弁証法と哲学

思索を綴ってまいります・・・・

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寺田寅彦の「科学者とあたま」

2016-12-31 16:27:31 | 日記
寺田寅彦の「科学者とあたま」は以前から大好きな論述で、愚鈍な自分を慰め励ますためにも思い出しては繰り返し読んでいた。

今回、この寺田寅彦の小論の「科学者は頭が良くなくてはいけないが、また科学者は頭が悪くなくてはいけない」との発言を「やっぱり、そうだよな」と再確認する機会を得た。

それはヤフオクで落札した1981年の『道』という雑誌が届き、かつて親交のあった滝村さんの論文を読んでのことだ。

直接的には「第三権力」の理解に関わるが、滝村さんは「支配階級の権力と被支配階級の権力との上に立つ第三の権力が国家権力」だと説いている。

だが、「被支配階級」という捉え方は「権力で支配されている」わけだから、そこには「支配階級→被支配階級」の一般的に一つの権力しか無いことになる。

ここをアンシャン・レジームの王、貴族、市民の3階層の権力と考えるならば、君主政や貴族政の時代から市民階級の権力が国家権力となる時代への移行を考えることが出来、国王や貴族の権力と区別される「市民階級の権力」とは参政権だとか基本的人権だとかの「何人にも冒されない権限」だと考え得る。

要するに「re-public」という奴だ。

国家権力が第三権力=国民主権だと考えるならば、この「第三権力」という言葉を滝村さんはエンゲルスの著書から貰ってきたらしいから滝村さんの「誤読」の可能性もある。

知ったかぶってた可能性も否めない・・・

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