
「今日で世界が終るかもしれない」
と思いながら、
特にここのところ、強く自分に言い聞かせるように思いながら、
生きている。
震災からもうすぐ一年。
原発の有様は毎日綱渡りのような現状なのに、
マスコミはそのことを全く報道しなくなってきている。
未だに大気中に海に、放射性物質をジャンジャン流し続けているのに、
みんなそのことを忘れ始めている。
忘却と、慣れ。
この性質は人の備えた知恵だと思っていたけれど、
どんな長所もその裏返しとセットになっていることを思い出さなければならない。
この長所の反対側にあるもの。
それは、
無視と思考停止。
なんて恐ろしいことだろう。
そうこうしているうちに、被爆が日常化しようとしている。
明日、世界が終るのだとしても、私は種を蒔くだろう。
放っておかれても、人知れず芽を出していた植え残りのニンニクを、
お守りのように机の上に置いている。











