藤森照幸的「心」(アスベスト被害者石州街道わび住い)

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被爆建物

2017-01-25 12:51:35 | 日記・エッセイ・コラム

 被爆建物「善法寺」です。 私が生まれた家の北東に位置し、原爆投下時爆風を和らげてくれたのではないかと思っています。 私の誕生日が、4月8日なので「花祭り」と同じ日。 この寺の「甘茶」が、誕生祝の様なものでした。  

 原爆投下当時、己斐西本町の善法寺では三菱重工業広島機械製作所の人事課が疎開してきており、本堂を事務所として仕事をおこなっていました。 爆心地から原爆の爆風により、本堂と庫裡の屋根や天井の大部分が落下し、本堂にいた職員の多くが負傷しました。被爆後は、傷ついた人たちの救護所兼遺体収容所として役割を担うことになりました。 戦後いくたびかの修復工事を経るも、本堂は今も戦前の姿をとどめています。 仏壇の後ろに、名前が判別できる450名の原爆被災者の遺骨が長く保管されていました。

 今もその氏名の一部が公開されています。 遺族探しはまだ続いています。

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