
北脇昇『眠られぬ夜のために』(1937年)
『眠られぬ夜のために』は、須田国太郎の『村』とほとんど同じころに描かれている。作風がまったくちがうので、京都の洋画の裾野も広いものだ、と感心するが、北脇昇は須田に絵画を学んだこともあった。
この魅力的なタイトルは、おそらくヒルティの哲学書から借用したと思われるが、そういう話を抜きにしても、ぼくはこの絵の意味するところがよくわかるような気がする。というのも、ぼくは10代のはじめごろ、毎日のように“眠れない夜”に悩まされたことがあったからだ。
家族みんなが寝静まっているのに、自分ひとりだけ眼が冴えてしまっているのは、つらいものである。ぼくの場合、弟と同じ部屋に寝起きしていたので、眠れないからといって勝手に電気をつけたりするわけにはいかない。暗闇のなかでまんじりともしないで、2時間3時間と過ごす無為な時間・・・。寝よう寝ようと念じるほどに、まるで拷問に遭っているような情けなさが襲ってきて、何度も寝返りを打ちながらため息をつくしかない。
明け方近く、ほとほと疲れて目蓋をあけると、天井のしみが少しずつ動いて、端から端へ移動しているように見えた。戸棚の木目が、化け物の顔のように見えたりもした。規則正しい秒針の音を聞いていると今が何時なのか気になって、時計を部屋の外に出してしまったこともある。まだ誰も起きていないのに、ビー玉のようなものが廊下の床に落ちる音を聞いたこともあった。
そんなときの人間の心理状態を、たくみに形象化したのがこの『眠られぬ夜のために』ではないか。ぼくにはそんなふうに見える。朝日の輝きでもよい、異星から来た不思議な乗り物が放射するサーチライトでもよい、滑らかな光が斜めにすっと射し込んできてぼくを照らし、ひたすら耐えているだけの長い夜から一気に解放してくれたらどんなにいいだろう。切実な思いで、そう願いながら横になっていたこともあったのである。
***

北脇昇『流行現象構造』(1940年)
このとき以降、北脇の絵は徐々に観念的な度合いを深めていったように思われる。彼は大変に頭のいい人だったようだが、数学とか科学とか易学とか、あまり美術とは直接の関係がないような分野に踏み込んだ作品を描くようになってくると、ぼくには少し敬遠したくなってくるのだ。
このへんに、絵画という芸術のもつ根本的な逆説があらわれる。古来、絵画は文字の読めない人のために、宗教の物語や教義などを伝える手段として発展した。視覚的なインパクトは、言辞を弄した小難しい説明にまさるはずだったのである。だが、今ほど美術鑑賞に小難しい知識が求められる時代もなかったのではあるまいか?
『流行現象構造』のように、図形みたいに分割された画面よりも、不気味なポエジーを孕んで迫ってくる『眠られぬ夜のために』のほうが、ぼくにはしっくりくるのである。幸か不幸か、最近はテレビを見ていたり、電車の座席に腰掛けたりするだけで睡魔が襲ってくるような体になり果ててしまったけれど・・・。
つづきを読む
この随想を最初から読む










