真逆の日常生活。

無常の日常生活からアナログなマスメディアへの不可解な違和感。

私達は何処へ向かう(・・?)part1 予兆

2017-04-06 00:38:44 | 日記

皆様、こんばんは。今日のブログでは、私がブログを始めた理由から人々が向かいあう世界までを、約三章に分けて書いていきます。まずこのブログはtwitterのURLと連携してます。twitterを始めたいきさつは、私が日常生活でのコミュニケーションを非常に苦手とすることや、そういう社会生活の中でのわだかまりを、自分の内部に抱えている事でもあったのです。そのような時に自分は何かしら一人で呟いていました。少し話がずれますが現代社会の生活において、常に人間は何かしらの成長なり自己なりの進歩を少しずつ成し遂げています。只、その成長や進歩はその人次第において違うという事です。それは自分の立場によって大きく変わるというだと思います。私は生活や仕事でも、一瞬の出来事の度に自分が何かを呟いている癖がある事に気付いたのです。インスピレーション 閃き アイデアが言葉の代用として浮かんできますが、私の場合はいわばそれに近いヒントのようなものです。その時は人の頭脳が活発に動くからこそであれ、そのような事ができるのだと思います。しかし時間が経つにつれて、いつの間にかその閃きに基く呟きは記憶にすらないのです。自分の中ではその言葉が、+になったりするのですが、いつの間にか言葉が浮かんでこない。何か非常に勿体ないなと落胆しました。そんなこともありながら、自分のひとり言や呟きを何かしら媒体に残したいと思いはじめたのがtwitterでありました。このブログはある意味その延長のようなものです。SNSやブログで個人でも情報が発信できることは、新たな価値を作っちゃう事も可能なんだと勝手に思い込みながら、今日のブログは終了します。では、次は二章でお目にかかります。失礼。

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