みちのくの放浪子

九州人の東北紀行

臣と民

2017年07月29日 | 俳句日記

「国体」とはその国の持つ品格と言って
いい。
洋の東西を問わず紳士、淑女と言われる
方々は、其の国を代表して来た。

だからと言って常に高潔な人格がその国
の危機を救ったという事もない。
最たる例えが「宋襄の仁」なのかも知れ
ないが、襄公を春秋五覇に数えるむきも
ある。

マキャベリや韓非子が権力奪取のノウハ
ウ書ならば、地球はとうに滅んでいたで
あろう。
だからと言って「徳弧ならず」とも言え
ないところに人類の悩みがある。

我が国の「国体」は、と言うと、縦軸に
自然への畏敬(神道)を据え、横軸に極小
から無限までを考察する(哲学する)仏教
を置いたことに始まる。

その座標軸を定めたのが、ほかならぬ聖
徳太子の「十七条の憲法」であった。
その交差点に天皇を置き、同位に民を置
く、所謂「君民一体」である。

その同心円の中は、実に自由であつた。
「万葉集」の心根は、人としての自然な
感情に溢れている。
一万年の平和を享受した縄文人そのもの
の自由に満たされていた。

その君民を守り司るために官職が必要と
なった、「臣連(おみむらじ)」である。
君民の同心円の外側を堅くガードするの
である、支配するのではない。

日本社会はヒエラルキーではなかった。
そこに2600年続いた礎があった。
西洋の哲学では理解し難い概念である。
臣連に要求されたものも品格であった。

慣れると言うことは、ある意味思考を停
止することでもある。
だから良い習慣を身につけることに人は
努力する。

考えることなく、正しい言動が取れる人
は安心できる。
まして、臣と呼ばれる方は社会の模範と
されてきた。

仏教に言う「八正道」や「十善戒」は
その入り口を示すものだ。
森羅万象への畏敬と官としての務め、臣
に課せられた使命は大きい。

九州大学理学部を経て、官職を勤め上げ
た方が亡くなった。
しかも、学生時代から日本文化の擁護者
として生涯を捧げた方であった。

自らも和歌を良くし、後進の指導も怠ら
なかった。
頭脳と心のバランスが良く取れていた。
問題の本質に挑戦する勇気があった。

記憶力に頼り過ぎて、前頭葉辺縁系が退
化したのか、官職にありながら
「このハゲ〜ッ」などと呼ばわる人など
は、爪の垢を煎じて飲めばいい。

光栄な事に、偲ぶ会に参列を許された。
献歌の機会を与えられた。

〈千早振る 神のまします 我が国の
臣と尽くせし 人の逝くなり〉放浪子

7月29日〔土〕晴れ
午前は、室内整理に追われた。
午後は、稲垣洋一氏の偲ぶ会に参列。
爪の垢を煎じて飲みたいのは私か⁉︎

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