tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

多忙のため2017年からは毎日更新できないかも…。しかし、中身は充実いたしますので、引続きのご愛読よろしくお願いします!

善と悪(上求菩提・下化衆生) by 田中利典師

2017年07月17日 | 感想
新聞を広げると何だかおぞましい事件が起こっていて、いたたまれない気持ちになる。今日は心を落ちつけるため、田中利典師のエッセイ「善と悪」を紹介する。実はこの話、師のブログに2回登場する(「善とは、悪とは?」「善と悪」)、ご本人はお気づきでないようだが。

それだけ思い入れの深いお話なのだ。なお「上求菩提・下化衆生(じょうぐぼだい・げけしゅじょう)」という難しい言葉が出てくるので、以下、辞書の説明を紹介しておく。

菩薩が上に向かってはみずからの悟りを求め、下に向かっては世の人々を悟りへと導くこと。菩薩の自利と利他の二つの実践をいったもの。『仏教語大辞典』

仏教用語。菩薩が上に向かっては菩提(真理と智慧とが一体となっている悟り)を求め(自利(じり))、下に向かっては衆生(生きとし生けるもの)を教化(きょうけ)する(利他)ことをいう。すなわち自利(智慧門)・利他(慈悲門)の菩薩行を要約したことばであるが、菩薩のサンスクリット語ボーディサットバbodhi-sattva(菩提・衆生)を分解して語源解釈を行ったものであるともいう。『日本大百科全書』


 体を使って心をおさめる 修験道入門
 田中利典
 集英社新書

では新しい方の「善と悪」から、全文を紹介する。

「上求菩提下化衆生」ー田中利典著述集 290617

過去に掲載した機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて本稿に転記しています。肺炎罹患で、しばらく休んでいましたが、久しぶりのアップです。

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「善と悪」
仏教、仏の教えとは何か?という問いに対して、有名な七仏通戒偈(しちぶつつうかいげ)を以て「諸悪莫作(しょあくまくさ)、衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)、自浄其意(じじょうごい)、是諸仏教」(諸の悪をやめ、善をなし、自らの心を浄化の努めること、これが時空を越えた仏の教えである)と明快に仏教では答えることは出来る。

ではその仏教におけるとは、善とは何か、悪とは何かいうと、これがなかなか難しいが、実はこちらこそが重要なことなのである。

大乗仏教者における「善」とは菩薩道の実践である。つまり「上求菩提下化衆生(じょうぐぼだい・げけしゅじょう)」。この上求菩提下化衆生の精神に叶うことが善であり、それに反することが全て悪なのである。上求菩提下化衆生とは上には自分自身の菩提を求め、下には衆生を共に救うべき働きをすることである。

しかもこの上求菩提と下化衆生は別個のものではなく、即でないといけないという。まず自分が救われてから人々を救おうというふうに別々に考えるのは菩薩道ではないのだ。私も未だ救われていないけれども、私が高まることが衆生を救うことになるし、衆生のために働くことがすなわち自分自身の上求菩提の修行になる…そういうものでないといけないというのである。

そりゃあそうだ。自分が救われてから、人を救うなど、一生救われない身なるが故に、結局、いつまでもなにも出来ないということになる。

筆者は上求菩提下化衆生を、「上求菩提が下化衆生になり、下化衆生が上求菩提になる」と読み替えて、説明している。それが菩薩行なのである。自分が救われていなくても、人のためになにかをすることが自分をも救うことなんだ、という生き方である。

そう考えると何が善で、何が悪のなのか、明確になるだろう。たとえばモノを盗んだり、人を傷つけたりすることで、自分が高まることはないし、人を導くことにもならない。だから悪なのである。またたとえば和顔愛語を実践することによって自分のこころも修行し、他人をも幸せな気持ちにする。だから菩薩行の善なのである。

われわれ行者の使命は菩薩行である。是非、善と悪とを、そういう上求菩提下化衆生に照らして考えてみて頂きたいと願う。人々のさまざまな懇請に対して、菩薩行として行うとき、それは全て善であり、自分の金銭的欲求や目先の欲で関わるのなら、それは悪業を積み重ねることになる。毎日の宗教活動、護摩修法や加持作法、それぞれの場面、それぞれの実践の場に即して、自らの心根を計っておきたいモノである。

ー「金峯山時報平成14年7月号所収 蔵王清風」より


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さすがに15年前の記事です。青いなあと思います。でもここ、私の原点かもしれません。なかなか実践には結びつかないし、言ってるような生き方が出来てはいないのですが…。


菩薩行とは「上に向かってはみずからの悟りを求め、下に向かっては世の人々を悟りへと導く」、ありがたいお話である。われら衆生は、せめて「和顔愛語」(わげんあいご=やわらいだ表情と愛情のこもった言葉づかい)を実践したいと思う。利典師、良いお話をありがとうございました!
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2 コメント

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(^^; (吉野山人)
2017-07-17 06:54:09
毎々、ご紹介、ありがとうございます。

二回も、書いていますか?計画的に書いてなくて、思いつきのままにアップするので、そういうことがけっこうありますね。

恥ずかしい😅
深謝です! (tetsuda)
2017-07-17 07:40:12
吉野山人こと田中利典師、コメントありがとうございました。

> 二回も、書いていますか?計画的に書いてなくて、思いつき
> のままにアップするので、そういうことがけっこうありますね。

「どこかで拝読したような…」という記憶があり、繰ってみると見つかりました。よほど思い入れがおありだったのでしょう。良いお話、深謝です。

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