寺さんの【伝えたい話・残したい話】

新聞記事、出来事などから伝えたい話、残したい話を綴っていきます。
(過去掲載分は「付録」の「話・話」を開いて下さい)

(第2443話) シジミ屋さん

2017年05月14日 | 教訓

 “俳句の好きな妹にシジミが春の季語だと聞き、昔のことを思い起こしました。水戸の実家には、毎週シジミ屋さんが来ました。自転車に大きな缶を載せてきて、ますのようなものですくい、家の外のバケツに入れてくれました。
 ある時、3回続けて購入を断ると、シジミ屋のおじさんは変だと思ったのでしょう。「あのー、うちのシジミ、悪かったんですか」と聞きました。母は言いにくそうに「実は、お金がないんです」と答えました。
 戦後、古いお札を使う時は各家に配られた切手のような証紙を貼らねばなりませんでした。新円切り替えという措置ですが、その証紙が足りなかったのです。(後半はコメントの中で)”(4月25日付け朝日新聞)

 千葉県柏市の皆川さん(女・88)の投稿文です。この後どうなったのでしょう。ボクは多分、シジミ屋さんが気の毒に思ってただでくれたのだろうと思いました。ところが違っていました。その後半です。
 “しばらく考えていたシジミ屋さんは、家の周りにある古い梅の木々に目をとめました。「奥さん、こんなに梅の木があるんじゃ、梅干しもあるでしょう。だったら、シジミと梅干しを交換しませんか」
 母は物置から大きな梅干しのたるを出してきました。おじさんは、シジミに見合うだけの梅干しを持って行きました。そんなことがどれくらい続いたのでしょう。今でもシジミ汁を作るたび、あの戦後のくらしを思い出します。”
 となっていたのです。ボクはただでくれるより大きな配慮を感じます。ただでくれたら大きな引け目や負担を覚えます。いつもという訳には行きません。梅干しとの交換なら対等です。引け目なくもらうことができます。皆川さんも嬉しかったことでしょう。だから今でも覚えておられるのです。親切も相手が負い目に思えるほど大きいと考え物です。ボクも若い頃、そんな友人がいていつの間にか疎遠になっていました。

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