tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

ランチde世界放浪(42その13)

2016-04-25 21:06:28 | ランチde世界放浪

 ワールド・ブレックファスト・オールデイ (WORLD BREAKFAST ALLDAY)
  住所 東京都渋谷区神宮前3-1-23 1F
   03-3401-0815

料理が2ヶ月毎に替わり、世界各国の朝ごはんを楽しむことができるこのお店。
オシャレな店内でやさしいお姉さん・お兄さんたちが、英語と日本語を混ぜて気軽に料理の説明をしてくれる。

今月はトルコ。 アジア・アフリカ・ヨーロッパ、3大陸にまたがる国。
トルコに行ったらケバブでしょ、ヨーグルトでしょ、そしてパンでしょ。んでチャイですかね。。
さて、伝統的な朝食は、パンと少しの蜂蜜。卵、オリーブ、チーズ、きゅうりとトマトとパセリ、そして、紅茶(cay)。
この日のワンプレートには、おかずクレープ「ギョズレメ」、ナス、ししとう(ピーマンOK)、トマトを、にんにくとハーブ、塩胡椒、たっぷりのバターかオリーブオイルで炒めて卵でとじた「メネメン」、ハチミツをかけたヨーグルト。
そのまま切って盛り付けただけのトマトときゅうり。

遊牧民の時代から、宮廷料理の時代を経て、やっぱり年季が違う。
食材とスパイスの組み合わせが絶妙。さすがは地理的にも歴史的にも他国に大きな影響を与えた国。
朝からスパイスの効いたチャイでいただきます。


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チェンマイ観光

2016-04-24 22:26:16 | 大島笑顔100プロジェクト



トクトクに乗り走り回っていると、街には緑が多いことがよくわかる。城の名残をとどめる城壁と濠に回りこ囲まれた城跡にできた旧市街は2km四方の区画だ。
ここはタイ国ではなく、ランナー王朝の都だった。街の東側にピン川が流れ、西にはドイステープ(ステープ山)がそびえる。
この旧市街へは東のターペー門、西のスワンドーク門、南のチェンマイ門、北のチャンプアック門の4つの門から出入りする。濠の周囲には木々の緑が美しく、タイの国花ゴールデンシャワーの黄色い花や、火炎樹の赤、ブーゲンビリアが濠の水面に映えている。乾季の今は、街は走り回るトクトクや改造トラックの赤いテンソウがたてる埃だらけだ。

さて、何年か前にチェンマイを旅したときは、地元の人々にチェンマイの地図を開いて道を聞いたときにいい加減な答えしか返ってこなかったので困惑した記憶がある。タイの人々は地図を見れないんだとか、そのときはそんな風に思っていた。
ところが、今回、ホテルでチェンマイの大き目の観光マップをもらって誤解がとけた。観光マップには記憶にある4つの門と城壁。
マップにしたがって、徒歩20分ぐらいと思えるターペー門を目指してひたすら歩いても着かない。
・・・地図を見ながら迷子に。
そんなことを何度も繰り返していて、地図をよく観たら「縮尺はいい加減」の記載。
どうりで、地理に詳しい地元のタイ人が地図をひっくり返したりして眺めるわけだ。ごめんよ。数年もの間、タイの人々のことを誤解してました。すまんかった。。

さて、チェンマイの街の西側にそびえるドイ・ステープ(ステープ山)には、金色に輝く大きな仏塔があるワット・プラタートや、モン族という山岳民族の村、国王夫妻の離宮などがあり国立公園となっている。
前にチェンマイ大学の学生たちが、このドイ・ステープを徒歩で登る映像をyoutubeの動画で観た。タクシーのドライバーに聞いたら、いまでも行事として行われているそう。
・・・2時間のハイク。普段は暑さを逃れて歩くことをまったくしないタイの学生たちにとって、この急坂のハイクは彼らの人生における地獄の苦しみなのかもしれない。。
https://www.youtube.com/watch?v=Rr8p-Km-Yt0


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土曜のジャガイモ(110)

2016-04-23 23:55:38 | 料理のサイエンス

フィッシュ・アンド・チップス@チェンマイ。
なんでチェンマイ(タイ)でフィッシュ・アンド・チップスなのか、自分に問い詰めなきゃならないが・・・
南国のタイでもジャガイモは栽培されている。世界で一番おいしい料理といわれるマッサマンカレーにはジャガイモと鶏肉がホロホロに煮込まれてるし、タイ語にもジャガイモの固有名詞「マンファラン」(タイ語は読めないし書けないのだが・・・)がちゃんとある。
もちろん、コンビニ(現地ではすべてのコンビニが「セウェン」)の棚には、フリトレー社のポテトチップス「Lays」が並んでいて、タイならではのスパイシー味をはじめ、日本風ワサビ味や海苔味、サーモンテリヤキ味やらがある。
https://www.youtube.com/watch?v=KyUETiJtlTo

ではあるが、タイ料理のレストランでマッサマンカレー以外にジャガイモを使った料理というと、ほとんど見かけない。日本の肉じゃがやイモの煮っ転がしのように、主に家庭料理の食材として食べられているのかも知れない。
こうしたタイの食事事情に関する情報はなかなか入手することが難しく、現地に友達を作るしか情報入手の方法がなさそうだ。

ということで、ナイトバザールの一角の店で、古代神話に登場する獅子のビール・シンハー・ビールとともにフィッシュ・アンド・チップス。
うむ。ポテトはふにゃふにゃのちょっと残念な味。フィッシュは白身の淡白な魚。。
ひょっとしてこれ、バサ?「サバ」じゃなくて「バサ」。
ナマズ目パンガシウス科ギバチパンガシウス属「バサ」ベトナム等で養殖されている、ナマズの一種かも。やぱ、チェンマイにタイ人の友達が必要だ。。


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チェンマイの光と影

2016-04-22 21:37:33 | プチ放浪 都会編

チェンマイの街を歩いていると、道端で物乞いをする人がめっきり少なくなっているのに気がつく。
数年前に来た時は、ハンディキャップを抱えた年取った老人の手を引いたオバサンや子供がやって来て、施しを求める姿をよく見かけた。タイの人々は、功徳を積むために施しをする。その一方で、災害があった時の寄付はすれど、個人の物乞いに施しなど与える機会がなかったぼくは、どうすればいいのかと困ってしまっていた。

当時、タイの物乞いはビジネスになっていて、子供連れの物乞いの子供はレンタル制とか、時間がきたらバンが迎えに来るとか、そんなうわさが色々あった。タイはそれほど貧しい国というわけでもないので、物乞いは国の恥だと怒っているタイ人もいた。

聞いた話では、隣国のカンボジアやミャンマー、ラオスから密入国した外国人であるうえに組織ぐるみで幼児や身障者が「営業」させられるケースが多かったらしい。
これに対し、タイ政府は外国人の物乞いを取りまるために「身体に障害がある」「ホームレス」「子どものいない高齢者」など物乞いをする理由のある人に「物乞い許可証」を発行。

こういったいきさつがあったせいか、今ではほとんど道端で物乞いをする人をみかけなくなった。
ただ、なおさらこういう状況のため、ワット・プラタート・ドイステープとかで、少数山岳民族、モン族の衣装を纏った少女の集団とかを見ると心は複雑だ。
まだ小学生にも満たないようなあどけない顔をしていたが、学校にも行かず、このような大道芸人まがいのことをして日銭をかせいでいる幼児体験、身奇麗な民族衣装の裏側に隠された民族の悲哀も感じざるを得なかった。
少女の一見屈託のない笑顔には、この国に暮らす少数民族の本音が透けて見えた。


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ミス ソンクラーン インターナショナル ・チェンマイ

2016-04-21 21:46:43 | プチ放浪 都会編



大騒ぎしたソンクラーンも終わり、通常通りの生活がはじまる。
チェンマイではソンクラーン期間中に、美人コンテスト 「ミス・ソンクラーン・インターナショナル・チェンマイ」 が開催された。
それにしても、タイではミスコンテストがよく開催される。何かの祭り事やイベントがあると必ずといっていいほど、ミスコンが組み込まれるようだ。それも、外国人旅行者に向けた観光事業ではなく、地元の人たちが熱心に見入っているイベントとなっている。

タイ人のガイドに聞くと、やはりミス・コンテストが好きという。というよりも、かの若い男性ガイド氏は、どうやら美人をながめるのが好きなよう。
聞くところによると、タイ全土で一年間に行なわれるミス・コンテストは70回を超すらしい。
・・・よく飽きずに観れるね というのが実際のとこの感想。

さて、「美人」あるいは「美」というものを、本質的に考えてみる。
写真を撮るうえで、絵になりやすい「顔」というのは確かにあると思う。
うつむき加減の女性がこぼれんばかりの瞳でレンズを見つめてるとか、その表情から彼女の人生が垣間見えるような写真だ。

考えれば考えるほど、とてもひとつの見方や価値観で、美の基準というものは、簡単に決めれるものでもないし、そんな基準をあげつらうこと自体、大いにためらわれる。
そもそも美人というものには、世界各国でそれぞれ違いがあって当然だ。
楚々として慎ましい女性を美しいと思うタイ人のような見方があっていいし、最近の日本のように自分の生き方をどこまでもストレートに通したはじける笑顔の女性もまたいい。
この世には、ユネスコ世界遺産のように、価値観の違いを乗り越えても分かる人類普遍の女性の美しさというものはありえないのかもしれない。
また、そんな絶対的な価値基準を、活き活きとした若い女性に当てはめ、世界中のさまざまな「民族」と「民俗」の差異と「人種」や「宗教」の壁を乗り越えては決められないだろう。

つまり、タイにかぎらず、どこの世界に行っても、ミス・コンテストは、世界の多様な美の基準とも、ジェンダーの思想深化からも遠く外れた、時代錯誤のコンテストでしかない。もっと言えば美人に世界標準などない。さまざまな価値観に基づく美の基準が元々存在していると思う。
文化の多様性が重要になりつつある21世紀の世界にあって、セクシャルなヒロインを選ぶ美人コンテストは、取り残された時代錯誤の「アンシャン・レジューム」であって、その意義も含めて再考されるべき時期が来ているのかも。
・・・ちなみに、タイのミス・コンテストに決して出ることとのない山岳民族の女性たち。彼女たちの悲しげなまなざしに、ぼくは女性の美しさを感じられずにはいられないでいる。


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