
〔「第67回 春の院展」のチケット〕
東京の話ばかりだらだらと書いているので ― しかもたった一日しか行っていないのに、まだ終わりが見えないのだが ― ときには近況報告も挟んでおく必要があろう。
東京ばかりでなく、近畿の展覧会にも毎週のように出かけているが、「これはぜひ書いておきたい」という絵になかなか出会えない。もちろんその気になれば書けないでもないが、より刺激的で、しかも考察を深める好機となるような内容ということで選ぶと、やはり今書いている東京の件を優先したくなる。別に、関西には観どころのある展覧会が少ないというわけではないけれど・・・。
それでも、ほぼ毎年欠かさず行っている「春の院展」には出かけたかった。今年は久しぶりに大阪でも開かれたそうだが、会場がJR大阪駅の三越伊勢丹と聞いて、そっちはやめにした。以前に観た「石踊達哉展」の劣悪な環境に懲りたので、できればもう行きたくなかった。
それで、いつものように京都高島屋のグランドホールへと足を運ぶ。ここは会場内に絨毯が敷かれていて足に優しいのと、順路の表記が非常にはっきりしているので、好きなのだ。ただ、隣接する売り場の呼び声やBGMが聞こえてきてしまうのは玉にキズだが、贅沢はいっていられないだろう。特に午後6時から料金が半額になるというのは、手元不如意の身分にはありがたい。
けれども「春の院展」は点数が多いのと、時間を気にせずできるだけじっくり観たいのとで、あえて特典を利用せず早めに入るのがならわしになっているのである。
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近況報告、などといいながらもここで昔のことを思い出したいのだが、まだ美術に関心をもつずっと前の小学生のころに、生まれ故郷である福井で「院展」と「日展」と「二科展」を観たことがあった(ということはモーパッサンの表紙絵で出会うよりも前に織田廣喜の絵を観ていたはずだが、覚えていない)。もちろん自分の意志ではなく、親か祖母に連れられて行ったのだろうと思う。
なぜそれらの公募展を観たのかがわかるかというと、展覧会の記念にいつも絵はがきを一枚だけ買うことが許されていたからだ。作者が文化勲章クラスの有名人か、それとも無名の新人か、そんなことは全然関係なく、子供だったぼくの琴線に触れたものだけを選んで買ってもらった。
「二科展」のときは、たしか弟と一緒に行った。ぼくが買った絵はがきは覚えていないが、弟が買ったのは、東郷たまみという画家の絵だった。この人が東郷青児の娘さんだということを知ったのは、ずいぶんあとのことである。
そして「日展」で買った絵はがきは、のちに東山魁夷の絵だったことがわかった(タイトルは失念)。もうひとつ、「院展」で買った一枚は、緑のテーブルの上に赤ピーマンが乱雑に置かれているという色鮮やかな図柄がとても印象に残っていたのだが、もうすっかり大人になってから滋賀県立近代美術館で思いがけず再会することになった。小倉遊亀(ゆき)の『厨のもの(二)』という絵がそれであった。
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ろくに美術の知識もない小学生のぼく(と弟)が数多くの出品作のなかから選んだ絵はがきが、東郷たまみと東山魁夷と小倉遊亀だったとは、なかなか観る眼がたしかではないか、と褒めてやりたくなる。もちろん東山と小倉は亡くなってしまったので現在の公募展では観ることができないし、東郷たまみもなぜか最近の「二科展」には出品していないようだ。
けれども、幼き日にぼくたちの心をわくわくさせるような作品との出会いがあったように、毎年描かれるおびただしい新作絵画のなかにも、心が撃ち抜かれてしまうような素晴らしいものがあるのではないか。そんな期待を抱きながら、今年も「春の院展」に向かったのだった。
つづく
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