の元を辿ると、まさしくこの時代に行き着く。思想的多様性は、インドの民族や言語文化における多元性・複合性と密接に関連しているのである。

 南アジア文明の黎明を告げるインダス文明自体、がっては均質な文明と見られていたが、最近の考古学研究から、はじめから多元的な要素を胚胎していたことがわかってきた。インド文明を産み出し、それを絶えず更新し活性化していく原動力は、インドの風土申人々のもつ多元性・複合性に求められそうである。食材個々のアイデンティティを保全しつつ渾然と一体になった「カレー」は、インドの食文化を代表するだけでなく、先史時代にまで遡って多様性大国インドの文化・社会の特徴を映す鏡でもあるのである。

異質性の許容と「均質恐怖」

 日本に「隣百姓」という喩えがある、「隣家が田植えをすればうちも」という心情である。戦後の日本にも、「ご近所がピアノを買えば我が家も」的な「右へ倣え主義」が支配した一時期があった。日本の大学や学界でも、善し悪しは別として、博士号所持者とそうでない者とを区別して言及する習慣に乏しい。おしなべて「~先生」「~教授」で一括りにされてしまう。

 これに対し、インドにあるのは「均質の理想」とは真逆の心性である。違っていることから物事が始まるインドでは、他人と異なっても肩身の狭さに苛まれることはない。変異体の存在も正当化されるので、定説・定番・定石・常識がなく、人により考え方ややり方が異なっても是認される。区別・差別はあっても、存在そのものが排斥されることはないのである。「出る杭は打たれる」と自重するのではなく、「出る」ことを憚らない。時と場合によっては、他人を出し抜いてでも自分を通し、進んで自己を差異化しようとするのである。日本の職場には上下を含めて仲‥間意識というのがあるが、インドで目立つのは互いを差異化し区別しようとする傾向である。

 日本人は均質的なることに価値を見いだし、全体の向上を志向する国民性をもつ。これこそサルヴォーダヤ(‥社会全体の向占の精神である。ところが、インドは逆に差異を当然のこととし、それを前提に社会が成り立ってきた。「一億総玉砕」「一億総中流」「一億総活躍」のような挙国一致的発想が生まれる余地はないし、そもそも馴染まないのである。

 ところで、インドの伝統的な意匠や造形美術には「空間恐怖」--空隙や余白に対する一種の強迫観念--があると言われる。有名な南インド・マーマッラプラム(マハーバリプラム)の壁面レリーフやインド中部・サーンチーなどの仏塔の欄楯には、すきまの残存を恐れるかのように、所狭しと彫刻が施されている。密教のマンダラにも、立錐の余地なくぎっしりと諸尊が描き込まれる。これが「空間恐怖」である。一方で人間関係においては、「均質恐怖」的なものが、インド人の心性に深く根づいている。背景や行動パター・ンを同じくする均質な集団内にいると日本人は安堵を感じるのに対し、インド人はむしろ居心地の悪さすら覚えるのである。

 異質性を許容するインドでは、画一的な方向に人を誘導せず、多様な個性を抑圧せず伸ばすところがある。インドのキリスト教を研究する知人から聞いたのだが、インドの修道会では、内部の役割分担や将来の進路を決める際、修道士個人の資質や向き不向き、個性などを勘案して、司牧、組織運営、教育研究等々、もっとも適した活動分野が割り当てられるという。

個の徹底から「一と多の相即」へ

 話は変わるが、古い伝統をもつインドの哲学や神学は、煎じ詰めれば、個(差異)を全体(一般)との関わりの中でどのように位置づけるか、いかにして整合させるかについての悠久の思想的営為であると言える。個の多様性を普遍との関係からどのように説明するか、個を全体の中でどう意味づけるかをめぐる長大な思考の営みなのである。

 解脱した魂は神と融合するのか、個々の魂の違いは永遠不変なのかなども俎上に載せられる。思想的にも多様をきわめるインドゆえ、さまざまな考え方はあるが、マドヴァという有力な神学者(一二~一三世紀)が唱えた理論(多元論)によると、個々の魂(個我)と神と物質(世界)は互いに完全に別物であり、魂同士もまったく異なる。魂はたとえ解脱して神に近づき得たとしても、別異性は永遠に存続する。「異なりの思想」が究極まで徹底されているのである。ここには「大自然と一体になる」とか「神と一つになる」的な観念が入り込む余地は二切ない。別のものはどこまで行っても別なのである。

 ただし、インドでは一元論的な思想があくまで主流をなす。その中の不二一元論という体系は、現象世界を覆い尽くす「差異」を幻影(まやかし)として斥ける。真の知を得た者にとっては、森羅万象の背後にあり、それを成立させている唯一無二かつ無属性の梵だけが真実であり、それ以外のものはすべて幻覚であり虚偽であるとする。多様を極めるこの世界を認め、それがそのまま唯一神の様相であるとする学派(被限定者不二一元論)もある。これら世界解釈における立場の違いも、結局のところ、「多様なるものの統一」をめぐる思想的解釈の多様性を物語るものと言っていい。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« インドとヨー... サウディアラ... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。