みちのくの放浪子

九州人の東北紀行

西鶴忌

2017年08月10日 | 俳句日記
井原西鶴像 (1642〜1693)

8月は、正史にしても裏面史にしても、
昭和20年だけで、毎日記事が書ける。
むろん、戦争に関してである。
暗いこと極まり無い。

そこで今日は『軽味』の話題をひとつ。
井原西鶴と言えば、「好色一代男」と
「矢数俳諧」がキーワードである。
文学史上は、戯作者より俳人に属する。

芭蕉以前は、和歌の世界から派生した
「俳諧連歌」を、庶民の文学として松永
貞徳が独立させ貞門俳諧を流行らせた。
芭蕉も、初めはこの門で学んでいる。

ところが、移ろい易いのが世の常、古典
的な教養を前提とする貞門派は、大衆か
ら敬遠され始め、そこに大阪の連歌師、
西山宗因が句作の自由度を増した談林派
を立ち上げた。

西鶴は、この門下の優等生である。
何せ解放された言葉の世界で、自由に遊
べるのであるから詠むのに苦労が無い。
ついに、一日に何作詠めるか挑戦した。

それが「矢数俳諧」である。
お武家が、京都三十三間堂の弓場で一日
に何本矢を射れるか競うことに因んで、
あろうことか、遊びにしちまった。

始めは、日量1600句、一作54秒。
二回目は、4000句、同24.1秒。
貞享元年(1684年)の最後の記録は、なな
んと23500句、同3.7秒。

信じられます⁉️

こうなると、文字の世界ならばブライン
ドタッチ、言葉の世界ならばラップだ。
五七五を早口で読んで、やっと3秒。
それを、24時間創作しながらである。

気力、体力は鍛えればなんとかなるが、
まず頭脳がもつのかね?
でも、歴史に残っているからな〜。
西鶴はラッパーの神様だったのである。

日本のラッパーよ、西鶴を目指せ‼️

〈西鶴忌 矢数ラップの 小気味哉〉放浪子
季語・西鶴忌(秋)

8月10日〔木〕薄曇り
昨日は、また失敗してしまった。
夏の通り雨を時雨と書いてしまった。
「時雨」は晩秋から初冬にかけて降る
通り雨を言う。
従って、季は冬である。
投稿した後に、ハッ!と気付き調べたら
上記のとおりだった、赤面の至り。
驟雨とでもしておけばよかった。
今年になって、何度目かの訂正です。
後学の為と思ってお許しください。
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