プロ野球と人生の極私的考察

2013-11-04 02:56:52 | 日記


幸せだ。幸せでしかない。それ以外はもはや何もない。深夜の雨でさえ、野球の神様が泣いているのだと思える。

そういえば、高校3年の時、実家の近くで小猫が死んだ。たまに出くわしても、すぐ逃げられた。こっそり食べ物をやったりしたが、小さかったから食べれなかったのかな。兎に角、死んだ。

それから、僕の人生は急落した。進学校から芸大に行き、友達と思える人は1人もいなかったし、映画の現場に行けば、身体的・言葉の暴力をたくさんうけた。就活自殺も寸前まで行ったし、公務員試験も最終面接で落ちた。結婚して正社員になったら、心も戸籍も真っ黒になった。

それでもいつも、楽天イーグルスは僕のそばにあったのだ。100敗しても、1勝を球場やネットで観れる感動を与えてくれた。始めて仙台に行った日が、CS進出決定の瞬間だった。大きな震災があっても、その年すぐに優勝できるわけではなった。

だけれど僕は、楽天を観続けた。色んな周りの人が、球団経営や采配・選手起用を批判した。僕も嶋のリードが嫌いだったが、それは全部覆った。
星野監督より素晴らしい采配はこの世にないし、嶋選手のリードに勝るものは、野球界でないと思える。

僕は間違っていた。人生の選択をちょっとだけ選び違えていたら、もしかしたら、フェンスの内側にいたかもしれない。観客は観客であるが、観客でしかなければ、バットも降らない、ヒットも出ない、ホームランも打てないのだ。豪快な三振で笑いをとることも。でも、イベントを企画することはできるし、映画をつくることもできる。何も、神の子は彼だけではなく、誰もが神の子になれるのに、ホームランかファールしか飛んでこない観客で居続ける…不思議な社会だ。

もはや、その奇跡の瞬間のことは覚えていない。だけど、人の顔・名前は覚えている。岡野さん、ながさかさん、平野、関西レフスタの皆、仙台で出会った皆さん、楽天イーグルスを愛し続けた皆…

いつ球団がなくなっても、自分の好きな球団の試合をどこかで楽しみに観れているだけでいい。そんな人たちが、この優勝の瞬間を同じ空の下で観ていたのだと信じたい。

きっと、選手たちも同じようなことを想っているんじゃないかな。ありがとう。本当に、良かったな。明日がまた来て、良かったな。あの猫のおかげかもな。また出会えたのかな。ほんと、にゃんということだ。

 

ゆず 栄光の架け橋 アテネ五輪・柔道・水泳・野球・体操他 感動名場面集

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