金木犀が香り出した。
無論、秋の季語である。
花言葉は、謙虚、謙遜、真実、陶酔。
馥郁たる香りは陶酔するに価する。
私は、不思議とこの香を嗅ぐと、かつて
嗅いだ街の情景を思い出してしまう。
子供の頃に嗅いだ街も、大人になってか
ら嗅いだ方々の街角も浮かぶのである。
良い香りを含ませた薄絹を、突然ふわり
と被せられたような出会いの中に、驚き
と、懐かしさと、嬉しさがない交ぜにな
って記憶の扉が大きく開かれるようだ。
子供の頃は、香りの出処を探して、見つ
かれば安堵した。
大人に成ると、香りに身を委ねて、暫し
の別世界を味合う様になった。
その時にあちこちの街角を思い出すので
ある、悲喜こもごもと一緒に。
居所の定まらぬ人生を送って来た人間の
特権なのかもしれない。
この秋も、この匂いと共にどんな記憶が
私の頭に刷り込まれて行くのだろう。
〈金木犀 記憶の底に 香りおり〉放浪子
季語・金木犀(秋)
10月6日〔金〕雨のち曇り
今日は満月なのに、この天気だ。
今年は、値千金の月に縁がないようだ。
東北入りをしたその年に、仮の宿の奥
まで月光が差し込んだ。
思わず全ての電気を消したものだ。
あの光景は今でもまざまざと思い出す。
人は花鳥風月と生きている。