京都ごろごろ案内

どこへ出かけるでもなくごろごろと暮らしています。
生活向上を目指して日記をかきます。

前記事から一転!超多忙の日々。

2012-02-09 22:32:20 | Weblog
あのころが懐かしい…

現在、旦那は帰国し、おまけにサンディエゴ在住の娘一家が我が家に来ていて、
てんてこ舞いの日を過ごしています。

一家が帰米するのは12日なので、それまで私はご一家に、奴隷のようにお仕えするのです。

普段もそうだけど、忙しいと更に日常の生活が粗くなります。

反省は金輪際しない!と決めた決意はどこいった?と思うくらい反省に次ぐ反省を続けています。

突然話を変えます。

例の英語会話サークルでの討論のテーマをきめる担当が、1年ぶりぐらいに私に回ってきました。

自分が関心のある話題は
「橋下教育取締り条例」
「TPP対アメリカ奴隷条約」
「沖縄基地占領問題」
「なぜにそんなにも異常に高額の税金を給料として取ることができるのか?国会議員及び高級官僚たち!」
などなどですが、みんなで和気あいあいと議論するには過激に政治色がでてしまうものと思われ、躊躇し、
結果、
「討論のテーマにはならないでしょう、それ」と思われる、
「人生系」の、
「虚構(ドラマ、映画、小説)等に励まされたことがあるか」という毒にも薬にもなりませんが、不和も招きません、というものにしました。

攻める人生よりもやはり、逃げる人生を今年も送りそうです。
でも、決めないよりまし。

人生とは選択だ!秒単位の選択だ! とはよく言ったもんです。
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2012-01-22 11:05:22 | Weblog
久しぶりにのんびりだ。

ある人つながりでチャールズ パースという名前を知った。
アメリカの人でいろんな方面への好奇心を持ち、その分野分野の本質を深く追及してはった人だ。
その時代のいわばレオナルドダビンチみたいな人。

生涯を通じてみると、その人の持てる力とはうらはらに、不遇が多かったようだ。

俗な小説みたいな「敵役」が、パースの行く手をことごとく邪魔したらしい。(韓ドラになりそう。)

とは言っても、本人は已むに已まれぬ熱情に駆られての各分野の探求なので、パース個人としては大変幸せな一生だったと思う。
というのは、私も含めて、私の周りの何人かはいまだに「何がしたくて生まれてきたのかわからない」と言ってるから。

パースに戻せば、
「物事に絶対ということはない。絶対と言い切ったその時点でその人は間違っっている。」
というようなことを言ってはるみたい。

私などついつい声高に「辺野古に基地を作るのは絶対に間違っている!」と言いたくなるので
ひとまず、1分ぐらい考えてから
「辺野古に基地を作るのは沖縄に住んでいる人の気持ちや、自然環境のことを考えると胸が痛くなるので
作ってほしくない。絶対作ってほしくない!」
と、言ったほうがいいのかな?と思う?

まぁ、人は立場によりものの見方考え方が違うのは当たり前だし、自分がよいと思うことを実現させるために
力を発揮させるのが人に生まれた幸せだと思うから・・・

から、なんなんだ!!

しんどい思いをしている人たちのしんどさを少しでも取り除くことができる行動をしたい!

(自分が、身の回りの人たちの中で一番しんどい思いをしてるんじゃないかと思うことしばしなんだけど。)

まず、整理整頓がんばるか!
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ジェルソミーナ

2012-01-15 17:31:52 | Weblog
ある人がイタリア映画「道」を「明るい希望が感じられる映画」なので好きだ。
と言った。
驚いた。
私は「ひたすらに切なくて悲しい映画だ」と思っていた。

「あの映画のどこが希望に満ちてるの?」
と聞くと
「あんなに乱暴で人の話を聞こうともしなかったザンパノでさえ、最後にジェルソミーナを思い
号泣することができた。人を愛することができた。ジェルソミーナも死んでしまったけどザンパノから
愛された。人間て、変われるんだ、素晴らしいと思った。愛を自覚できたザンパノのこれからの生き方に希望が見えた。」
と言った。

そういう見方もできるのかととても刺激を受けた。

一昔前のわたしなら、
それは違うんじゃない?
と、反駁してたと思う。

曖昧もいいかも、と、やっと最近思い始めている自分に、それはとても面白い受け止め方に思えた。

ある物事をぐるりと眺めまわしてから自分なりに考えるというやり方は面白いなと思ったので
これから一歩引いて眺める時間を持ってから物事の意味をとらえてみようと思った。

できるできないは別問題で、そういうことを意識するのとしないのとでは違うだろうと期待する。

「道」関連でネットである人の記事を読んだら、
「順直」と言う言葉に出会った。

広辞苑には出ていなくてその記事を書いたご本人の創作語だと言っておられたが
女主人公のジェルソミーナの「知恵足らず、白痴に近い」という人物設定に納得がいかず
かといって既存の言葉で表すこともできないので自分で作ったと書いておられた。

ご本人によれば「順直」とは「放り投げられた状況、環境にすぐさま適応しようとする性向」だそうだ。
ジェルソミーナがザンパノによりいろんな苦境を味わわされるが、その時々にその場に応じた楽しみを見つけ出している。
ジェルソミーナはそういう柔軟な人間性を持った人だと解釈しておられる。

映画「道」を、私はたぶん途中までしか見ていない。
切なくて暗くて当時の私には耐えられなかったから。

いまだったら耐えられそうなので見てみようと思う。

いろんな人のいろんな解釈を知ることは私の心を太らせる。
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テレビの泥沼から抜け出た!

2012-01-13 20:36:50 | Weblog
正月はどっぷりテレビ(主に録画ドラマ、映画)に浸かり、ほぼ7日間テレビ部屋から出れなかったが
今週辺りから日常活動が再開されこの2日間はテレビと縁を切った生活が送れている。

薬物中毒患者がようやっと更生して日の当たる世間に戻った感じ。

テレビ漬けは それはそれで楽しかったし、誰の邪魔も入らぬテレビタイムは天国に近いものがあったが
過ぎたるは及ばざるがごとし。

もう少しで脳が溶けます・・・という危機感が迫り、はっと目を覚ましたわけであります。

でも、楽しかったぁぁ。

ドラマで学ぶ人生。生き方。と、大きく出るわけじゃないけど、かといって小さく終わりたくもないので
書くが

僕とスターの99日で、主人公のキムテヒという韓国の俳優さんが
役柄ではあるが、
やたらめったら明るい声で
「いらっしゃいませーっ!」とか「おかえりなさーい!」とか
言う場面があり、それ見てたら
「底抜けに明るい声って、それだけで周りの人の気持ちを明るくするんや!」
と知った。

以後なるべく、声のトーンを明るくすべく努力してる。

もちろん、いつでもかでも、能天気に明るくはしてられないし、時々は
「陰のある人」
に憧れて顔に斜線を入れてみたり、低い声で話をしたりするけど、とりあえずしばらくは声のトーンを
5度ほど高くしてみようと思っている。

※3年前にイギリスのオックスフォードで出会った素敵な女の人(日本の若者)から
「今京都に来ているので会いましょう」
というメールが届いた。
あした、会うことになってる。
哲学専攻ということなので、哲学の人って、日頃どんなこと考えて生きてはるのか
超興味津々。

それとか来週から日常活動が2つ増えることになり(どちらも英語自主勉強会)、なんだか春からいい気分です。
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賀状禁止措置!じゃなく、私と賀状の99日!

2012-01-01 14:22:10 | Weblog
元日朝から嫌な気分だ。

いつもは昼からしか配達に来ない郵便屋さんが朝早くから年賀状をポストに入れに来た。
昼までには年賀状、書いてしまいたいと思ってたのに。

届いてしまったからには読みたい。

読んでしまった。

読んだら相手へのひとこと書き込みに規制がかかってしまう。

十年一日の如しな、「年頭の自己嫌悪」です。

※きれいさっぱり賀状禁止!措置をとろうかと思う。

今年を限りに一切年賀状というものを私の生活から抹消するのだ!

けど、朝風呂に入りながら考えた。
禁止措置はやっぱ、少し悲しい。

賀状の一斉配布をやめればいいのだ。

一日に何通かずつ自力で書き上げ(PCに頼らない!)99日までにその年の賀状を書き上げる。

3月下旬に年賀はがきが来てもそれは想定内として受け止めてもらうという
「ごろごろ限定年賀99日内延長措置」
を、今年の年賀で布告し、来年度から実施、ということを印刷して年頭のあいさつにしよう!

実にいい考えだ。

なんで今まで思いつかなかった?!早速 仕事に取り掛かろう。

さて、本日(じゃなくてもいいんですよ。)ここにこられたお客様方、
あけましておめでとうございます。

年に何回かの更新ブログをかれこれ7年ほど続けてまいりました。

書いてることもほぼ同じことの繰り返し、愚痴の繰言、ではございますが、

私にとってこのブログは 
自分が今何を考えて、何を好きで 何を嫌いで 何を大事に思っているか(金!)
何をしたいと思っているのか を見つける助けになっております。

当初に比べて少しずつ増えているお客様方の蔭ならぬ励まし
(といってもクリックだけですけどね。でも、そのクリックが励ましになってるのです!)や、
たま〜に入る コメントが ブログを続ける支えになっております。

いつもながらどなたかは存じませんが、ご来訪ほんとにありがとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いします。

ごろごろ。
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違う景色

2011-12-30 23:56:40 | Weblog
今日 近所のスーパーに行ったら アナウンスさんが
「只今、食料品売り場のレジが混雑しています。手の空いている人はレジのお手伝いお願いします。」
と、放送していた。

「30日やからみんな年越しの買い物に忙しいんやな。」
と思いました。

私の旦那はあとひと月帰ってこないし、家にはだ〜れもいない年末年始なので、のんびりできます。

なので 店の中で、自分はちょっとうれしかったです。


と、今 時計を見たら、もう31日です!

今年は
津波と原発の核物質もれと
野田の、あくまでアメリカにへつらう外交と消費税を上げるのが命という政治、
世界押しなべての不況、
独裁はおかしいやんけと、やっと立ち上がれた人たち、
など 当たり前のことですが、
いいことと、恐ろしく悪いことがありました。

自分について言えば
日々是修行と生きておりますので、去年とは違う景色が見えてきました。

一つは 一人でいる時が楽しくなってきたこと。
一つは あいまいな部分って、案外面白いのかもと思えるようになってきたこと。

今日たまたま芸人さん大集合みたいな番組をぽかーんと口を開けて見ていたら、
Aというひとが
「ソロだと悟られないようにする技」
とか言ってて、
何のことかというと、
友達がいなくて、ひとりぽっちのときに
「あ、あのひとひとりぽっち」
と思われたくないので いかにも何か用事があるふりをしたりして
「一人ぽっち」を他人に気づかせない技なのだそうだ。

面白かったのは「ひとりぽっち」のことを「ソロ」とカタカナ語で言ってたこと。
いつからそんなカタカナ語で「悲しい一人ぽっち」を言い表すようになっているのか知らないけど
言いえて妙!だと思った。
ひとりと悟られるのが嫌だ、というのは穂村弘が赤裸々に書いていたが、
大勢の人がおんなじ思いをしてるんやと思った。

…で、何が言いたいかというと、私も実にそんな人だったし、今でも誰かが楽しそうなこといっぱいしてはったら
「いいな、あの人は。」と思うことしばしだ。

ところが、今年後半、駆け込み的に「ひとりってなんかすごいのんびりできる!」と思う機会が何度かあり
ひとりもいい。と思えるようになった。

ひとりで好き勝手にうろうろできること。
すきなだけ本が読めること。
すきなだけテレビが見られること。

私はさびしがり屋だからこれまでひとりを心から楽しむことができなかったので、これはありがたい変化だ。
違う景色その1。解説了。

違う景色、その2。「曖昧について」

私は視野の狭い人間で、曖昧を認めることが大変苦手な人間です。
戦争容認論者、
我が懐を太らせることが唯一のゴールとしか考えていない大多数の政治家、
上から目線でものを言ったり考えたりする人間
などはひっくるめて、狭い視野を最大限狭くして容赦しませんが!

そうじゃないもろもろの人間性や感覚、考え方など、以前ならペッと唾をかけたくなる対象に出会っても
近頃は
「ああ、そういうのもありかもしれないね。」と穏やかに眺められるようになってきた。
こういうのを俗に《丸くなってきた》というのかもしれんが

※フリフリのレースのドレスを着てる人を見ても腹が立たなくなったのは体に良い。

※西島秀俊さまがわけのわからん映画に出ているのを知っても
「ま、なにか考えがあってのことやろ」と、以前の私のように
「西島、許せん!」とは叫ばないようになってきた。

この感じは、4年前の記事の中の
「自分が何かを眺めるということは初めてのことだった」
という体験から徐々に大きくなってきたものだと思う。

それまでの
「自分が見られてる」という意識で埋められていた自分が
「ひとさまを自分が見ている!」という意識を持った自分に気が付いた。

あれから曖昧が少しずつ面白くなってきた。

ここで眠気のため頭が朦朧としてきたので明日からの来年の抱負を。
ここ何年かの最長不倒抱負、いまだ成し遂げられたことのない抱負!
「不言実行」です。

有言不実行の自分から来年こそ不言実行の行動の人になる!

(頭が朦朧とすると感動マークの乱発になるんだぁ。なんでかなぁ?)
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自己陶酔

2011-12-15 20:15:34 | Weblog
ほっとした!

前回、「次期戦闘機選び」なんてタイトル付けたから、
《もしかして愛国者たちが愛国的コメントなど残していったらどうしよう》
 など ちょっと胸を騒がせていました。
ま、いい。
大挙押し寄せたらぜーんぶコメント消してやるから!!

と戦闘態勢的心持ちになってたんだけど、
あの人たちが見つけることもできないくらいなブログやとわかり嬉しいやら嬉しくないやら。

Aの時代小説を読んだ。
筋が面白かったので一気に読んでしまったが、どこかに違和感が残った。

言葉並べにうっとりしてはるところあるよな…と感じた。

藤沢修平には感じなかったものだ。

時が経てば経つほど、新しいものを創り出すのはしんどくなるとは思う。
音楽にしろ、小説の筋、言葉並べの かなりのものは先人たちがすでに使っているから。

時が下がるにつれ創作は過酷になる…のはわかるけど
Aの言葉ならべは、新しい並べ方を頑張って考えてはるな、とは思うんだけど

修平みたいに素直に心に入ってこない。

「どや!この言葉並べは! 」という「どやマインド」がちらほらほらと見えるような気がする。

自己肯定は生きる上で必要不可欠なんだけど、自己陶酔は少し違う。


Aの文から自己陶酔が漂ってっくる。
違和感の元はそれや!。

他山の石。これから自己陶酔しんとこ。

自己陶酔ついでに書けば

随筆家のB(男)も「どやマインド」が強い。

「わたしって、こんなに面白いの、こんな発想、これって変でしょ!変でしょ!」
という自己押しつけ感が異様に強い。

椎名誠は面白い発想をする人だけど、それに、本人は酔っていない。
真面目にどんどん面白いことを思いつかはるので、読んでるほうはおかしくて仕方がなくなる。

ぼかぁ、俺は、あたしって…と攻めてこられたら 引く 引く 引く。

他山の石にしよう。
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次期戦闘機選び!

2011-12-12 21:55:00 | Weblog
ニュースで、次期戦闘機がF35に決まりそうだと言ってた。
これまで買った戦闘機に2兆円くらい税金使ってきて、2016年度に数千億円で新しいのを買い始めるのだそうだ。

NHKのニュースでは3機(F35 ユーローファイター FA18)の性能比較を淡々とやっていた。

F35とユーローはステルス機能を持つがFA18はステルス性能が低いんだそうだ。
次期機種がF35に落ち着きそうなのは値段が比較的安いからだそうだ!!

切れるでえ!

結果的により多くの人を殺すことにしか役に立たない飛行機を一機50億で買うのが安いんかぁ?!

消費税あげなどうもならんとか、東日本復興費だとか 年金原資が、とか言うんやったら
人殺しのために使うお金まず0にせぇや!(こんな時に用いられる関西弁の力強いこと!好きです※関西弁!)

「米軍基地の維持費や建設費、演習費用など在日米軍の活動経費のうち、日本側負担分の総額が今年度、6967億円に達した」
そうだ。(去年は7146億円)

人殺しのために使うお金ほどむなしくて悲しいいもんはない。
国会議員、官僚、などの私腹を肥やすための税金は「人殺しには関係ない」分だけ軍事費よりまし。

今はどの国も国民がだまされてるから「軍備」に金を注げている。
軍需産業に大きな反対もなしに国民のお金を注ぎまくれている。

国を愛する!人たち、「国を愛する人たち」が軍事費だぼだぼを支えている。

いつまでも騙せると思ったら大間違いやで!!

あの中国でさえ、いろんな場所で政府に歯向かい始めている。

動向は不安定だけど一応はそれまでの体制を覆したアラブ諸国の人々の動きも続いている。

戦争をこの世の中から絶滅するために頭とお金使えや!!
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ITいりません!

2011-12-10 19:52:12 | Weblog
昨日英会話サークルで原発について話した。
6人中5人は人間の手でコントロールできない核を使った発電は全廃しなければならないという意見だったが
一人だけ、
「原発に代わる手段がない限り電気不足が必ず起きる。
その時に、今の時代に欠かせないITの問題とか病院などの大規模な施設の問題とか解決できるのか…」
と言わはる人がいた。

別の人もITなくして現代社会は成り立たないからその電源確保は重要な問題だ。
とITについて言及してはった。

その時思ったのが
「ほんとにITは人間にとって必要なことだったんだろうか」ということだ。

もちろんネット命の私はその恩恵に預かりまくっている。

いろんな国の宿の予約、電車の予約など、ネットなしで格安旅行はできなかった。
僕とスターの99日もyutubeでさかのぼり無料視聴はできなかった。
第一このブログも書けなかった。
スカイプでサンディゴの娘と話もできない。

近頃の青年!たちのiphone やらipadやらその他諸々のInformation and Communication(s) Technology、略称: ICTによる通信遊びもできなかっただろう。

けど、確かなあたりで言えば たとえば1965年代に私らは立派に暮らせていた。

テレビの録画機能はなく番組を見逃せばそれでおしまい。
外国旅行はツアーで行ける。
ブログなんかなくてもノートの日記になんでも書けた。
ケータイないので待ち合わせは慎重に慎重を重ねた。
緊急の用事で会えなくなっても別に命にかかわることでもない。
スカイプなくても生きていける。
アイポッドあいホーン、あいぱっどなくても、もばげーなくても全然生きていける。

反対にInformation Technologyが進んでしまった結果としての災い部分のほうが多いのではないかと思う。

この不況のおおもとの「金融詐欺」が、
それまでとはけた違いの規模でITの「おかげ」できるようになったのではないか。
リーマンショックはいわずもがな それ以前の通貨危機など
「投機」による経済操作がITにより
より簡単に、激烈にできるようになったのではないか。

手元の資金を電子機器で右から左に移すだけで、
汗水たらして実際に働いてる人の給料とは比べ物にならない金高を通帳残高に書き込んでいける「金融詐欺」の片棒を担いでいるのがITだと思う。

ITなくても暮して行けてた三丁目の夕日時代に戻ってもいいと思っている。

一つだけ戻ってほしくないのはネットの正しい使い方、すなわち、情報の共有。
正しくはまだまだ成功していないチュニジア革命、その後に続くいろんな国の人々の運動の発生源の大きな部分がネットによる
情報発信、受信だと報道されている。

そこの部分だけ残して、その他はもう消えてもいい。

銀行は、そろばん・計算機で人を増やして経営すればいいし、テレビ映画のCGももういらん。(実写版水谷豊の鉄腕アトムでいい!!)

「原発必要ですよ」の、一つの理由になるのがITなら、ITいりませんと思いました。
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ええ日やった。

2011-12-08 00:18:35 | Weblog
なんか、きょうはめちゃ幸せな日だった。
いっぱい話をした。

午前にひとり。
午後にふたり。ふたり。ふたり。ひとり。
合計、5行事あった。

どのおしゃべりも楽しくて、一日中しゃべっては笑いしてた。
プラス、昨日のブログにひとりコメントをつけてくれてはったり。

午前の一人は、
「最近通い始めたジムで
《中学から30歳になるまで引きこもっていました》
という人とたまたま話すことがあり、その人と会うたびにひと汗流した後、話をしている。
ある時、何かのことで
『それはすてきね』
と言ったらその人は
『私は今迄 人に褒めてもらったことがない。今日初めて褒めてもらった。嬉しいし、なんだか自信が持てた。』
と言われて自分も嬉しかった。」
というようなことを話さはったので
(この人はほんとにええ人やなぁ)と思った。

お昼は友達(第一ふたりのひとり)の家でレストランかいな!と思うようなご飯を食べ、
「こんなにゆっくり、こんなにおいしいご飯を食べさせてもらえるなんて、(一人は《食べれるなんて》…かな)ほんまにしあわせやね。」と何回も言い合った。

第二ふたりでは、生き方を考えさせてもらう言葉二つを記憶に残した。
一つは
「失敗というものは、《それで世の中ぜーんぶ終わり!》ってなもんじゃなくて、いわゆる一つの、単なる失敗(長嶋茂雄)なだけで、それ以上でもなければそれ以下のものでもない。今度から同じ失敗をしないようにすればいいのだ。」
(同じ失敗を何回も何回も繰り返してきました。私。)

あと一つは
「自分が大事にしてる言葉は《不言実行》」(微塵も悪気のない有言不実行で生きてきました。私。)

どちらもこれから目指す「人生に対する態度」に書きつけておく。

第三ふたりは「韓ドラを正しく楽しく見る会」的な?(by佐々木蔵乃介)

第4ひとりはハングル伝達講習。且つ週一でおしゃべりを楽しむ会。

みーんな楽しかった!
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