意思による楽観のための読書日記

教科書の中の宗教 藤原聖子 ****

宗教に中立的な姿勢とは、という疑問を教科書では宗教をどのように取り扱っているかで検証している。教科書として比較されているのは、清水書院、東京書籍、第一学習社、数研出版、実教出版、一橋出版の6社、その他山川出版社、三省堂、教育出版、英国の教科書なども比較されている。

いずれの教科書も三大宗教として仏教、キリスト教、イスラームを取り上げているが、ブッダの思想について次のような記述があるという。「解脱と慈悲、そのまさにブッダの教えの両輪をなす二つの理想は私たちが自己を見つめ世界を見つめ、自分の生き方を構築していくに当たって極めて大切な指針となるだろう。また、いっさいの存在に価値を認め一匹の生き物、一木一草にまで及ぶべきものとする慈悲の思想は環境破壊を克服し、自然と共生していく道を求められている今日の私たちにとってさまざまな貴重な示唆を与えてくれるであろう。」キリスト教にもイスラームにもここまでの価値判断を下し、生徒にそれを受け入れるように促す記述はないというのである。このような傾向はすべての日本の教科書に見られる。

イギリスではキリスト教が国教なのにもかかわらず、脱宗教教育化しているのに対し、ドイツでは公立校で宗教が必修教科であり、宗派ごと(プロテスタント、カトリック、イスラームなど)に分かれて行われている。トルコやタイではいずれも国教制度はないが宗教教育的宗教科の授業が必修である。しかし、非仏教徒、非イスラーム教徒には受講義務はない。

キリスト教と仏教を対比している部分。キリスト教では理屈を超えたことを信じること、祈ることが中心になるのに対し仏教では知が中心だと日本のある教科書では解説している。仏教は唯一神教に比べ、瞑想によって悟りを得ることを重視する、その意味で哲学的性格の強い性格を持つ、とも解説、仏教は合理的、キリスト教は非合理的、という比較をしようとし、西洋が合理的で、東洋は非合理的、というオリエンタリズムをひっくり返そうとしているというのである。また、自立した男性、受動的な女性というフェミニズムのバイアスもかけていると指摘する。仏教は坐禅、キリスト教はマグダラのマリアの絵を載せているからだという。さらにキリスト教が人間世界中心であるのに対し、仏教は一切衆生悉有仏性であり、他の動植物も差別しないというのである。筆者はこれはオリエンタリズム的ステレオタイプに従った間違った記述だと指摘する。

また、ユダヤ教やヒンズー教などを民族宗教と位置づけ、キリスト教、仏教、イスラームを世界宗教と定義する。これも間違っているという。優れた宗教、前の間違いを修正した進んだ宗教、という考え方が間違っているというのである。これは小乗仏教と大乗仏教、浄土宗と浄土真宗などの関係でもおなじことが言える。

教祖ということについても面白い指摘がある。仏教を日常とする僧侶、もしくはその信者からすれば、仏教徒というより前からXX宗というアイデンティティを持っている、だから浄土宗であれば法然、真言宗であれば空海が日常の崇拝対象であり、仏教だからブッダ、と教えられても違和感があるというのである。

神道についての記述が一切無いことも指摘している。日本の日常的な行事や習慣については教えられているのに、その背景となる神道の考え方には触れられていない。これは神道が宗教ではなく、日本の古来からの考え方である、という認識である。神道はアミニズムなのか、すでにアミニズムという考え方が否定されているという。

そして話題は世界の宗教に、ジハードという単語を「聖戦」と訳していることに触れ、これは「誘惑に抵抗し悪を克服する努力」のことであり、場合によっては行動に出ることも意味するが、戦闘行為はクルアーン(コーラン)やスンナ(ムハンマドの言行に基づく慣行)では自衛の場合のみ許されることと慎重に説明する必要がある。逆に過剰にイスラム教を保護する行き過ぎた事例も紹介、バランスが難しいのである。

その他の国での宗教教育に関する試行錯誤も紹介、トルコ、インドネシアなどイスラーム国家での宗教教育を紹介している。

筆者は宗教を学ぶ目的を3つ示している。
1. 人格形成のため
2. 異文化理解
3. 倫理的、批判的思考力や対話能力というコンピテンシーを身につける
道徳的価値観を身につけることと同時に、異民族、異なる宗教観、そしてそういう異なる背景を持つ人達のとコミュニケーション力である。これは現代社会では最も必要とされる教育ではないか。であれば、高校教育で道徳、倫理、宗教の教育が軽視されてきたのはなぜなのだろうか。教えるのが難しいからであろうか。非常に考えさせられる本である。教科書の中の宗教――この奇妙な実態 (岩波新書)
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