On me pense

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ガーナに

2017-08-05 20:39:02 | 日記
12月の第一週、アフリカに行こうと思っている。ガーナで一人暮らす74歳の父に会いに行くためだ。
父がガーナに初めて渡ったのは1999年の9月、僕は13歳になった頃だった。
7歳の頃に親元を離れて、母方の祖父母の家で暮らすようになった僕は、以後十年以上に渡って、母と父の存在を心の中では追い出した生活を送ってきた。中学になっても僕は両親の名前すらはっきり答えられない状態だった。(調べればすぐに分かることにも関わらず!)それは今思えば、唐突に故郷を失い、両親を心理的に喪失したことによるショックから出た防衛反応なのだと思う。それは交通事故にあった人が、怪我から回復しても事故の心理的なトラウマを抱え、事故自体の記憶を喪失してしまうことと同じようなものなのかもしれない。両親が離婚していたことや日本を飛び出しアフリカに渡っていることなど、大体にしてそれらの情報は何年か過ぎた後になって父からの手紙や祖父母を経由して知らされるのが常だった。30を過ぎた今でも僕はこういった親族間における重大なニュースをどこか他人事のように捉える節があるかもしれない。確かに、もう社会に出て、経済的、心理的にも自立した者にとっては、ひとり自由に外国で暮らす身内に会いに行くことなど、生きていく上では緊急性のある要件ではないとも言える。それよりも今ある目の前のタスクを一つひとつこなして社会的にステップアップしていくことの方がずっと世間的には褒められることだ。

人生は一回きりだ。輪廻転生があったとしても現世は一回きりなのだ。英語が出来ないからとか、仕事で休みが取れないからとか行かない理由は幾つだって浮かび上がってくる。ただ、幼少期からずっと空白になっている親の存在を今後も避け続けることは、ある意味では自分を避けていることでもあるのだ。親を知ろうとすることは、自分のルーツを辿ることだ。怖いこと、理不尽なことがあっても、僕は父の元に行かなければいけない。例え父に対して子として話す言葉を持っていなかったとしてもだ。
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