GUMBO
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【白ん坊のフォード】
Whitey FORD
通算236勝、高い勝率を誇り、
頭脳的なピッチングで
ヤンキースの黄金時代を支えたエース左腕。

1950年、防御率2.81、9勝をあげメジャーデビューしたフォード。
この年のワールドシリーズでも先発し、1勝、世界一に貢献する。

51、52年の兵役義務を経て、
53年には防御率3.00、18勝をマーク。
エース級投手となり、チームを世界一に導いた。
以後、65年まで安定したピッチングで
55年、防御率2.63、18勝で、最多勝。
61年、防御率3.21、25勝でサイ・ヤング賞を獲得。
63年も、防御率2.74、24勝するなど、
13年連続の二桁勝利、サイ・ヤング賞1度、
最多勝3度、最優秀防御率2度を記録した。

また、ワールドシリーズには11度出場、
宿敵ドジャースや、カージナルスと数々の名試合を演じ、
6度の世界一に輝き、10勝7敗、防御率2.71の好成績を残した。
33イニング連続無失点のシリーズ記録保持者でもある。

1960年頃から、球威の衰えを感じたのか
不正投球に身を染める様になったフォード。
唾をつけるスピット・ボール、
ボールの縫い目に泥をすり込むマッド・ボール、
ボールに何らかの傷を刻み付けるカット・ボール......。
あらゆる球種(?)を駆使し、打者を幻惑した。

この時期フォードは、打たれて負けると
「刻みが足らなかったぜ」と悔しがったという。
また、右手の指に自ら開発・製作した、
ヤスリを溶接した指輪をはめたり、
キャッチャーのエリー・ハワードに
レガーズの金具でボールに傷をつけさせたり、
様々な手を使ってチェックの目をかいくぐった。

ともあれ、フォードが、ヤンクスの歴史に燦然と輝く大投手に変わりはない。
数々の名選手を生んだヤンクスだが、殿堂投手となると、
レフティ・グローブとフォードの二人しかいないのだから。
フォードが殿堂入りを果たしたのは74年、
奇しくも、夜遊び仲間の親友、ミッキー・マントルと
一緒の年であった。

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