彦四郎の中国生活

中国滞在記

福井県南越前町へ帰る❸―野生化したコウノトリを初めて見た/湖上の鳥居と台湾の学生たち

2017-07-16 21:12:48 | 滞在記

 11日(火)の朝、海から自宅に戻り朝食の後、車で中学生時代からの友人の家に向かう。途中、河野海岸で車を停める。そそり立ち海に突き出る山塊。河野・今庄山塊(越前山塊)だ。古来から、北陸路の難所としては2箇所があった。越後の「親知らず子知らず」とこの「越前山塊」だ。

 戦国時代、ここにも「河野城」という山城があった。一向一揆の支配する国となった時代に築かれた山城だ。敦賀半島の立石という漁村から船で押し寄せる織田信長の軍勢に、この城も落城した歴史をもつ。今も、山を登って行くと城跡を確認することができる。

 秋に咲くコスモスの花が もう咲いているところがあった。村の入り口にアジサイの花が咲いている。村の奥地に「渓流荘」がある。友人の松本君の家だ。アマゴが渓流に放流されていて、釣ることができる。釣った魚は、その場で焼いて食べることもできる。友人とは1年ぶりに会った。中国の土産を渡した。

 友人の家より、自宅に戻り、お墓の周りの草を刈りに行く。夏草に墓が覆われていた。周りの草を刈り、水を墓にかけて線香をかざした。

 午後12時半、病院を退院する母を迎えに越前市内に車で自宅より向かう。菖蒲谷地区を車で走っていると、道路に大きな見慣れない鳥が歩いていた。車を停めて行き過ぎるのを待った。コウノトリだ。つがいなのか2羽がいた。水田のあぜ道で、何か餌を探し始めた。この菖蒲谷地区は、コウノトリの里として、コウノトリが住みやすい環境づくりをしている地区でもある。野生化したコウノトリというものを初めて見た。

 このコウノトリは、東アジアだけに生息する鳥で、極東ロシア・中国東北部、そして日本に生息しているが、世界中で2000〜3000羽ほどしかいないという。この福井県菖蒲谷地区には10年ほど前に飛来してきたという。マスコットの名前は「えっちゃん」というらしい。

 病院に行く途中、高校時代からの友人・山本君の家に立ち寄り中国の土産を渡した。病院に着き、病院関係者にお礼を言い、母と自宅に戻った。母は元気な様子だった。

 午後3時過ぎに、故郷の実家の家を出発し、京都に向かう。帰りは、敦賀を経由して琵琶湖の湖西を周る161号線を走った。途中、マキノ地区に立ち寄った。2.4km続くメタセコイヤの並木が美しい。

  琵琶湖湖西の道路を走っていると、「白髭(しらひげ)神社」の赤い鳥居が見えて来た。車を停めて、鳥居のある湖岸に行った。そこには、大学の卒業式の服装を身に付けている男女の一団(6人)があった。彼らと話をしたら、「私たちは台湾の台北市からきました。今年の6月に大学を卒業しました。日本への卒業旅行です」とのことだった。JR安曇川駅(高島)からタクシーで15分ほどかけてここに来たようだった。

 ここ高島の近くから大津市に向けて作られた「湖西道路(高速)」は、現在は無料となっているので、この道を使って京都に向かう。自宅には、午後7時ころに到着できた。

 

 

 

 

 

 

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