tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

「北限の海女さん」

2010-08-31 23:01:45 | 日記

 
 
 
 

作家・水木洋子の脚本によるラジオドラマで一躍有名になった「北限の海女」。
このドラマは、昭和34年(1959年)11月27日の夜、NHKラジオ第一で放送されたものだ。そして、その年の芸術祭賞を受賞。
この脚本を読みたくてあちこちを探してみたのだが見つからない。そこであらすじだけでもとネットで探すと、
「都会から小袖を訪ねた女性(荒木道子)が、境遇が対照的な二人の海女(原泉、賀原夏子)に出会い、これからの自分の生き方を模索するという物語」
とある。
当時の海女の生活の様子が描かれているらしい。
水木洋子がドラマの取材のため小袖に来たのは50年も前の話だから、実際に出会った人々はもうかなり高齢になっていることになる。

小袖海岸あたりの岩手の海では、ウニやアワビ、海藻などが採れる。
同じ東北の青森や秋田の沿岸では、これらの海産物を漁船から箱めがねと鈎棒で採捕するのだが、複雑な海岸線の陸中では、高さ50m~200mにも及ぶ大規模な海食断崖が連続するため、波や流れも複雑で船での採取は無理だ。
このため、女性たちが潜って海産物を採捕することが行われてきた。
もちろん、漁船からの採捕はそれより沖合いの定常的な波の水域で行われていて、こちらは男性が担当している。

当地の海女さんたちは、上半身裸で素潜り漁をしていて「もぐり」と呼ばれていたようだ。
採捕した海産物は家庭内で消費されるほか、旧・南九戸郡久慈町などに持ち込んで売っていた(三・八まぢ市日)。
海女さんたちは、重い海産物をかついで、宇部村から久慈町まで10km以上に及ぶ三陸海岸沿いの険しい道を、市日が始まる早朝までに着けるよう夜通し歩いて運んでいたという。この姿から「かつぎ」とも呼ばれていたらしい。
なんとも当時の生活の厳しさが伺われる話だ。


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駆け込みの夏休み 

2010-08-30 23:40:10 | 日記

 
 
 
 

500マイルブレンドというコーヒーがある。昔の漫画にあった、バイクで走って飲む一杯のコーヒーに価値があるとしたもの。
一杯のコーヒーを飲むために500マイルの道程をただひた走る。ただ、単にバイクに乗るために・・・。
500マイルはキロに換算すれば約800km。
東北道なら、箱崎インターから本州北端の青森東までが721.3km。だから、500マイルにはわずかに足らないということになる。
500マイル。
この日、朝一番で眼科の検診を終えたぼくは、ちょっとウニ丼を食しにひとっ走り。岩手の小袖海岸まで行くことに。
小袖海岸まで走行距離712km。予定所要時間10時間42分。500マイル弱。

・・・バイク乗りたちが夜が明けて間もない小袖漁港の海女センターで骨を休めていた。
彼らは日が高くなる前に出発してどこかに行ってしまった。。

と書くとかっこいいのだが、実はぼくは「ちょっとウニ丼を食いに」この海岸に来たわけではない。
自分で始めたE-PL1・イン・ワンダーランド・プロジェクト。
ブログの存続をかけて、来年の4月に開催される「地球の海フォトコンテスト」の入賞を目指すものだ。
だが、ダイビングのベストシーズンの夏も終わると言うのに、まだ海で何を撮るのかテーマすら決まっていない。
そろそろ、夏の終わりに宿題に全くやっていない小学生の気持ちになって来た。

「地球の海フォトコンテスト」
ダイバー向けのフォトコンテストだから、求められているテーマは「海中生物」、「南の島リゾート」、「蒼い海」、「魚の群れ」などだろう。
実は、レジャーのダイビングは、海で暮らす人々の仕事とは対極にある。
海を舞台に仕事する人たちのドラマを写真に封じ込めたい・・・これがぼくの一つのコンセプト。
スキュバダイビングとは全く次元の違う世界だ。このコンセプトが受け入れられるのかどうか、この迷いがテーマを決められない理油なのだ。
・・・でも、北限の海女さんに会いたい。
彼女たちが何を考え、どうして暮らしているのかを見てみたい。
これがぼくのホンネ。たとえ、フォトコンには不向きでも、悔いがないように写真だけは撮っておきたい。
ただひた走るつもりだった夏休み最後の週末の東北道は、「駆け込みの夏休み」でとてつもなく混んでいた。


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Nagare Boshi ☆

2010-08-27 23:07:34 | プチ放浪 都会編

 
 
 
 
 

♪願い事ひとつだけで 何処までも行ける気がした
伝えたい事も伝えきれない事も 君はもう知っているかな♪

函館で見上げた空 曇ってて流れ星なんて見えやしなかった
あと何度、この函館の空を見上げて、見つめていられるのだろう


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風鈴の町

2010-08-26 22:39:23 | プチ放浪 都会編

 
 
 
 

熱風の中で、軒先の風鈴にフォーカスを合わせシャッターを切る。
短冊が風になびいて思い通りにならない。
やさしいコロンの香りに包まれた女性たちが、面白そうに苦戦しているぼくの姿を覗き込んでいく。

額から汗が滴り落ちる。
時折吹く風が同時に音色を運んできて、カメラを構えるぼくと戯れる。

遠くの空に浮かぶ雲
光る夏雲に眩暈のようなデジャブを見た。

もうすぐ夏は終わる
風鈴の音色がそれを告げている。


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ひまわり

2010-08-25 22:50:25 | 日記

 
 
 
 
 

「ひまわり」の写真だけで果たしてストーリーができるのだろうか・・・。

後期印象派の画家フィンセント・ファン・ゴッホは、強く残る鮮やかな黄色で花瓶に活けられた14本のひまわりを描いて、絵の中に画家の心を閉じ込めて見せた。
たぶん、絵でも写真でも一番大事なことは、見てくれる人に、どう見せるのか、どう感じてもらうのか・・・だろう。

ゴッホは、ひまわりの黄色を再現するために、大量のアルコールとカフェインで極限にまで感性を高めたらしい。
彼の激しい精神状態に触れてしまいそうなエピソード。彼の絵に彼の生き様すべてが見い出せる、・・・そんな迫力を感じてしまう。

限界を超えて身を滅ぼそうとせんばかりに咲き乱れるひまわり。ゴッホはそうしたひまわりに加えて、力尽きていったひまわりたちも描いている。
彼は一般に言われているように孤独だったのだろう。ましてや全然売れやしない絵。
芸術に苦悩し、日々孤独との戦いだった夜。
やわらかな”夏の日のひかり”。そんなものに、彼はずっと満たされたかったのかもしれない。

オレンジ色の口紅。あの夏のひかり。
ひまわりの花を見ていたら、そんなフレーズを思い出した。

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