【Holy Cow!】Phil Rizzuto
生粋のブルックリン子だったリズート。
が、地元球団のドジャースには身長の低さゆえに入団できず、
37年、ヤンキースと契約を結ぶ。
41年にメジャーデビュー。
1年目から.307をマークし、
チームのワールドシリーズ制覇に貢献。
2年目には.284 68打点 22盗塁。
オールスターにも初出場を果たした。
ショートの守備面においては、
肩は強くないものの、
俊敏な動きでカバー、沢山の華麗なダブルプレーを決め、
その動きから『スクーター』のニックネームで呼ばれた。
打撃面では、非力ながら粘っこいアプローチで
相手投手を嫌がらせ、バントをさせれば当代随一の名手であった。
43年〜45年、兵役に就いたため
3年間のブランクができたものの、
46年にチームに戻ると、
チームは47年〜53年の間、
実に6度のワールドシリーズ制覇を成し遂げ、
リズートは内野守備の要として、
攻撃面でも渋い名傍役として
ジョー・ディマジオやヨギ・ベラといった面々と共にチームの黄金期を支えた。
49年、.275 5本塁打 65打点 18盗塁という平凡な成績にも関わらず
シーズンMVP投票では2位という高評価を得ると
50年は.324 7本塁打 66打点をマークし堂々のMVP獲得。
170cmに満たない小兵が、リーグNo.1選手の栄冠に輝いたのであった。
56年、38歳までヤンキース一筋でプレーを続け、
通算1661試合 打率.273 38本塁打 563打点 149盗塁。
現役引退後はヤンキースのキャスターとして
試合の実況を担当、名調子で人気を博し、
『Holy Cow!』(なんてこった!!!)は
リズートのトレードマークとなった。
ロジャー・マリスが61本目の本塁打を打った試合も実況。
『Holy cow, what a shot!』
(すげえ! なんて当たりだ!!)
・・・と例の名調子で試合実況を盛り上げた。
打撃成績が若干見劣りするためか
チームの黄金期を彩った名選手だったにも関わらず
殿堂入りが遅かった。
ファンはリズート殿堂入りキャンペーンを実施し、
1994年、ようやく晴れて殿堂選手の仲間入りを果たした。
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