関本徹生の楽園計画通信

阪神淡路大震災後、芸術で社会を元気にすると始めたアートプロジェクト「新世紀楽園計画」のあれこれ通信

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

イベント&プロジェクト案内

 | アートプロジェクト
────────────────────────────────
【180年ぶりにアートで復活させる「ねぶた」源流の祭り 粟田神社・夜渡り神事】
■10月12日17:30~

=途絶えた祭りは、当然であるが近代産業遺産である。=
戦国時代、京都の町衆を驚かせた粟田の大燈呂。さまざまな造り物で人々の目を奪い、大勢の観衆が押し寄せた『れいけん祭』。余りの群衆の多さでけが人が出るほどだった粟田口の風流が現代に蘇る。
3メートルもの大きさの燈呂に灯が点され、街中を練り歩く姿はまさに一大壮観。

粟田神社の神事の記録(永禄10年)によると「燈篭を灯して神輿に先行すること、数百、様々な創り物があり、衆人の目を驚かす。見物人おびただしくあり」「大燈呂(大きな燈篭の創り物)有り、二間方大略あり」と。
これは「ねぶた」の原型であるかもしれないと推論されている。この神事が途絶えたのは少なくとも天保3年以前と言われている。
この神事をアートで復活させ、単に造形物制作だけではなく、粟田神社の、また周辺地域の歴史・伝承等も調査し、京都の歴史・芸術・文化・風土等を掘り下げ、そこから見えてくる日本人の感性、日本の祭り(呪術的要素)を捉え直し、如何に地域に祭りが必要であったか、また祭りを復活・再生する事によって、「自分達の地域にもこんな祭りがあったのか」と見直し、地域住民の自信と誇りを取り戻すための再生(装置)でもある。
地域活性化もある意味モノ創りであり、モノ創りに於ける「モノガタリ」が如何に必要であるかも示唆する。

【名前が消えてしまった路地『浮世小路(うきよこうじ)』のアート再生】
■10月末リニューアル完成

=戦後とともに忘れさられた入り口、路地、そして名称もまた近代産業遺産である。=
戦前、大阪ミナミ・法善寺境内には五つの門があった。織田作之助は「入り口が五つある。千日前からの入り口が二つ、道頓堀からの入り口が一つ、灘波新地からの入り口が二つある。どの入り口から入ってもどこへ抜けようと勝手である。入る目的によって、また地理的な便利、不便利によって、どうもぐりこもうと勝手である」と述べているが、この路地再生するまでは道頓堀側から入る人はいなかった。
2001年から、この路地再生が始まり、石畳を敷き、壁を演出するなどを行い、途中、中座の火事で中断したが、今年の8月から新たにレリーフ等を制作し、リニューアルを実施している(最終の仕上げお披露目は10月末予定)。
現在、多い時には10組ぐらいの観光客団体がこの路地を通り楽しんでいる。
路地に隣接している今井うどん店の従業員が毎日この路地に打ち水をうち、風情をかもしだしている。
道頓堀から小屋(芝居小屋)がなくなり、風情が全く無くなってしまったが、この浮世小路から法善寺横丁へ抜けるルートは道頓堀の新たな風情を感じる貴重な路地として成功している。
10月末まで追加の演出を行なっているが、いつでも通れるので道頓堀にお越しの際は覗いて見て下さい。
ジャンル:
ウェブログ
コメント (1)   トラックバック (1)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« イベント案内 | トップ | 木枯らし1号 »
最近の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (どぜうの寝床)
2008-09-28 22:28:46
【剣鉾BLOG】のどぜうの寝床と申します。
当方のBlogでトラックバックを貼らせて頂きました。

実は、一昨年の春から「剣鉾Blog」を書き出しまして、
その中で「大燈呂」のことを少々書かせていただきました。
今年、粟田祭にも鉾差しとして参加させていただくことになりました。
今年の粟田祭での「大燈呂」、大変楽しみにしております。
大成功をお祈りしております。

コメントを投稿

アートプロジェクト」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事

トラックバック

2008年・秋祭の剣鉾トピックス (京都の祭・剣鉾BLOG)
★今年の秋祭、剣鉾シーズンが始まっていますが、  ちらほら、耳にしましたニュースをご紹介したいと思います。◆西院・春日神社◆春日祭(神幸祭)10月12日 ・一番鉾(鷹の羽鉾)が、棹の漆塗りを新装されたそうです。  試し差しでも、非常に調子が良かったそうです...