ひとり ときどき、ふたり散歩

「見て・撮って・歩いて」
ぶらっと歩き、日常の出来事を書き綴ります。
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八重洲 やえす ヤン・ヨーステン よき佇まい

2018年02月08日 | 都内ぶら~り

日本橋や京橋、兜町に仕事で向かう時、通り道に利用した八重洲界隈。

東京駅の東側に出ると、「ノース タワー」と「サウス タワー」を結ぶ

「光の帆」「グランルーフ」があります。

 

長さ約230mの大屋根 、八重洲口の新たなランドマークです。

 

八重洲(やえす)は、日本橋、京橋に向かう東京都中央区の地名です。

 

左側には、東京駅に併設した「大丸 東京店」。

 

春は桜満開の「八重洲さくら通り」は、「高島屋 日本橋店」まで続いています。

 

歩道には葉影が写りさわやかです。

 

この時期は青葉、木陰の中を涼しく歩けます。

 

横路地に入ると、魅力的なお店がいっぱい。

 

「海鮮丼 つじ半」の「ぜいたく丼」に並ぶ行列です。

 

「山王 日枝神社」の御祭禮

 

元々の「八重洲」は、現在の丸ビルと三菱ビルの間の通りを指す地名でした。
「ヤン=ヨーステン」の屋敷も内堀り沿いにあったと云われます。

 

「長門」は、「将軍家 徳川吉宗公の代」300年栄える江戸菓子のお店です。

 

4代目が次ぐ「鰻 はし本」。

 


八重洲の地名は、ここに住んでいたオランダ人ヤン・ヨーステンの和名です。
「耶楊子(やようす)」に由来します。

 

 

路地には、古いお店が並んでいます。

 

ヤン・ヨーステンは、江戸時代に日本に漂着し、後に徳川家康の国際情勢顧問や通訳として活躍し、家康からこの地に邸宅を与えられたと云います。

路地には、美味しそう魅力的なお店が並んでいます。

 

嘉永3年(1850年)、日本橋に仕出しの店として開業した「割烹 嶋村」。

明治期には「伊藤博文」や「井上馨」が贅を尽くした会席料理を味わいに足繁く通ったと云われます。

 

親子三代にわたり宮内庁へ入る日本料理店。

 

「割烹 ゆかり」の「ゆかり酒」は、灘の老舗蔵「櫻正宗」春の園遊会の御用酒です。

 

 

小唄や端唄が流れる小粋な空間、100年以上の歴史を誇る「日本橋 老舗屋」。

 

何処かで見たような名の「美少年」、熊本とは関係ない大衆居酒屋です。

 

この「さくら通り」はいい感じです。

青葉から木漏れ日がもれ、道を歩くのが楽しくなります。


東京駅の丸の内側もいいですが、日本橋側の「八重洲中央口」もいいですよ。

 

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市ヶ谷台ツア-にぶら~り

2018年02月01日 | 都内ぶら~り

昨年、旅仲間の皆さんと防衛省が建つ、市ヶ谷台に行ってきました。

さっそく、見学ツアーにネットから事前予約して、

お隣りに建つ「ホテル グランドヒル市ヶ谷」に集合です。

 

江戸時代には、御三家である「尾張徳川藩上屋敷」があった所です。

市ヶ谷台とは、東京都新宿区の市ヶ谷駅西方にある台地の通称です。

市ヶ谷台は、江戸・東京の防衛の要として、

江戸から現在まで重要な防衛施設が置かれていました。

 

「陸軍士官学校」が市ヶ谷にあった頃には、陸軍士官学校を指して「市ヶ谷台」と言い、

陸軍軍人の事を「市ヶ谷台上の人」と呼んでいたそうです。

 

見学ツアーで見られる場所は、「極東国際軍事裁判(東京裁判)」の法廷となった

大講堂を移設・復元した「市ヶ谷記念館」を見られます。

月曜日から金曜日までの午前・午後各1回の定時見学となっています。


案内は、派遣された赤いコートの方が行います。

防衛省が、六本木から移ってきたのは、平成12年(2000年)です。

 

午前の受付時間(9時10分~9時20分)までに集合します。

見学時間(9時30分~11時45分)、正門 → 儀仗広場(西側) →
市ヶ谷記念館 → 屋外ヘリ展示場 → 厚生棟(1階で見学・休憩) →
メモリアルゾーン → 儀仗広場(東側) → 正門に帰ってきます。(2時間15分)

 

午後は、13時30分から、正門 → 儀仗広場(西側) → 市ヶ谷記念館 →
屋外ヘリ展示場 → 厚生棟(広報展示室(※注)→1階で見学・休憩) →
儀仗広場(東側) → 正門(2時間10分)

 

旧軍が戦時中、築山に建つ「石燈籠」の芯が地下防空壕の通風筒となっています。


【庁舎A棟】

4つの幕僚監部が入っています。

儀仗広場は、皇族や国賓などが、防衛省を公式に訪問、視察する時に、

警衛、敬意を表するための儀仗(ぎじょう)が行われる場所です。

ここでは、儀仗の説明や庁舎A棟などの庁舎を外観から案内してくれます。

 

【市ヶ谷記念館】

本来3階建てでしたが、2階建てにして移築されました。

 

庁舎A棟の建設に伴って、解体された1号館の象徴的な部分を

可能な限り現部材を利用して移設・復元されたそうです。

 

館内では、大東亜戦争終了後、連合国11カ国による極東国際軍事裁判(東京裁判)

の法廷として使われた大講堂で、日本軍戦争指導者達が裁かれた所です。

 

壇上に上がるための階段は重厚です。

 

壇上のステージは、寄せ木で作られたような豪華そのものです。

 

 

旧陸軍大臣室や陛下の休憩所であった「旧便殿の間」を案内してくれます。

天皇陛下が座られる「玉座」も壇上の奥にあります。


【屋外ヘリ展示場】

屋外ヘリ展示場は、陸上自衛隊で実際に使用されていた「多用途ヘリUH-1H」
(ひよどり)を展示しています。

午前の見学では、ヘリの操縦席に座っての記念撮影ができます。


【厚生棟】

厚生棟は、職員の福利厚生の場で、中には食堂、売店、体育館、図書室、医務室、
や保育園などがあります。

厚生棟では、休憩の時間となっているので売店の見学が可能です。


【メモリアルゾーン】

ここは、市ヶ谷地区内に点在していた記念碑などを集約して配置した場所です。

警察予備隊創設以来、職務に殉ぜられた隊員の功績を永久に顕彰し、

深甚なる敬意と哀悼の意を捧げる「自衛隊殉職者慰霊碑」の案内をしてくれます。


【広報展示室】

広報展示室は、シアタールーム、各自衛隊等の展示コーナーおよびパソコンによる情

報コーナーがあります。

案内先は、規制があるので、精巧に作られた模型で、敷地の広さが分かります。

 

昭和58年頃に、四ツ谷駅から市ヶ谷駐屯地方向を描いた油絵「市ヶ谷鉄塔 1983 夏」。

左の「カウベル」は、当時の雪印乳業本社ビルのモニュメントです。

今は雪印メグミルクの雪の結晶のマークとなっています。


※受付時には、本人確認を行います。忘れるとツアーへの参加はできないとのこと。
 手荷物を預かるロッカーもありませんでした。

 

皆さんとこのあとは、神田に移動して「東園」でお昼。

今回の企画はどうだったでしょうか。晴れてて良かったですね。


 

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新春浅草歌舞伎 浅草公会堂 絵看板

2018年01月13日 | 都内ぶら~り

1月2日浅草に向かうと、案の定 お人でいっぱいです。

人にもまれ、正月気分を迎えます。

1月13日、ゆっくりと浅草へ

手をあわせ浅草寺(せんそうじ)、

右の浅草神社(あさくさじんじゃ)で柏手を打ち

やっと お正月迎えました。

仲見世通りから伝法院通りを左におれると、「浅草公会堂」

 

 

今は、「新春浅草歌舞伎」

 

1月2日の初日~26日の千穐楽までの日程です。

 

尾上松也、中村歌昇、坂東巳之助 、坂東新悟、
中村種之助、中村米吉、中村隼人 中村錦之助が出演します。

 

目についたのは、京都の工房で描かれた、繊細な「絵看板」

演目に合わせて描かれています。

 

【義経千本桜 鳥居前】

 

【元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿】

 

【操り三番叟】

 

【双蝶々曲輪日記 引窓】

 

【銘作左小刀 京人形】

 

最後に筆で入れる 瞳で 役者絵が 生きてきます。

 

ロビーで売られていた「浅草今半 牛肉重」のお弁当を求めます。

 

掛け紙を広げると、「仲見世・正月」「3月、10月・金龍の舞」
「5月、三社祭り」「7月、ほおづき市」「11月、酉の市」「12月、羽子板市」の絵柄が印刷されています。

 

秘伝の割り下で炊き上げた黒毛和牛がたっぷりと入っています。

本店ランチの限定10食の「百年弁当」」を食べているようなおすすめのお弁当です。

 

毎年の お正月の 風物詩 ここから一年が始まります。

 


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箱根駅伝 目の前を 青学疾走、早稲田ゴール前で抜く

2018年01月03日 | 都内ぶら~り

日本橋 高島屋の前で、「箱根大学駅伝」を待ちます。

 

先頭の「青学」が、目の前を疾走します。

 

もう1位は決まり、「ピクニック ラン」です。

 

 

上空には、ヘリがホバリングし、歓声が響きます。

2位は、「東洋大」、「青学」から6分以上離れています。

 

3位の「東海大」に「早稲田大学」が迫ります。

 

「丸善書店」の前で、とらえます。

 

あっという間に抜き去り、早稲田大学は3位に。

 

 

 

正月から、良いもの見てしまいました。

皆さんの声援が力になるんですね~

 

最終ランナーもゴールしたので、「丸善書店」で有名な

「早矢仕ライス」を食べに行きます。

※このお店は「ハヤシライス」発祥のお店、

幕末か明治の初年に「早矢仕有的(はやし ゆうてき)氏」が生み出したものです。

 

色は濃いのに、ほどよい酸味があります。

「ポーク早矢仕ライス」

 

「早矢仕オムライス」

 

帰りは、東京駅前の開発が終わったみたいなので、向かいます。

 

綺麗な広場やロータリーができ、語り会える場所となっています。

 

メトロ千代田線の二重橋駅から振り返ると、東京駅のまわりが綺麗になっています。

 


まさか、旗を振って応援できるとは思いもしませんでした。

良きお正月となりました。

 

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正月は 西新井大師 浅草寺 東肥の赤酒に おせち

2018年01月03日 | 都内ぶら~り

厄除けのお札をお返しに、「西新井大師」へ向かいます。

三が日のお大師様へ向かう行列は、「大師前駅」から向かうと相当な時間がかかります。

出来れば、「山門」の左奥、環七の「西新井一丁目交差点」から入ると、

早めに本堂に向かうことができます。

 

境内には、出店が建ち並び人であふれています。

ダルマの色にも意味があります。

「赤=家内安全」「白=合格成就」「紫=夫婦円満」「緑=無病息災」「黄=商売繁盛」

 

西新井大師は、毎年約63万人の参拝者が訪れます。

 

三が日の朝は、「熊本の赤酒」をお屠蘇でいただきます。


【屠蘇散(とそさん)】

屠蘇散の散とは、漢方の生薬5種類を粉にした薬のこと。


【屠蘇散(袋)の使い方】

大晦日の夜、瓶にいれた赤酒に屠蘇散を浸し、元日の朝、お屠蘇を器に移し、

床の間や正月、お正月飾りのある家で、一番神聖な場所に置きます。

そこで「お屠蘇」は、儀式用の神聖な飲み物へと変わります。


【熊本のお屠蘇は、なぜ赤酒なのか?】

江戸時代、熊本(肥後細川藩)では、赤酒しか製造が許されず、他藩の酒は禁じられていたんだと。

明治維新以降に清酒が伝わり、赤酒にとってかわるようになったが、

赤酒は熊本の「地酒」にとして飲まれ、今でも故郷のお酒ということで、

お神酒やお屠蘇やお祝いの席でのお酒として風習が残ったんだとさ。

 

元旦は「白味噌の丸餅」の雑煮食べて、2日めは「角餅の醤油味」。 

2人とも慣れ親しんだ味です。

正月おせちなどの祝い事も、家系が増えれば、迎える立場になりますね。

 

2日目は「浅草寺」に向かいますが、参拝者は、約283万人とのこと。

「西新井大師」の4.5倍にもなり、そりゃ~すごい人の波です。

仲見世の参道の横路地から入ろうと思っても、ズルはゆるされず柵が四方を固め入れない状態です。

参道入口の「雷門」の提灯に向かいますが、そこまでたどり着くのにも1時間以上かかるそうな。まして、右隣の「浅草神社」も行くとなれば、「人に酔ってしまうかも!」

 

今日は諦めました、本堂にたどり着くには2時間以上はかかるかもしれません、

日を改めていけばいいので、「葵丸進」で遅いお昼をいただきます。

 あら、あら なかに入れば こちらも 待ち人で混んでいます。

 

仕方なく お正月気分を味わいながら 人のあふれる中を

     浅草の正月で華やぐ街を そぞろ歩きます 

 

 

 

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