意志による楽観主義のための読書日記

面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意志に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ムダ 

転落の歴史に何を見るか 齋藤健 ****

2017年08月18日 | 本の読後感

筆者は2017年8月の内閣改造で農林水産大臣に抜擢された元通産官僚である。当選三回の衆議院議員で1983年に通産省入省、2009年に初当選となっている。58歳で大臣になったということで、将来性を見込まれたのか、はたまた、神道政治連盟であり日本会議メンバーだから総理の目にかなったのか、その人が本書を2002年時点で官僚として執筆していたというので読んでみた。

1904-5年の日露戦争での薄氷の勝利から日本は何を学んだのか、1939年のノモンハン事件でのソ連軍に対する無残な敗北、その後の太平洋戦争へ突入した間違いはどうして起きてしまったのか、軍部専制は防げなかったのか、というのが本書の問題認識。

日露戦争時代の軍人の上層部は、武士道を叩き込まれ、そのうえで世界の先進思想をも学んだジェネラリストが多かったというまとめである。対して、ノモンハンから太平洋戦争時代の軍人は士官学校で戦時戦略、戦術を学んだエリートで軍事のスペシャリストだったという。日露戦争での総司令官、軍司令官、師団長クラスは明治の元勲、それらを補佐する立場にいたのは近代陸軍教育を受けてきた若手軍事スペシャリストで、軍事戦略の上に政治戦略があったという、お互いに弱点を補完する絶妙のバランスが存在したという。

その後の転換点は、1907年に策定された国防方針、これを推進したのが田中義一(当時)中佐であった。田中義一は日露戦争時代には満州軍総司令部の作戦参謀。しかし日露戦争時代には時の寺内寿一陸軍大臣が統帥部の独走を政略面から歯止めがかけられていた。国防方針のような基本方針は政治の範疇のはずだが、国会は国防方針予算化時以降にしか関与できなくできなくなったのがこの時代。田中義一を後ろから支えたのは政治嫌いの明治の元勲山県有朋であった。1908年には陸軍大学の一期生長岡外史が軍務局長となる。後に統帥権干犯問題となり表面化する陸軍の暴走はこの時にその芽が生まれている。陸軍軍務局長に陸軍士官学校出身者しか就けなくなるのがこの転換点の意味であった。

第一次大戦以降は、世界は軍縮の時代に向かうかに見えた。しかし、日本は次第に世界の中で孤立の道を選んでいく。陸軍士官学校でも、論理的な思考、客観的な情勢分析は学べるはず。なぜそれができなかったのだろうか。筆者は次の点を挙げる。1.中国は弱い、ドイツはイギリスより強い、アメリカとイギリスは分断可能、というような日本に都合の良い分析が陸軍エリートの中でまかり通った。2.「白兵突撃主義」「大艦巨砲主義」などという日清日露戦争での「XX主義」という一度確立された権威に立ち向かうエリートがいなかった。3. 515事件や永田鉄山惨殺事件などの国内テロで暴力が理屈に勝った。

客観的分析、事実に基づく主張などよりも、人間関係と人情により最上部の方針決定がされた失敗の代表例は太平洋戦争末期のインパール作戦である。実行不可能な作戦を企図した牟田口廉也中将に対して、時の大本営、南方軍総司令部などは「同期であり仲間である牟田口にやらせてやりたい」とすべての反対論を退けたが、作戦失敗後は大本営も牟田口も責任逃れに終始した。その萌芽はすでに1930年代にたびたび起きた軍律違反への甘い処分に現れている。31年の3月事件、10月事件、満州事変、32年の515事件、36年の226事件、39年のノモンハン事件などに対する反省であるはずのその後の人事処分である。3月事件では民間人の大川周明に罪をかぶせ、10月事件では軍法会議すら開かず、ノモンハン事件では作戦首謀者服部卓四郎と辻正信を一時的な左遷で済ませ、のちに出世させ、さらなる大問題を引き起こした。

軍部における上司の評価基準が、部下からの信頼、包容力などという東洋的豪傑肌という視点で行われていたことも見逃せないとする。つまり、軍事スペシャリストが軍隊のトップに立ち、各分野の専門家の意見に首を突っ込みにくい状況下で、総合的な見地から意見する上司が「細かいことに拘泥する小物」という評価につながりがちで、こうした評判人事の横行も陸軍、海軍での作戦遂行を現場優先たらしめた。国家のために働く、というよりも自分が出世するために有利な道を選ぶ、という組織論、人事が日本的組織を弱体化させた根源であるという。ここまでが本書の分析内容である。

日本はなぜ無謀な戦争に突入してしまったのかという、一つの立派な分析である。こうした問題意識を持った人物が大臣になった。大臣の今の上司は人一倍人間関係を重視しているように見えるが、この人が果たして、国民目線から見てよりよい判断をしてくれるのか、自分の出世よりも国家のための判断をしてくれるのか、国民としては目を凝らして見つめていきたいものである。

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