てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

時代祭をさかのぼる(4)

2011年10月27日 | その他の随想


 派手な鳴り物が鳴っていたのは最初のほうばかりで、あとは時代考証に忠実な衣装を身にまとった人々が、黙ったままぞろぞろ歩いてくる。騎馬の武人が何人かいるので、ときどき馬の足音が沈黙を破る。蹄というのは、アスファルトの上でも大変よく反響するものである。それを聞くだけの価値はあるかもしれない。

 けれども、ぼくが祇園祭に比べていまひとつ好きになれないのは、やはり時代祭の“静けさ”である。この祭には御鳳輦はあるけれども、皆で肩に担ぐような神輿は出ない。

 だがよく思い出してみれば、ぼくたちが子供のころ心躍らせたのは、遠くから聞こえてくるお囃子の音色だった。「朝から聞こえる笛太鼓」という歌もあるが、町内でおこなわれた小さな祭にも、賑やかな鳴り物は欠かせなかった。もちろん祇園囃子のように由緒のあるものではないし、チンドン屋に毛の生えたようなものだったかもしれないが・・・。

 そんな日は子供たちも浴衣を着せられ、近所の友達やいとこたちと手をつないで出かけたものだ。珍しいひよこや、金魚すくいの屋台に胸ときめかせ、水飴をなめながら盆踊りを眺めていたのはいい思い出である。

 時代祭は規模こそ大きいが、田舎の祭のような敷居の低さ、町内がひとつになって浮かれ騒ぐような親しさはない。それは「古き都の祭」であると同時に、「近代都市の洗練された祭」でもある。われわれ見物客は、歩道に立って祭を“見せていただく”だけで、皆が入り乱れて楽しむというわけにはいかない。

 ただ、祇園祭の宵山には、そうした一面が残っている。伝統のある山や鉾が建ち並ぶあいだを縫って歩きながら、屋台の食べ物を頬張ったり、あやしげな光る装身具のようなものを買い求めたり、あるいは酒を飲んだりして、ある程度ハメを外すことができるのである。ぼくの個人的な好みをいうと、やはり祭のおもしろさという点では、祇園祭にとどめを刺すといわなければならない。

                    ***

 時代祭の行列も終わりに近くなった。平安講社の総長が、唐突に馬車に乗ってあらわれる。この人は過去の偉人に扮しているわけではなく、時代祭の母体組織の責任者のようなものだろう。しんがり近くを進んでいくのは、まあ“後見”のような意味があるのかもしれない。

 その後ろを、白川女(め)が何人か歩いてくる。姉さんかぶりをした頭に籠をのせ、鮮やかな花をこぼれんばかりに入れている。いわば京の花売り娘だ。今回の行列には、いつにも増して特別な意味があった。

 田中くめさん。18歳から花を売りはじめ、それを75年間つづけた。時代祭に白川女の献花列ができると、36年間も参加したという。時代祭の行列では最高齢の人であった。御所から平安神宮まで、4.5キロを毎年歩き通したのだ。

 今年、田中さんは数えの100歳で亡くなった。今はほんの数人しかいない後輩の白川女たちは、誇りをもって姿勢正しく、格好よく歩きなさいと教えられたそうである。

                    ***

 女たちの頭上に咲いた花が、交差点をこっちへ渡ってくるのに見とれていると、行列はいつの間にか終わりを迎えた。場所はちょうど三条河原町であったが、警察の車が列の最後尾についてゆっくりと進んでくるのが見えたからだ。あっけない気がした。

 その車から降りてきたのか、警察関係者が降ってわいたようにあらわれて、歩道と車道のあいだにはりめぐらしてあった立入禁止の黄色いテープを無造作にはがしはじめた。ぼくは時代行列を振り返ってみることなく、大勢の人にまじって横断歩道を渡った。もう祭は終わったのだ。信号を渡りきると、いつもの日曜日がそこにあった。

 空はまだ不機嫌そうにどんよりと曇っていたが、雨はもう上がっていた。

(了)

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ひとつになって 金魚すくい チンドン屋
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2 コメント

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ごもっとも (ユリの木)
2011-10-30 16:36:01
京都に住んでおりますが、時代祭は見る気がしません。平安神宮には神様はいないという人もいます。古ければ良いというものでもありませんが、空疎な感じがします。観光都市として確固な都市計画をすれば良いのに、その場限りのスクラップ&ビルドに明け暮れていいのかといつも思ってしまいます。
コメントありがとうございます (テツ)
2011-10-30 17:18:17
時代祭を全否定するつもりはありませんが、何となくお仕着せの祭のような違和感を覚えました。

京阪電車の車両に時代祭行列が描かれていたことからみても、どうやら観光目的にこしらえ上げた祭のような感じがします。紅葉前の時期の観光の目玉として定着しているのであれば、それはそれでいいのですが。

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