しゃりお @ 撮り鉄倶楽部

国鉄時代の写真と最近の撮影記録です。

あの頃の  山陽路の優等列車たち  急行 ながと ・ 安芸

2017-02-22 11:00:00 | 国鉄時代
昼間はだいぶ暖かくなってきましたが、やっぱり深夜から明け方は寒いです・・・

夜勤明け、本日も好きな焼酎のお湯割りを飲みながらの更新(^^ゞ


約二年振りの久々の更新となった懐かしい国鉄時代の「あの頃の・・・」
以前ご紹介した懐かしい国鉄時代の「あの頃の・・・」記事は、ブログカテゴリー「国鉄時代」からご覧になれます。


山陽新幹線開業前の山陽本線が栄華を極めていた時代の急行列車


急行「ながと」新大阪-下関 2往復+季節列車

153系 急行 ながと   写真は153系の低運転台車ですが165系での運用もあったようです。
由来はやはり 長門(山口県)からでしょうね(^^ゞ
山陽新幹線岡山開業と共に岡山始発の運用が被る急行「山陽」に編入されたようです。



急行「安芸」

153系 急行 安芸    定かではありませんが、当時の急行列車とは違ったデザインのヘッドマークのようです。 
急行安芸と言えば広島~東京間を呉線経由で走る HMの付いたC-62やC-59の大型蒸気機関車に牽引された10系寝台客車の姿が有名ですが
1970年に153系電車で赤穂線経由の大阪~呉間で運行され、1972年の山陽新幹線岡山開業と共に呉線経由の岡山~広島間で新幹線連絡急行として運行されましたが中途半端な距離と経由区間で客足は伸びずでした。
山陽新幹線博多開業後の1975年に20系寝台列車で特急 安芸として呉線経由の新大阪~下関間で運行され、その後25系寝台客車になりますが、やはり中途半端な運行区間と呉線経由と言うのが災いしてか結局 客足は伸びず1978年に「安芸」の名称は廃止となりました。
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